第14話
「有料日記の会員が五十人を超えましたよ。」と夢乃さんは僕に報告をする。栞書店に訪れた以降も箱庭計画は注目を集め続けて、着実に彩られてゆく。
「有料日記はどんな人が見てくれているんですか?」
スマホの画面をスクロールしてゆく彼女にそう聞いた。
「私みたいに自殺願望がある人も結構います。」
「そうなんですね。」
そうして彼女を中心に自殺願望がある人同士でコミュニティーを築くことが良いことなのか、悪いことなのか分からない。
「でもね、中には自殺願望があるなんて嘘なんじゃないか、死にたい証拠を見せてみろなんて言ってくる人もいます。」
「どの界隈にもそういう人は一定数いますよね。」
「他の人がみんな優しいから、余計目立つんですよ。」
彼女は「自殺願望が嘘な訳ないのに」と呟く。嘘であってくれてもいいんだと、僕は静かに思う。
そして僕も箱庭計画に寄せられたコメントを確認してみる。今日も沢山の人たちが応援してくれていることを実感しつつも、「彼氏さんの支えが実る事を祈っています。」みたいなコメントを目にして、当然のように僕らが恋人同士だと認識されていることに気づく。恋人ではないと否定しても、「じゃあどんな関係なんだ」と聞かれた時に上手く答えられる自信がないので、そんなコメントを否定することもなく、ただ流してゆく。
僕は元々夢乃さんにとって「一緒に死にたいと思える人間」として選ばれた。その理由もただ、あのタイミングで彼女に出会ったから。良く言えば運命的、悪く言えば偶然に過ぎない。でも僕はきっといつまでも彼女を生かそうとする。僕が隣にいる限り、彼女は死にたくても死ねなくなる。それでは夢乃さんの中に僕が側に居る価値があるのだろうかと不安になってしまう。
昨日よりも色彩豊かに、モノが溢れていく箱庭。その真ん中に彼女と一緒にいるとそんな不安感を抱いている。「一緒に死ぬ」以外で僕がそばに居続ける意味が彼女の中で生じている事を願いながら、重ね塗りの青色した空を眺める。箱庭はきっと完成に近づいているのだと思う。
「死にたい気持ちはまだありますか?」
お風呂上がりに、僕はそう聞いた。ブランケットの上に二人で寝転がり、扇風機の風が交互に前髪を浮かす。
「あるけど死ぬことがすごく面倒臭いものになりましたね。なんか部屋には名残惜しいモノばっかりだし。何より悲しむ他人が沢山いるんですよね。」
「わざわざ面倒臭い思いをしてまで死ななくてもいいから、ただ生きているって人も案外いると思います。」
彼女の中で「死ぬことが面倒臭いもの」とそのように価値観が揺らいだのならそれだけでも箱庭計画が正解だったと思える。何となく死ぬ意味もないから生きる、彼女にもそう言うことができるようになったのかも知れない。そうなったのは多数の参加者と、間違いなく坂井さんのお陰だろうと思う。
確かに迷いながらも、箱庭計画を順調に進めることができた。そうして八月は流れるように終わった。
「【8月31日】今月の一日から始めた箱庭計画も今日で一ヶ月が経ちました。これほどまでに多くの人が参加してくれて、僕たちは本当に感謝しかありません。写真の通り皆さんの贈り物やアドバイスをもとに用意したモノで箱庭は彩られ、前のような寂しさはもうありません。今になって初日の箱庭の写真を振り返ってみると良くもまあこんなに無機質な部屋で生きていたなと不思議に思うほどです。
彼女も死に対する思いが少しずつ変化していき、以前ほどに死に固執する様子も無くなりました。全力で生きろなんて誰も言いません。ただ何となく、生きてくれればそれでいいんです。それが彼女にも伝わったんだと思います。
来月からも皆さんの温かい気持ちをお待ちしております。~以下有料日記」
八月末には彼女の口座に有料日記の月額料が振り込まれていた。五〇人の月額料から諸々の手数料が引かれた二万円ほどだったが、それでも貰えるだけで有難かった。お金が振り込まれたことに二人して嬉しくなって、夜風を浴びに外へ飛び出した。涼しい微風を浴びながら、彼女は「やりましたね。」と無邪気に笑った。




