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余韻  作者: 紫川拓海
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第12話

あっという間に八月は中盤に差し掛かり、お盆になっても箱庭計画は好調を維持していた。閲覧数とコメント、それから有料会員も増えていき、毎日何人もの参加者がどうすれば夢乃さんが生き続けたいと思える空間になるのかと言うことを考えてくれている。数十人の有料会員ではこれがビジネスだとも到底言えない額しか発生しないけれど、一度たりとも彼女の姿を載せていないのに、疑うこともなく僕たちのために時間とお金を費やしてくれることがとにかくありがたかった。なのでこの箱庭計画に一番貢献してくれた参加者には最低限なんらかの形で恩返しをしようと思っている。

 僕は時々自分の家へと帰る、その最寄駅に向かうまでの暑苦しい駅のホームとか、皆がうっすらと不機嫌で窮屈な電車内でも日記を確認すれば、そんなこともどうでも良くなる。それと同じように、彼女も毎日の中で死にたくない日が占める割合が多くなったと思う。僕がコメントを参考にして提案するアイデアを彼女は積極的に受け入れてくれる。死にたい日だったら「そんなのどうでもいい。」と言って受け流されていたと思う。これを自殺願望という発作が治まってきたんだと楽観的に捉えて良いのか、それは分からないけれど箱庭計画を始めた僕の選択は間違っていなかったということだけは確信している。

 そして五感を満たした後、贈り物もいくつか届いていた。例えば動物のぬいぐるみが五つほどセットになったものとか、海外のおしゃれなポスターとか、あとはCDプレイヤーとか見知らぬ国の人形とか。それと水槽だけが単体で送られてきたりもした。中々使い道に困るモノもあり「なんかリサイクルショップみたいですね。」と彼女は笑っていた。でもそれぞれのモノに参加者の幸せが詰まっていると考えると全てに愛着が湧いてきて、僕は彼女が寝た後に、一人で部屋にそれらを並べていた。


 今日も新たな贈り物が届いたと通知が来たので郵便私書箱に受け取りに行った。今回そこに入っていた段ボールはかなり重く、軽くゆすると何かがぶつかり合うような音がする。何が入っているんだろうかと気になりながら、炎天下の中マンションへ戻った。でも重量感のある段ボールを持ち続けた僕の腕は玄関でちょうど限界を迎えて、そのまま床に落としてしまった。

 「どうしたんですか?」

 段ボールが床に落下して響いた音によって、彼女が心配そうな顔をしてやってくる。

 「なんか無茶苦茶重たいものが送られてきました。」

 「私も持ちますね。」

 そうして二人でリビングまでそれを運び、ゆっくりと床に置いた。丁寧に貼られたガムテープを剥がし、段ボールを開けるとそこに入っていたのは十冊以上の本だった。それらの本は新品ではなく、カバーのないものもある。

 「ええ、すごいこんなにいっぱい。」

 彼女は段ボールいっぱいに敷き詰められた本の背の部分に触れてゆく。

 「もう売っちゃおうとしてたやつなんですかね。それにしても沢山。」

 「でもなんかこれ、全部に栞が挟まってないですか?」

 僕はその一つ一つの本に短冊みたいな栞が挟まっていることに気づいた。彼女も

「本当ですね。」と言い、一冊手にとって、それが挟まっているページを開いた。

 「ねえ、見てくださいこれ。」

 すると彼女は感嘆し、瞳を輝かしながら栞を手渡してきた。それには何やら文章が書いてあった。

 【このページの主人公のセリフが特におすすめです。】

 そしてそのセリフが書かれた本文にはうっすらと線が引かれている。

 「優しすぎないですか?これ送ってくれた人。」

 「全部の本にこれを挟んでくれてるんですかね。」

 一冊ずつ栞が挟まったページを開けてゆくと、その全てにおすすめのセリフや「私はこのヒロインの感情をこういう風に解釈しました。」とかそういうコメントが書かれていた。

 「これ本当にすごいですね。どうしてこんな事までしてくれるんだろう。」

 彼女はその一つ一つを丁寧に読んでいき、その度にお薦めされたセリフを口に出す。

 「【人非人でもいいじゃないの。私たちは、生きてさえすればいいのよ。】ですって。昔の小説はよく分かんないけど、なんか素敵ですね。」

 「ヴィヨンの妻の最後のセリフですよね。覚えてます。」

 「ええ、すごい。これだけで分かるんですね。」

 本を読むことが好きなんじゃなくて、読書をする自分が好きで、こんな古い小説を読み漁っていた時期がある。だから特徴的なセリフは覚えていても結局、小説自体がどんな内容だったのかも実はあんまり覚えていない。

 「送ってくれた人たちには私がどんな人かもわからない訳じゃないですか。もしくは死にたい人間がいることも全てが嘘で、ただ物乞いをしているという可能性だってあるのに。どうしてこんなに他人のことを労われるんでしょうね。」

 「君がもしも本当に死んでしまった時に、自分が何もしてあげられなかった責任を感じたくないっていう予防的な思いがあると思います。でもそれは悪い意味じゃなくて、前に店長が自殺未遂をした時に、全然関係の無い人たちも罪悪感を抱いていたって話したじゃ無いですか。その時は過度に責任感を抱く人たちが嫌いでしたけど、そういう責任感から生まれる優しさがあるんだなって気づきました。」

 だからあの時、バイト先の人たちが抱いていたような過度な責任も、ある意味では優しさと捉えられると今では思う。

 「じゃあ私がもし死んだら、罪悪感を抱いてしまう人が沢山いるってことですね。」

 「そういうことです。でも、誰もそんな気持ちになりたく無いから君には生きてほしいんです。だからみんな優しいんですよ。」

 彼女の瞳はわずかに潤み、静かにページを捲っていく。その度に、箱庭には単なるモノだけではなく、参加者の優しさが重なっているんだと思った。

 そして全ての本を取り出して空になった段ボール、その底にもう一枚メモ帳サイズの紙が入ってきたことに気がついた。何かと思い手に取るとそこには

 「初めまして、今回このようなものを送らせていただきました坂井と申します。色々なジャンルから小説を厳選しましたので、気に入っていただけたら幸いです。

 この箱庭計画を始めて見た時、こんな素晴らしい計画を実行してくれる人が自分の周りにもいてくれたら良かったと思いました。実は私自身も自殺願望を抱いていた経験があります。当時は誰にも相談できずになんとか一人の力だけで解決しようと必死にもがいて、なんとか今ではそんな感情を抱かずに済むようになったと思っています。

 私は今、人との繋がりをテーマにした古本屋で働いています。ここでは本を売る時に、今回挟んでおいた栞みたいに、この物語に対する思い入れを書いてもらうというシステムになっています。そしてその本を購入した人は前の持ち主のメッセージを読むことができるんです。そうすることで本を通して、人と人とで繋がりが生まれます。

 とても心地いい店ですので、もし興味がありましたら、是非ご来店ください。」

 そんなメッセージと共に古本屋の情報が書かれている。

 「栞書店」というその店に、最初は二人で行こうと思った。でもここは敢えて僕が一人で行って実際に自殺願望から脱却した人の貴重な話を聞きにいくことにした。だからこのメッセージは彼女に見られぬよう、ポケットにしまい込んだ。

「【8月18日】今日は沢山の小説を頂きました。箱庭にはそれらを置いておく場所がないので、床にそのまま重ねて置いてしまっていますが、そのうち収納できる本棚を用意できたら良いと思います。箱庭計画を始めて彼女は今日が一番嬉しそうでした。送ってくれた方にはもう本当に感謝しかありません。どうもありがとうございます。~以下有料日記」

 


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