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余韻  作者: 紫川拓海
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第11話

 淡い期待感が頭に沈澱し続けて、これからどうなるかと気になって仕方がなかった箱庭計画は次の日から想像以上に順調に進んだ。穏やかで平和な日記サイトの中では僕たちの日記が異彩を放っていたようで、日に日に閲覧数が増加した。そして三日目にして初めてのコメントが届き、それに続いて僕たちの生活を応援してくれるコメントが目に入った。姿の見えない他人から届いた言葉をこんなにも温かく感じたのは、これが初めてだった。

 同時に箱庭を装飾するためのアドバイスをくれる、そんなこの計画の参加者も生まれた。

 「まずはアートフラワーが良いと思いますよ。花を見れば癒されるし、造花だから枯れることもありません。」

 花が朽ちていかなければ、必衰を連想させない。だからこそ枯れない造花であることには大きな意味があると思った。そのコメントを夢乃さんに見せてあげると「こんなに早く参加してくれる人がいるんですね。」と驚いていた。この世界のどこかにいる参加者の慈しみを忘れぬうちに、彼女の手を引いて箱庭の外へと飛び出した。

 

駅前にある古い建物を改装して営業している雑貨店はしんとしていた。歩くたびに彼女の履いていたサンダルがペタペタと音を立てる。店内全体が日陰のように薄暗く、そのさらに奥に薄く桃色がかった薔薇のアートフラワーが花瓶にそっと刺さっている。

 「これ、すごい素敵ですね。」

 彼女はそのアートフラワーを花瓶ごと持ち上げて花びらの香りを嗅ごうと顔を近づける。

 「いや、無臭ですよね。」

 「香りがしないタイプの花ってことですか?」

 彼女はアートフラワーが作り物であることを知らないみたいだった。だから僕は面白くなり、「そういうタイプの花です。」と首を傾げながら何度か匂いを嗅ごうとする彼女に言った。

 雑貨店ではそのアートフラワーに加えてオルゴールも一緒に購入した。ゼンマイを巻くとカノンがゆったりと奏でられて、ゼンマイが解け切るまではその淡い旋律がリフレインする。それが僕には変わらずに繰り返される日常の美しさのように思えた。

 家に戻ると早速部屋の中央にある木製の丸机に買ってきたアートフラワーとオルゴールを飾った。その瞬間水面に一滴だけ絵の具を垂らして、その鮮やかな色がじんわりと広がっていく時のような感覚がした。

 「こうやって少しずつ箱庭を彩っていく訳です。どうですか?僕は楽しかったですけど。」

 「確かに、なんか大きな作品を作っているみたいな気分で新鮮です。」

 夢乃さんはそう言ってオルゴールのゼンマイを回した。旋律は繰り返されたのち、眠るようにゆったりと鳴り止む。

 「じゃあ今日の箱庭を撮っておきますね。」

 「はい。」

 机の上に置かれたアートフラワー、オルゴール、そしてオルゴールに触れる彼女の指先を写した。

 「【8月4日】先日は貴重なアドバイスをありがとうございました。頂いたアドバイスを踏まえて、今日は箱庭にアートフラワーとオルゴールを飾りました。枯れることない花びらとか、繰り返される旋律とか、そういうものが変わらない日常みたいで良いなと思いました。」

 「じゃあ君の携帯の方でログインして、有料日記も書いてください。もしもあんまり良いと思わなかったらそれでも良いので正直な気持ちをお願いします。」

 夢乃さんは頷き、自分の携帯を開く。そして彼女の気持ちが打ち込まれる。

 「書きました。」

 この彼女の気持ちを正直に書き表した日記が有料会員のみが閲覧できるものとなる。

 「この私の日記の方は君も見ますか?」

 「ううん、見ないです。」

 まだ有料会員は一人もいないので、誰にも読まれることのない文章がネットの海へと放り出される。彼女の正直な気持ちは未知数なので僕も怖い。それでもきっと前向きな言葉が書かれているだろうと信じた。

 

 夏休みも他にやる事がないので、僕は箱庭計画にどんどんと夢中になった。毎日箱庭の様子を掲載し、それに寄せられるコメントを一つ一つ読んでいき、全て読み終わったら数分置いて、新しいコメントが届いていないかソワソワしながら待った。夢乃さんのために始めた計画だったけど、まるで自分の為にやっているかのように楽しかった。

 アートフラワーの次に提案されたのが、「箱庭の中に五感を満たすこと」だった。アートフラワーは視覚的な装飾になり、オルゴールは聴覚的なものとして意味をなす。

 そのアイデアをもとにまずは嗅覚を満たすことにした。どれにしようかと彼女と一緒に駅前の雑貨店を物色していると、カヌレ型のアロマストーンを見つけた。石膏で作られた白い塊の中央には窪みがあり、そこにアロマオイルを数滴垂らすことで芳香が部屋の中に充満するみたいだった。

 「こういうのを部屋に置いている人、自分の部屋に他人を呼ぶ準備が万端だなって思わないですか?」

 アロマストーンを指先で触りながら、彼女は言った。

 「確かに。人を招くための空間に仕上がってるって感じがしますよね。」

 「それに比べて私の部屋なんてお粗末で。まあ君しか招かないんで良いんですけどね。」

 僕もアロマストーンに触れると表面はざらついていて、ひんやりとしていた。

 「これから色々飾り付けるんですよ。」

 「そうですよね。」

 そのままアロマストーンを手に取って、柑橘系のオイルも一緒に買った。アートフラワーを買った時と同じ店員がレジを打ち、僕がなけなしの金で支払った。

 それを彼女の部屋の机に置き、アロマを窪みに垂らすと図々しくもなく控え目な香りが箱庭にしっとりと充満した。優しく目には見えない彩りが付け加えられて、僕らは柑橘の香りをせーので吸い込んだ。

 「【8月9日】今日はアロマストーンを購入して箱庭に嗅覚の彩りを加えました。写真では伝わりませんが香りが充満すると自然と心が軽くなります。彼女もとても嬉しそうです。アドバイスをくれた方はありがとうございます。~~以下有料日記」

 

 そして触覚は何にしようかと迷っている時に、初めての贈り物が届いた。あらかじめ登録して日記にも共有しておいた郵便私書箱で贈り物は受け取れるシステムになっている。心を踊らせながら受け取りに行くと想像よりも大きな段ボールが届いていた。それを抱えながら彼女の家に戻り、中を開けると重みのある厚手のブランケットが梱包されていた。この真夏には全く適さないものだったけれど、初めての贈り物が僕にとっては本当に嬉しかった。彼女にブランケットを手渡すと、一度それに包まった後、「暑苦しいです」と言って笑った。でもそのブランケットの肌触りは気に入ったようでカーペットのように床に敷いて、その上に座り込んでいた。そして気づくと彼女の目が虚うつろとし、そのまま転がってゆっくりと寝落ちした。そんな姿があまりにも愛おしかった。

 「【8月10日】今日は初めての贈り物としてブランケットが届きました。包まるには暑すぎるかもしれないけれど、この部屋にはカーペットすら敷かれていなかったので、こういうものが足元にあるだけで温かい気持ちになります。彼女もそのブランケットの上で気持ちよさそうに寝ています。とても心地の良い触覚を本当にありがとうございました。~以下有料日記」


 一日ずつ箱庭に五感を満たしていき、残ったのは味覚だけとなった。昨日の日記に送られたコメントは既に二十を超えていた。それらを見ながら何か良いアイデアは無いかと考える。温かいコメントを眺めていると自然に、多幸感が溢れてくる。箱庭計画の参加者も同じような気持ちでいてくれたら良いと思った。

 そうしてコメントを見ていくと「毎日食べるくらい大好きな食べ物を空き瓶とかに入れて置いたらインテリアとしてもオススメです。彼女さんがそれを楽しみにして生き続けられたら良いと思います。」というものがあったので、

 「夢乃さんって毎日でも食べれるくらい好きなものってありますか?」

 一度エアコンを切って窓を開け、既に熱された朝の空気と換気する彼女にそう聞いた。

 「えー、なんだろうか。あ、、ハッカ飴だったら毎日食べれます。」

 「ハッカ飴好きなんですね。分かりました。」

 「どうして聞いたんですか?」

 彼女は少し嬉しそうに、その質問の意図を知りたがった。

 「箱庭計画でコメントが来てたんです。好きな食べ物を空瓶に入れて毎日食べれるようにしたらいいって。」

 「これも箱庭計画ですか。」

 そうポツリと呟く彼女の表情が少しだけ曇った気がして、僅かに嫌な予感がした。

 「もしかして、迷惑だったりしますか?」

 「いやそんな訳じゃないです。ただ単純に、私のために毎日時間を消費していて申し訳ないなって。」

 なんだそんな事かと僕は思い、安心する。

 「僕自身もやってて楽しいんですよ。毎日ちょっとずつ箱庭が色付いていって、その写真を掲載したら何十件もコメントが届いて、そのどれもが優しくて。だから君は僕のことなんて気にせず、ただ箱庭の真ん中で幸せに生きてください。」

 「じゃあもっと幸せな空間にしてくださいね。」

 そう言って彼女は窓を閉めた。あっという間に室温が上がった部屋にエアコンの乾いた冷風が再び送られる。幸せな空間とは何か、それはあまりにも漠然としすぎていて、人によって定義も異なる。だからこそ不特定多数の参加者の思う幸せをかき集めることで、一つの正解を生み出すことになると思っている。

 僕は一人でスーパーへ行き、ハッカ飴を二袋購入した。そして昨日ちょうど空いたジャムの瓶を水道水でよく洗って、その中にハッカ飴を詰めれるだけ詰めておいた。

 「どうですか?これで毎日食べられますよ。」

 瓶はキッチンカウンターの隅にそっと置いておいた。

 「なんかオシャレにも見えますね。それに聞いてください、初めての有料会員さんができましたよ。」

 「本当ですか?」

 彼女は嬉しそうに携帯の画面を見せてくれる。彼女が書く日記がようやく誰かの元に届くようになるのかと思うと、僕も喜びが込み上げてくる。

 「僕たちの生活にお金を払ってくれる人が居るって事ですもんね。」

 「記念に私、顔出ししておきますか?」

 彼女は笑いながらそう提案した。

 「まだ早いですよ。いざという時にお願いします。」

 夢乃さんの姿も一緒に映せば、きっと有料会員なんて即座に増えるだろうけど、それだったら客引きとやっていることが変わらなくなってしまう。だから顔を見せなくても彼女が生きる明日を楽しみにしてくれる人がいるのが、とてもありがたいと思う。

 「【8月11日】今日は彼女が好きだと言うハッカ飴を空瓶に入れて、毎日食べれるようにしました。視覚はアートフラワー、聴覚はオルゴール、嗅覚はアロマストーン、触覚はブランケット、そして味覚がハッカ飴となり、箱庭に五感が満たされました。これまでに色々なアイデアをくれた方、モノを贈ってくれた方。本当にありがとうございます。これからも、もっと彩り溢れる箱庭にするためにご協力をお願いします。~以下有料日記」


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