人間園の人間(オス)
俺の名前はアキラ。18歳だ。
3歳の頃、「子役の仕事だから」親にと連れてこられて以来、これが俺の専属のアルバイトになっている。
その職場というのは、一言で言えば「人間園」だ。
みんな一度は動物園に行ったことがあるだろう。
あれの人間版である。ただし、檻の外から見物するのは人間ではなく、「動物」たちだ。彼らにとっての娯楽施設である。
3歳の頃の俺は、それはもうかなりの人気者だった。
人工芝とプラスチックの木が置かれた檻の中で、おもちゃのブロックを積んで見せたり、よちよちと走り回ったりするだけで、ガラスの向こうからは「オオーッ!」と歓声が上がった。
二足歩行で歩くスーツ姿の犬、着飾った豚、スマホのような端末で写真を撮る猿。彼らは分厚いガラス越しに俺を指差し、ポップコーンを食べながら休日を楽しんでいた。
だが、18歳にもなるとすっかり人気は落ちる。
今の俺の仕事といえば、与えられたスウェットを着て、檻の隅で一日中ゴロゴロしながら、支給品のスマホをいじるだけ。「思春期のオスの人間」という展示項目だ。ガラスの向こうの動物たちは「なんか無愛想だな」「全然動かないね」と文句を言いながら通り過ぎていく。
正直、退屈極まりない。だが、食事も寝床も与えられるし、何より「口座に給料が振り込まれ続けている」と親から聞かされていたから、辞める理由もなかった。
その日も閉園時間になり、動物たちの姿が消えた。
俺が大きく伸びをして裏口の控室へ戻ろうとした時、不意に、見慣れない白衣姿の「人間」の男が檻の中に入ってきた。
「アキラ君。18歳の誕生日おめでとう。そして、15年間の長期展示任務、本当にお疲れ様」
男はそう言って、分厚い茶封筒を俺に差し出した。
中には、俺名義の通帳が入っていた。印字された残高を見て、俺は思わず息を呑んだ。一生遊んで暮らせるほどの額だ。
「これ……全部俺の給料ですか?」
「ああ。今日で君は『人間園』を卒業だ。明日からは外の社会で自由に生きてくれていい」
俺は嬉しさよりも、ずっと抱えていた疑問を口にしていた。
「あの、ずっと気になってたんですけど。俺たち人間って、いつからあいつら……あの『動物』たちの支配下に入ったんですか? 外の世界は、もうあいつらに乗っ取られてるんですよね?」
物心ついた時から動物に見下ろされて育った俺にとって、人間はすでに地球のヒエラルキーの敗者だと思っていた。だからこそ、こんな屈辱的な展示物の仕事が成り立っているのだと。
しかし、男は不思議そうな顔をした後、腹を抱えて笑い出した。
「逆だよ、アキラ君」
「え?」
男はポケットからリモコンを取り出し、スイッチを押した。
すると、檻の外側に広がっていた「動物たちの街」の背景が、ノイズと共にフッと消滅した。ただの巨大なホログラムスクリーンだったのだ。スクリーンの向こう側に現れたのは、無数の高層ビルが立ち並ぶ、見慣れた「人間の大都会」だった。空にはドローンが飛び交い、遠くの道路を人間の乗った車が走っている。
「外の世界は、ずっと人間のものだよ。ただ……」
男は、先ほどまで動物たちが見物をしていた観覧通路を指差した。
「かつて人間が遺伝子操作で生み出した『知能化動物』たちが、手に負えないほど進化してしまってね。腕力も、身体能力も、今や人間をはるかに凌駕している。もし彼らが団結して反乱を起こせば、人類はひとたまりもない」
男は通帳を指先でトントンと叩いた。
「だから、彼らを隔離する巨大な『保護区』を作った。そして、彼ら自身が『地球の支配者』であると信じ込ませるために、この『人間園』を作ったんだ。愚かで弱い人間たちを檻に入れて見世物にすることで、彼らの優越感を満たし、人間に牙を剥かせないためにな」
背筋がゾッとした。
ガラスの向こうで俺を見て笑っていたあの動物たちは、実は「自分たちこそが閉じ込められている」という事実に気づいていなかったのだ。
「君たち『人間園のキャスト』の完璧な演技のおかげで、彼らは今日もご機嫌だよ。人類の平和を守ってくれてありがとう」
男はそう言って微笑んだ。
俺は通帳をポケットにねじ込み、逃げるようにその場を後にした。
15年ぶりに足を踏み出した「外の世界」は、ネオンが眩しく、どこまでも人間のための街だった。
あてもなく散歩していると動物園という文字が見えた。
入園料を払い園に入る。
檻の中では大人の動物たちが寝転びながらスマホを触っていた。
もしかしたら、彼らも動物園に雇われた"動物"なのかもしれない。
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