表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不思議な職業〜カッパ漁船、ヒト焼きモデル、雪だるま鍋屋……こんなヤバい仕事、知ってますか?  作者: んひー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/18

心霊屋

私の仕事はあまり人に知られていない。いわゆる「心霊屋」である。

日本中に渦巻く心霊スポットに出向き、本当かのように成りきることで、遊びに来た人たちに心霊現象が存在すると信じさせるのだ。

なぜそんなことをするのかって? 私も知らない。


ただ定期的に連絡が届き、指示通りに詳細な演出を再現する。

そして意外と給料がいい。時給3000円だ。

その日の依頼は、北関東にある廃病院の旧手術室だった。

スマホに届いた指示書には『深夜2時45分、廊下から足音が聞こえたら、暗闇の中でゆっくりとハサミの刃をすり合わせる音を立てよ』と細かく書かれている。指定された衣装は、擦り切れた白衣と血の痕を模した塗料がつく包帯だ。

月明かりすら届かない病室で一人、パイプ椅子に腰かけて時間を待つ。静寂のなかで響く自分の呼吸音。時給3000円。割に合わないような気もするし、気持ち悪ささえ我慢できれば破格な気もする。


カチャ、と遠くの扉が鳴った。

「おい、マジで出るらしいぞここ……」

「やめとけって、ホントにヤバいって」

若い男たちのひそひそ声が近づいてくる。私は息を殺し、壁の影へと身を潜めた。指示通りの時間だ。懐から古い金属製のハサミを取り出し、ゆっくりと刃を噛み合わせる。

ジャキ……ジャキ……

錆びた金属音が暗闇に響いた瞬間、廊下から悲鳴が上がった。ドタバタと猛スピードで逃げていく足音。私は暗闇の中で小さく息を吐き出し、ミッション完了だ。

いつもより手応えがあった。


そのまま撤収の準備を始めようとした時、ふと部屋の隅にある闇の中に、人影が立っていることに気づいた。自分と同じ擦り切れた白衣を着て、じっと私を見つめている。

(……なんだ、同業者か?)

指示の補強のために二人体制だったのだろうか。

私は「珍しいこともあるもんだ」と少し安心し、声をかけてみた。

「お疲れ様です。今日の仕込み、うまくいきましたね」

すると、暗闇の中に立つ女はゆっくりと顔を上げた。血の気のない唇が、ニンマリと耳元まで裂けるように釣り上がる。

「……やっと、代わりが来たのね。ピッタリだわ」

掠れた声でそう呟くと、女の輪郭が歪み、そのまま空気の中にスーッと溶けるように消えてしまった。


(え……?)

背筋に冷たいものが走り、急に恐ろしくなった私は、一刻も早くこの場を離れようと暗闇の手術室を飛び出した。廊下を走り抜け、スマホを取り出して震える手で業務完了の報告メッセージを送る。

『本日のミッション完了しました。追記ですが、もう一人の白衣の女性の演出担当の方もいました。「代わりが来た」と言って消えたのですが……』

すぐに事務所から返信が届いた。だが、その内容を見た瞬間、私の全身の血が完全に凍りついた。

『大変ありがとうございました。彼女も無事に成仏できたようです。あなたは次のものが来るまで、そこで“お仕事”をお願いします』


「……は?」

わけが分からずメッセージを読み返す。成仏? 次のもの?

その時、自分が手に持っているハサミに目をやった。古びた金属、手にねっとりとこびりつく赤黒い汚れ。血の塗料だと思っていたものは、乾いた本物の血液の匂いがした。

自分の胸元を見下ろす。擦り切れた白衣の胸ポケットには、いつ、どこでついたかも分からない大きな穴が開いていた。

そういえば、私はどうやってここに来たのだろう。

車で? 電車で? 自分の家はどこだっけ?

その時、スマホの画面に冷酷な通知が追加される。

『廊下から足音が聞こえたら、暗闇の中でゆっくりとハサミの刃をすり合わせる音を立てよ』

頭の中に直接響くようなその指示に抗うことなど、できなかった。


廃病院の入り口の方から再び若い足音が近づいてくると、私の意思とは無関係に、指先が勝手に動き出す。

ジャキ……ジャキ……

錆びついたハサミが噛み合い、暗闇に金属音が響く。

廊下から上がる絶叫。逃げていくドタバタとした足音。

それを認識するたび、胸の奥でどろりとした小さな満足感が湧き上がる。……いや、これは本当に私の感情なのだろうか。

次第に、思考が霞んでいく。


自分の名前も、自分がかつて人間としてどんな生活を送っていたのかも、濃い霧の向こう側に消えていくようだった。

ただ覚えているのは、冷たいハサミの感触と、指示に従うことだけ。

身体の感覚はとっくに失われ、足元すら覚束ないはずなのに、私は倒れることもなく旧手術室の暗闇に立ち続けている。


いったい、いつまでこれをやり続けるのだろう。

1年? 10年? それとも半世紀?

「代わり」になってくれる哀れな人間が現れるのは、いつになるのだろうか。

「おい、ここマジでヤバいらしいぞ……」

遠くから、また新しい足音が近づいてくる。

ぼんやりとした頭のまま、私は暗闇の中でゆっくりと口角を吊り上げた。

ジャキ……ジャキ……

体は勝手に動き出し、私は今日も、人間を恐怖させ続ける。


もしよろしければ、★評価やブックマークをお願いします!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ