006 葬送のフ●ーレン
「 Ken! お昼にしましょう!」
町の案内を一通り終えたところで、エルナが近くの広場のベンチに座り、地元のパン屋から買ってきたらしい包みを広げた。
「はい、Kenの分。この町一番の黒パンよ。すっごく美味しいんだから!」
「Oh, Thanks, エルナ! 気が利くじゃないか」
差し出されたのは、ずっしりと重く、名前通りの黒いパンだった。
焼き立てのはずなのに、触感は実家のガレージに転がっているレンガと大差ない。俺はフレンドリーな笑みを崩さないまま、大きく一口齧り付いた。
(……Jeez! 固っ!! それに酸っぱっ!?)
口の中に広がったのは、お世辞にもフワフワとは言えない、パサパサで強烈な酸味を放つ謎の物体だった。
普段からハニーバターをたっぷり塗ったコーンブレッドや、肉汁を吸わせたバンズばかり食っているカンザスシティ出身の俺の舌には、なかなかのカルチャーショックだ。
だが、せっかく案内してくれたレディに「マズい」とストレートに言うのは礼儀に反する。俺は頬の筋肉をプルプルと震わせながら、必死に笑みをキープした。
「どう? 美味しいでしょ?」
「A-ahaha…… Yeah…… なんていうか、すごく……オーガニックで、歯ごたえがAmazingだぜ……! 噛めば噛むほど、顎のトレーニングになるっていうか……」
必死に引きつった笑顔を浮かべる俺の視界の端で、ライブ配信のチャット欄が爆速で転がり始めた。
:『Ken、顔! 顔が死んでるぞ lmao』
:『完全に精神をすり減らしているアメリカ人の顔 lol』
:『魂がカンザスシティに緊急帰国したがってる ROFL』
Mike:『Hey Bro、無理するな! そこにBBQソースをドバドバかけるんだ!』
Mama:『あらあら、甘やかされて育ったから、本物のサワードウブレッドの良さが分からないのねぇ』
:『マサカのママからのダメ出し LMFAO』
「……Elna、故郷の皆にもこのAmazingなパンをごちそうしたいから、そのパン屋の場所を教えてくれるかな」
Mike:『omg』
Mama:『omg』
Dad:『omg』
:『ダディ完全に巻き込まれてて lol』
観光を終えランクルとBBQトレーラーを止めてある城壁外の広場へと戻ってきた。
「Alright, Everybody! ディナーの準備を始めるぜ!」
俺はカメラに向かってウインクし、巨大な豚のモモ肉を取り出した。
「今日は『豚のモモ肉でダッチオーブン・ロースト』だ! 一晩マリネする時間がないから、下準備なしの突貫工事でいくぜ!」
:『てか、ちょっと待て。朝仕込んでた肉は!?』
:『プルドポークじゃないのかよ!!』
チャット欄のリスナーたちから一斉にツッコミが入る。
「HAHAHA! 焦るなよBro! プルドポークをナメちゃいけない。ボストンバットのようなデカい塊肉をホロホロの『Pull(引き裂ける)』状態にするには、本気で『Low and Slow』……12時間以上のスモーク時間が絶対に要るんだ。だからプルドポークは、明日の朝からじっくり腰を据えて焼く!」
豚のモモ肉を火の通りを均一にするため肉を拳大にカットし、表面の水分を拭き取る。そこに塩、胡椒、ガーリック、チリパウダーをこれでもかと強く擦り込んだ。
「下準備なしだから、表面の塩分濃度を高めにしておくのが戦術的ポイントだ。次はガンガンに熱したダッチオーブンにラードを多めに入れ、全面をこんがりと揚げ焼きにして肉汁を閉じ込める『殻』を作る!」
ジュワァァァッ! と強烈な音と脂の香りが弾け、肉が色づいていく。
そこに俺は、ビールをドバドバと注ぎ込み、ざく切りにした玉ねぎやニンニク、セロリなどの香味野菜を大量に放り込んだ。
「ベースのビールと野菜の水分で『蒸し煮』にするのが最大のキモだ! 140℃〜150℃の蒸気の中なら、硬いコラーゲンがゼラチンに変わるし、高温のおかげでマリネするより早く深部に味が押し込まれるってわけさ!」
:『ビール煮込み最高!』
:『待ってました飯テロタイム!』
Dad:『Ken! 蒸し煮なら肉の乾燥を防げるな。Smartな戦術だ!』
◆◆◆◆◆
薪を燃やし、心地よいヒッコリーの煙が立ち上り始める。ヒッコリーの匂いは最高だぜ。
あとはじっくり熱が通るのを待つだけだ。温度計をチェックする以外は、BBQMANにとって最も平和な待ち時間が訪れる。
俺がアウトドアチェアに腰掛けて冷えたドクペを飲んでいると、隣の丸太に座り、暇そうに杖で地面をツンツンしていたエルナが不思議そうに見上げてきた。
「ねえ、Ken。ずっと気になってたんだけど……」
「Yeah? なんだい、エルナ」
「あなた、さっきから何をしてるの? 小さな板に向かって陽気に喋りかけたり、DadとかMamaとか呼んだり……。流れ人の特殊なスキル?」
「Ahー……」
俺は頭を掻いた。中世みたいなこの世界の住人に、インターネット、スマートフォン、ライブ配信、そして地球のSNS文化を説明するのは、控えめに言っても無理ゲーだ。
「Well、説明すると長くなるんだが……要するに、これは俺の生まれ故郷の家族やBroと、リアルタイムで遠隔会話ができる魔法みたいなもんさ。俺がここで肉を焼いてる姿を、向こうの世界のみんなが見て楽しんでるんだよ」
「別の世界とリアルタイムで通信!? そんなの、大賢者様でも不可能な超高等儀式魔法よ……!? あなた、やっぱりただの料理人じゃないわね……」
「Haha、俺はただのBBQMANなんだけどなー」
エルナが完全に勘違いして、尊敬と戦慄が混ざったような目で俺を見てくる。
「それじゃ『ガレージ・リンク』ってスキル、はなんなの?」
「Ah、簡単に言えば、俺の故郷にある家のガレージとこの世界を繋げて、あっちにある物をこっちに取り寄せる魔法みたいなもんさ。BBQエネルギーを消費してな」
「……空間を繋ぐなんて大賢者様レベルの魔法だけど、やってることは実家からのお取り寄せなのよね」
エルナは納得したように頷いたが、すぐにまた暇を持て余したのか、今朝俺が飲み干して空になったMedialyteのボトルを見つめる。
そして、裏側のラベルをじっと見ながら呟いた。
「……『水、ブドウ糖、クエン酸、塩化ナトリウム、カリウム……』へえ、この『めでぃらいと』ってポーション、不思議な素材がいっぱい入ってるのね」
「……Wait。エルナ、なんで読めるんだ?」
俺が目を丸くして尋ねると、エルナはムッとしたように唇を尖らせた。
「馬鹿にしてるの?文字くらい読めるわよ。兄貴……ガンツは、ちょっと怪しいけど……」
「いや、それアルファベットで書いてあるんだぞ!」
「あるふぁべっと……? 本当だわ」
エルナはボトルのラベルに顔を近づけ、目をぱちくりとさせた。
「それもそーね、不思議ね。見たことない文字の形なのに、頭の中にスッと意味が入ってくるわ」
「ガレージ・リンクの効果か?」
俺は顎をさすった。どうやら、俺のスキルで呼び出した地球の物品は、この世界の住人にも自動で翻訳されて読める仕様らしい。
「HAHAHA! こいつはいい発見だ。Alright、それならちょうどいいものがある。暇つぶしに最高のコミックを教えるよ!」
俺はスマホに向かって叫んだ。
「Mama! 聞いてる? フ●ーレンをガレージに放り込んでくれ!」
Mama:『OK! ちゃんと日本語が読めるように、念じながら送るわよ~』
「よし『ガレージ・リンク』!」
日本のオタクカルチャーが大好きなMamaが買った、日本語版の単行本を取り寄せる。
「Here, これ。日本のマジカル・ファンタジー・コミック、『葬送のフ●ーレン』だ。お前と同じ、魔法使いの女の子が主人公だぜ」
「コミック……? なにこれ、紙の束に、絵と四角い枠がたくさん描いてあるけど……」
エルナは最初は「子供向けの絵本?」と言いたげな怪訝な顔をしていたが、俺に言われるがまま、手探りでページをめくり始めた。
「……なるほど、右から左に読むのね?」
「Exactly! そうそう、サクサク読めるだろ?」
最初のうちは「ふーん」と鼻を鳴らしながら、パラパラと眺める程度だったエルナの様子が、10分、20分と経つにつれて明らかに変わっていった。
完全に背筋がピンと伸び、目が紙面に釘付けになっている。恐ろしい集中力でページをめくる指が止まらなくなっていた。
「……っ!」
息を呑むエルナ。
彼女が突然ガタッと丸太から立ち上がった。その顔は、未知の古代魔法の遺跡でも発見したかのように驚き、同時に異常なほど興奮していた。
「Ke、Ken……!! これ、一体誰が描いたの……!? 冗談じゃないわよ、何なのこの本は!!」
「Whoa、どうした? 結構シリアスな話だろ?」
俺がドクペを片手に驚いていると、エルナはコミックスを両手で宝物のように抱きしめながら、狂気すら感じる熱量でまくしたててきた。
「シリアスとかそういうレベルじゃないわ! この『一般攻撃魔法(ゾ●トラーク)』の概念……!! 人類が魔族の魔法を研究して、術式を分解して、数十年かけて『人間の魔法』として一般化して組み込んだって描写……!! これ、凄すぎるわよ!! 今までの私たちが、血統や才能だけに頼ってきた魔法理論の根底が、これ一冊で完全にひっくり返るわよ!!」
:『エルナちゃん、ゾ●トラークに脳を破壊されてて lmao』
:『ガチの魔法使いがフ●ーレン読んだらそうなるわな lol』
:『人類の魔法技術の発展の歴史に感動してて ROFL』
Mike:『HAHAHA! 異世界の魔法使いが日本の漫画でレベルアップしちまうぞ!』
「Hey hey hey、落ち着けエルナ! それはフィクション、つまり作り話だ!」
「作り話なわけないでしょ!! この緻密な魔力の流れの説明、絶対に実在した大魔法使いの記録よ! Ken、お願い、次の巻! 次の巻を私に貸しなさい!!」
目を血走らせて詰め寄ってくるエルナの迫力に、両手を上げて降伏するしかなかった。
異世界の魔法の常識がどうなるかは知らないが、とりあえず、肉が焼き上がるまでの暇つぶしとしては大成功だったみたいだな。
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次話明日7:00に公開予定。




