005 日本人は正月には神社で柏手を打ち、葬式ではお経を読み、クリスマスにはアーメン
「Ouch……頭の中でチーフスのディフェンス陣に全力でタックルされ続けてる気分だぜ……」
激しい頭痛に顔をしかめながら、俺は身体を起こした。
昨日の異世界初日パーティーは、控えめに言っても盛り上がりすぎた。
Bale Aleが底を突き、Dadが差し入れてくれた『James Bang Rye Whiskey (ジェームズ・バン・ライ・ウイスキー)』に手を出したのが完全に運の尽きだった。あのガツンとくる味は、ひどい二日酔いの特急券みたいなもんだからな。
辺りを見回すと、昨夜一緒に盛り上がった男どもが、死屍累々と地面に転がっている。
「……まあ、タフな異世界人だし、そのうち目覚ますだろ」
自分に言い聞かせるように呟いていると、背後からあくび混じりの声が聞こえた。
「ふぁーー……おはよう、Ken」
眠そうな目をこすりながら起きてきたのは、魔法使いのエルナだ。
「Good morning! Oh、エルナ、お前酒強いんだな!」
「あの、やたら酒精の強いお酒でしょ? 私は少ししか飲んでないから大丈夫。みんなバカみたいに煽り合うからよ」
「男のサガってやつさ……さて、コイツをどうやって洗うかな」
俺は昨夜、大量の豚肉を焼き上げてギトギトになったBBQトレーラーを見つめて、ため息をついた。こいつをタワシでゴシゴシやるのは、ちときつい。
「これ洗うの? 私がやってあげようか?」
彼女が小さく呪文を唱え、杖をひと振りする。すると、トレーラーを包み込むように淡い光が走り、一瞬にして油汚れも焦げ付きも消え去ってしまった。
「Wow! ピカピカだ! お前、マジの魔法使いだな、エルナ」
「そうよ、これは生活魔法の『洗浄』。これくらい楽勝ね。それに……何だか今日はいつもより魔力のノリが良い気がするわ」
それは間違いなく、昨夜俺のBBQを食べて付与された『バフ効果』のおかげだな。エネルギーの恩恵がこんなところに出るとは、なかなか使えるシステムだ。
「……って、あなた、ものすごく煙臭いわね。ついでにあなたにもかけてあげるわ!」
「Whoa、ちょっと待っ――」
言いかける前に光に包まれ、俺の身体から肉の脂とヒッコリーの煙の匂いが一瞬で消え去った。サッパリしたのはありがたいが、BBQMANからスモークの香りを奪うのは、ちょっとしたアイデンティティの危機だぜ。
しばらくして、ようやく戦士のガンツと商人のトーマスがゾンビのようなうめき声を上げながら目を覚ました。
「うぉぉ……頭が割れるように痛ぇ……。これならオークの棍棒で脳天をドツかれた方がマシだぜ……」
「お、おお……凄まじい吐き気が……。完全に飲み過ぎましたぞ……。大事な商談の前に死んでしまう……」
二人とも、James Bang Rye Whiskey (ジェームズ・バン・ライ・ウイスキー)の洗礼を受けて完全にグロッキー状態だ。
「『ライブ配信』スタート! Good morning, Everybody! 今日も最悪の二日酔いからスタートだぜ! Mama、聞いてるか? Medialyteを3本、ガレージの机にお願い!」
配信を開始するとすぐにMamaからのコメントが流れる。
Mama:『まったく、しょうがないわね……昨日の夜、1ダース置いておいたわよ』
「Thank you, Mama! 愛してるぜ!――『ガレージ・リンク』!」
光の輪と共に、俺の手にMedialyteのボトルが3本現れた。アメリカじゃ二日酔いの救世主としてお馴染みの、最強の経口補水液だ。
「ほら、コイツを黙って一気に煽りな」
俺はガンツとトーマスにボトルを握らせ、自分もキャップをひねってがぶ飲みした。
「Phew……! Hasta la vista, baby. あばよ二日酔い! 生き返ったぜ!」
「ぶはっ……! な、なんだこりゃ!? さっきまでのガンガンする痛みが、嘘みたいに消えちまったぞ!」
「おおお! 胃のムカムカもすっかり治まりました! なんという即効性……これはもしや、教会の秘蔵する奇跡の霊薬ですかな!?」
※作中のように経口補水液を飲んでも、すぐに二日酔いが治ることはありません。
その劇的な変化に、横で見ていたエルナが目を丸くして身を乗り出してきた。
「ちょっと、何それ!? もしかしてエリクサー級の最高級ポーション!? 私にも一口頂戴よ!」
「HAHAHA! 残念ながらこれはただの水分補給のドリンクさ。カンザスじゃ子供も飲むぜ」
トーマスがボトルのラベルを不思議そうに見つめながら尋ねてきた。
「それでKen殿、これからどうされるのですか?」
「そうだな、今日はこの町を見学させてもらうよ。ファンタジーの定番、冒険者ギルドってやつにも興味があるしな」
「そうですか。それならエルナさん、Ken殿のガイドをお願いできますか? 商談は私とガンツだけで十分ですから」
「分かったわ。どうする、Ken? 今すぐギルドに行く?」
「Wait……ちょっと待ってくれ。出かける前にやっておくことがある。Mama、まだ見てるか? Dadはもう仕事? 悪いが、会社に『異世界にBBQを広める旅に出たので休みます』って電話してくれ! 信じないだろうからこの配信チャンネルのURLを教えて、チャンネル登録と高評価もよろしくってな!」
Mama:『分かったわ、電話しとく! クビになるかもだけどね!』
:『異世界を理由に休暇申請は草』
「HAHAHA! 頼んだぜ、Mama! それともう一つ、 Boston Butt(ボストンバット・肩ロース)とPicnic Shoulder(ピクニックショルダー・前脚)を出しておいてくれ!」
Mama:『はいはい、いいわよ』
チャット欄のリスナーたちも、俺の注文にすかさずツッコミを入れてくる。
:『朝から肉の仕込みかよ!』
:『流石BBQMAN、ブレないぜ!』
:『二日酔いが治った瞬間これだよ lol』
「よし――『ガレージ・リンク』!」
光の霧が晴れると、大ぶりのBoston Buttと、Picnic Shoulderがドカンと姿を現した。どちらもBBQを作るには最高の部位だ。
「コイツに特製のラブ(スパイス)をたっぷり擦り込んだらギルドに行こう!」
俺がナイフとスパイスのボトルを手に取ると、エルナ、ガンツ、トーマスの三人が「こいつ、正気か?」と言わんばかりの呆れ返った。
:『まずはギルド行けよ lmao』
:『なんで手続きより肉が優先なんだよww』
:『Isekaiの住人もドン引きしてるぞ』
じっくりと肉にスパイスを馴染ませ、ガレージ・リンクでMamaに肉を託し、俺はエルナに連れられて念願の冒険者ギルドへと向かった。
◆◆◆◆◆
冒険者ギルドで無事に登録を済ませ、手渡された金属製のプレートを陽にかざす。
「へえ、これがギルド証か。なかなかCoolじゃねえか」
「そのギルド証は、国をまたいでも通用する立派な身分証になるんだから、絶対に無くさないようにしなさいね」
:『キターーー! 冒険者ギルド登録のテンプレ展開!』
:『さっきの受付嬢のスマイル、マジで最高だったな!』
:『奥のテーブルに猫耳とエルフがいたの見逃さなかったぞ!』
:『ファンタジー感マシマシで最高だぜ!』
ギルドの雰囲気を堪能したところで、エルナが振り返った。
「それじゃ、この町『オルディア』を案内するわ! って言っても、見ての通り小さな町だから、そんなに案内するところもないんだけどね」
エルナの後についてしばらく歩くと、町の中心部に佇む神秘的なオーラを放つ石造りの建物の前に出た。
「ここが神殿ね。どんなに小さな町や村にも、必ず一つはあるわ。初めて行く町なら、何はともあれ立ち寄るのがお約束よ」
「Why? 何でだ? 挨拶的なやつか?」
「ふふん、中に入ってから説明してあげるわ」
一歩足を踏みいれると、そこは静謐で厳かな空気が満ちていた。窓から差し込む光の先に、赤い石が置かれた祭壇がある。
「これがこの神殿の御神体ね」
「Oh、これがこっちの世界の神様なのか?」
「神様そのものじゃなくて、神様と繋がる依代ね。お祈りの仕方を教えるわ。と言っても、お布施をして御神体にそっと手を当てるだけ。簡単でしょ?」
エルナがコインを捧げ、赤い石に手を当てる。
それを見つめながら、俺はふと眉をひそめた。スマホのカメラを祭壇に向けつつ、チャット欄に問いかける。
「うーーん……俺、キリスト教徒なんだけど、こういう異世界の偶像にお祈りしちゃって大丈夫なのかな? Mama、どう思う?」
すると、すかさずMamaから達観したコメントが返ってきた。
Mama:『Ken、何を気にしてるの? 日本人は正月には神社で柏手を打ち、葬式ではお経を読み、クリスマスにはアーメンとやるって言うじゃない。あなたにも日本人の血が半分流れてるんだから、ノープロブレムよ! 郷に入れば郷に従えよ!』
:『それスプリガンのセリフじゃねえか! 懐かしいなおい! lol』
:『Mama、オタク知識が豊富すぎる lmao』
:『日本の宗教観カオスすぎ』
:『Dadが苦笑いしてそう』
「HAHAHA! OK、分かったぜ、Mama! 郷に入れば郷に従えか」
俺はズボンから銀貨1枚を取り出してお布施の箱に入れ、エルナに倣って赤い石に手を当てた。
「そうそう、上手よ。それでね、初めての神殿なら、訪れた記念にこのリボンを買うといいわ。これも銀貨1枚ね」
エルナが示した御神体の横の棚には、鮮やかな赤色のリボンが綺麗に並べられていた。
「このリボンは神殿ごとに作られているお守りなんだけど、冒険者にとっては、どの町を訪れたことがあるかの証明になるの。たくさん持っていればいるほど、それだけ広範囲で依頼をこなしている凄腕の冒険者として周囲に認められるステータスになるわけ」
そう言うと、エルナは自分の杖をドヤ顔で掲げてみせた。そこにはリボンが何本も、誇らしげに結び付けられている。
「Wow! 凄いたくさんついてるな! エルナ、お前マジで凄腕の冒険者なんだな!」
「もちろん! 私たちはトーマスさんの専属護衛として、いろんな町を渡り歩いているからね!」
「Coolだ。よし、俺も一本もらおう」
貯金箱のような木箱に銀貨1枚を投入し、鮮やかなリボンを手に入れる。こいつをランクルのルームミラーにでもぶら下げておこう。
「ちなみにお布施やリボン代は、神殿が運営している孤児院の経営資金に使われているのよ」
「へえ、そいつはいいシステムだ。肉を美味く食うためにも、世界は平和で優しい方がいいからな」
【James Bang Rye Whiskey (ジェームズ・バン・ライ・ウイスキー)】
西部開拓時代の伝説的なアウトロー、「ジェシー・ジェイムズ・バン」をモチーフにした無骨なライ・ウイスキー。カンザスやミズーリといった中西部のアウトローな空気をビンに詰めたような強烈な酒で、ライ麦特有のスパイシーな香りと喉が焼けるような高いアルコール度数が特徴。濃厚でスモーキーなカンザスシティBBQの味にも負けないパンチ力を持っていますが、調子に乗ってストレートで飲みすぎると、翌朝は「無法者に頭を撃ち抜かれたような」最悪の二日酔い(ハングオーバー)に……
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次話明日7:00に公開予定。




