046 ミスリル貨
カンザスシティのガレージから異世界へと対物ライフルが送られてから数日。
厳重なセキュリティ網に守られたアメリカ国防総省の地下深くでは、すでに極秘の分析会議が開かれていた。
「長官。例の『BBQMANチャンネル』経由で調達したサンプルの、初期分析結果が出ました」
分厚いファイルとタブレットを抱えて入室してきたのは、特別分析班の主任を務めるアーリス・ソーン博士だ。
報告を受けるのは、DARPA(国防高等研究計画局)のトップであるリチャード・スターリング長官。彼は葉巻を灰皿に置き、身を乗り出した。
「よくやった、ソーン博士。アナハイム・ディフェンスの連中は歓喜の声を上げているそうだが、実際のところはどうなんだ? 我々はついに『魔法の金属』を手に入れたのか?」
ソーン博士は少しだけ表情を曇らせ、手元のタブレットを操作して長官の目の前のモニターに分析データを表示した。
「それが……少々厄介な事実が判明しまして。成分分析の結果をご覧ください」
【対象物】: 異世界より調達した彫刻入りナイフ
【成分分析サマリー】:
未知の物質(仮称:ミスリル)が使用されているのは刃先の部分のみ。
刃先の組成成分において、ミスリルは通常の金属(鉄等)におそらく3割混ざっているだけの合金である。
モニターのデータを見たスターリング長官は、眉間に深いシワを寄せた。
「なんだと? 総ミスリルじゃないのか!?」
長官は苛立ちと共にデスクを叩いた。
「刃先だけ? しかもたったの3割だと? 異世界の鍛冶屋め、我々アメリカ政府相手に粗悪品を掴ませおったか!」
「お待ちください、長官。重要なのはここからです」
ソーン博士は慌てて長官の言葉を遮り、さらに別のテスト映像をモニターに映し出した。
そこには、厳重な実験チャンバーの中で、ナイフの刃先に様々な負荷をかけている映像が流れていた。
「含有率がたった3割の刃先ですが……現在、我が国の科学技術におけるいかなるアプローチを用いても、一切の傷一つつかないのです」
「……傷一つつかない? 現行の兵器や重機を使ってもか?」
「はい。最高硬度の工業用ダイヤモンドカッターは触れた瞬間に粉々に砕け散り、数万トンの圧力をかける油圧プレス機に挟んでもミクロン単位の歪みすら生じません。それどころか、超高出力の軍事用レーザーを照射しても、温度変化すら観測されないのです。たった3割混ざっているだけで、物理法則を無視したとんでもない強度と耐熱性を発揮しています」
スターリング長官は息を呑み、モニターの中で無傷のまま鈍い光を放ち続ける「刃先」を見つめた。
たった3割の含有率で、現代の地球の科学力を完全に凌駕している。もし純度100%の「総ミスリル」であれば、一体どうなってしまうのか。
沈黙の後、長官はゆっくりと立ち上がり、鋭い眼光でモニターを睨み据えた。
「……まあいい。」
「長官?」
「完全な純度でないにせよ、これが軍事革命の引き金になることに変わりはない。逆に言えば、わずか3割の含有量でそれほどのオーバーテクノロジーを発揮するということだ。成分の配合比率や、その仕組み……全てを丸裸にしてやる」
長官はソーン博士の肩を力強く叩き、力強い声で命じた。
「ミスリルの技術、他国より早くなんとしてでも解明せねば。」
「直ちに各研究機関のトップを招集し、解析フェーズを次の段階へと移行させます」
「頼んだぞ。他国より先に我々がこの未知の物質の主導権を完全に握るのだ。このミスリルという奇跡の物質を使った極超音速ミサイルや次世代戦闘機、我々は必ず作り上げねばならん!」
スターリング長官は興奮冷めやらぬ様子で拳を握り締め、ソーン博士に鋭い指示を飛ばした。
「まずはあのBBQMAN……Kenに、ナイフの詳細について直接聞いてくるんだ! なぜ刃先だけなのか、理由を突き止めろ!」
「直ちにコンタクトを取ります!」
◆◆◆◆◆
町外れの広場。
俺は町の近くの森で狩ったブラックボアの肉をBBQトレーラーでスモークしていた。脂が炭に落ちて香ばしい煙が上がり、配信のチャット欄ものんびり流れている。
そんな平和な空気を切り裂くように、厳めしいアカウントからのスパチャが表示された。
米国国務省【公式】:『Mr.Ken、いつも素晴らしい配信と美味しいお肉の映像をありがとうございます。先日のミスリルナイフについてお伺いしたいのですが。弊局で分析したところ、ミスリルが含まれているのは【刃先のみ】、しかも純度3割でした。これはどういうことなのでしょうか?』
:『スパチャで国家機密の質問するなww』
:『分析早すぎだろwww』
:『めちゃくちゃ丁寧で笑う』
俺は隣でハンター×ハンターを読んでいるエルナに尋ねてみた。
「なあエルナ。前買ったナイフ、ミスリルなのは刃先だけで、しかも3割しか混ざってないらしいんだが……どういうことだ?」
エルナは呆れたようにため息をついた。
「もう、感動の親子の対面シーンなのに……。当たり前じゃない。ミスリルがどれだけ高いと思ってるの? たった1グラムで金貨1枚はするのよ。武器全体をミスリルで作るなんて、それこそ国宝クラスよ」
「なるほど、高コストすぎるってわけか」
「ええ。刃先に少し混ぜるだけで十分よ。刃先以外は、普通の金属だから欠けるわよ。そのお友達に言っておいてね」
俺はカメラに向かって肩をすくめた。
「だってさ。ガバメント」
:『だってさ。じゃないよwww』
:『国務省「はい」』
:『ファンタジー世界のリアルな経済事情助かる』
米国国務省【公式】:『大変有益な情報に感謝いたします。取り扱いには十分注意するよう研究班に伝達しました。つきましては、次回の取引ではぜひ、混じり気のない【ミスリルのインゴット】をお願いしたいのですが……』
「インゴットか。手に入るかエルナ?」
「無理よ。ミスリルは貴重なの。鍛冶ギルドに登録した正式な鍛冶師しか買えないわ。私たち冒険者には売ってくれないわよ」
俺が首を振ろうとした、その時だった。
町を散策していたファラが、帰ってきた。
「……ただいま。ミスリル欲しいの? これ、いる?」
そう言ってファラが革袋から無造作に取り出し、差し出したのは、神秘的な輝きを放つ一枚の硬貨だった。
「ミスリル貨じゃん! 珍しい! これなら総ミスリルよ」
エルナが驚きの声を上げた瞬間、チャット欄の動きが完全に狂った。
米国国務省【公式】:『!!!!! 是非それを売ってください!!!!!』
米国国務省【公式】:『金ならいくらでも出します!!! 金塊でも何でもおっしゃってください!!!』
アナハイム・ディフェンス・システムズ【公式】:『ぜひとも!!! 兵器開発の未来がその一枚にかかっているのです!!!』
:『国務省の必死さwwwww』
:『草ァ!!!』
:『落ち着け国家機関wwww』
:『ファラちゃん、とんでもない物持っててワロタ』
コメント欄の熱狂を見せると、ファラは少し困ったように眉を下げた。
「……金塊? 重いからいらない。美味しいお酒欲しい」
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次話明日7:00に公開予定。




