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040 1942年製 Martin D-18

荒涼とした岩山を背に、巨大な特注スモーカーの前でマーカスが『ライブ配信』のカメラに向かって、低くしゃがれた声で静かに語りかけていた。


「聞こえるか、画面の向こうの兄弟ブラザーたち。ここはメンフィスじゃない。ミシシッピ川のせせらぎも、ネオンの灯りもない遠い空の下だ。……だが、俺のソウルは今もビール・ストリートにある」


マーカスの手元には、ビッグボアから切り出された、見事なスペアリブの塊があった。

彼はそこに、パプリカ、ガーリック、オニオンパウダー、カイエンペッパーなどを複雑に配合した特製スパイスを、祈りを込めるように、ゆっくりと力強く擦り込んでいく。


「カンザスシティのKenの配信、盛り上がってるみたいだな。あいつの甘いソースも、否定はしねえ。……だが、俺たちメンフィスの流儀は少し違う。ブルースと同じさ。人生の甘み、辛み、苦み……複雑なスパイス(ドライ・ラブ)を時間をかけて擦り込み、じっくりと煙で包み込む。それが肉の脂と馴染んで、真っ黒な『樹皮バーク』を育てる。時間は決して嘘をつかねえんだ」


:『マーカスのおっさん今日も渋いな』

:『ドライリブ最高! メンフィススタイルしか勝たん!』

:『Kenとハンクとマーカスで異世界BBQ三国志が始まってる lmao』

:『てかそのビッグボアの肉、めちゃくちゃデカいな!』


ヒッコリーとオークの薪がパチパチと心地よいリズムを刻む中、マーカスがリブをスモーカーにそっと寝かせたその時だった。

滝のように流れていたチャット欄に、異質なアカウントからの赤色のスーパーチャットが投稿された。


US_Government_Official:『マーカス氏。こちらはアメリカ合衆国政府です』


:『……は?』

:『え? 政府!?』

:『フェイクだろwww 誰だよこのアカウント lol』


US_Government_Official:『フェイクではありません。マーカス氏、あなたが前回の配信でぼやいていた要求について、政府として正式なオファーがあります。あなたが希望する「極上のスパイス」――世界最高峰のパプリカ、希少なオーガニックハーブの数々を、国家の威信をかけて手配いたします』


「……ふむ」


マーカスはサングラスの奥の目を細め、静かに息を吐いた。


US_Government_Official:『加えて、あなたが希望する物資があれば、何であれ、国家予算の許す限り可能な限り用意する準備があります』


:『国家予算でBBQスパイス調達wwww』

:『合衆国政府がIsekaiのBBQマスターに媚び売ってて草』

:『マジかよ、スケールがデカすぎる lmao』


「ワシントンのエリートたちが、こんな異世界の煙たいオヤジに頭を下げる日が来るとはな」


マーカスは低く笑い、スモーカーから立ち昇る煙を見上げた。


「国家予算で俺のBBQをサポートする……ありがたい話だ。最高のブルースには最高のギターが要るように、最高のラビングには最高のスパイスが欠かせねえからな。……だが、タダで施しを受けるつもりはない。音楽と同じさ。ギブ・アンド・テイク、ソウルのやり取りじゃなきゃ、いい音は鳴らねえんだ」


マーカスはスモーカーの横に置いてあった麻袋に手を突っ込み、『何か』を取り出して、カメラの前に静かに置いた。

チャット欄のリスナーたちが一斉に息を呑む。


「リスナーから聞いているお前らが欲しいのは、こいつ『ミスリルのナイフ』だろ? ドワーフのオヤジに、俺のポークリブととびきりのバーボンを振る舞ってやったら、対価だと言って無理やり置いていきやがった。絶対に欠けない魔法の金属。地球の連中からすれば、喉から手が出るほど欲しい代物だろ?」


US_Government_Official:『……ッ!! まさか、それを……!?』


「ああ、取引トレードといこうぜ。このナイフとお前らの用意した物資を交換する。極上のスパイスと、1904年 セントルイス万博記念 ジャックダレテル オリジナル未開栓。それと……1942年製のMartin D-18だ」


マーカスの声に、微かな熱がこもった。


「エルヴィスが愛したのと同じ、乾いた土の匂いがするヴィンテージ。まともに演奏できて、オリジナルパーツが95%以上残ってる、本物の『声』を持つヤツを、メンフィスの俺のガレージに届けな」


数秒の沈黙の後、チャット欄に政府からのコメントが投下された。


US_Government_Official:『……ディール(取引成立)です。直ちにご依頼の物を用意します。くれぐれも、そのインゴットを別の用途に使わないようお願い致します!』


:『特殊部隊がMartin D-18を捜索wwww』

:『ミスリルとBBQスパイスの物々交換wwww』

:『おいおいおい、1904年のジャックダレテルなんて現存するのか? どうやって用意するんだ?』

:『異世界のドワーフ、リブとバーボンでとんでもない取引生み出してて草』


「ディールだ。あんたらの威信ってやつが俺のガレージに届く頃には、このビッグボアの肉にも極上の魔法がかかってるだろうよ」


マーカスは満足そうに頷き、サングラスを掛け直した。


「……さて、それまでは薪の爆ぜる音をBGMに、静かに煙と語り合うとしようか」




【1904年 セントルイス万博記念 ジャックダレテル オリジナル未開栓】

1904年のセントルイス万国博覧会で世界一の金賞に輝き、ジャックダニエルの名を世界に知らしめた金字塔的ボトル。空瓶で博物館レベル。120年以上前の未開栓がそのまま残っているは、もはや奇跡。おそらく現存しない。


【1942年製 Martin D-18】

アコースティックギターの最高峰マーティン社が、第二次世界大戦下の物資統制直前に製造した「黄金期ゴールデン・エイジ」の逸品。稀少なアディロンダック・スプルースが生む爆発的な鳴りと響きは音楽界の聖遺物とされ、保存状態の良いヴィンテージ個体はコレクターの金庫からめったに現れない超・幻の名器。生産数592本。

お読み頂きありがとうございます。

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次話明日7:00に公開予定。

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