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038 星の光を吸い込んだバーボン

深夜。


とある町の外壁の外で愛車のハマー H1を止めたハンクは、たった一人で特大オフセットスモーカーの前に佇んでいた。


パチパチと爆ぜるポスト・オーク(樫の木)の薪。

重厚なスモーカーからは、時間をかけてゆっくりと脂が溶け出す牛肉の香ばしい香りが漂っている。

ハンクはテンガロンハットを深めにかぶり直し、氷水バケツから引き抜いた冷えたビールの缶をプシュッと開け、静かに喉を鳴らした。


「……ふん。サムライボーイの奴め、ソースの甘みで胡麻化しやがって。だが、火入れの精度だけは認めざるを得んな」


誰もいない広場で、独り呟く。

その時、ハンクのスマホの配信画面のチャット欄に、異彩を放つアカウントから投稿がされる。


US_Department_of_Defense(米国国防総省公式):『ハンク・ペンドルトン氏。見ているか』


「……ああん?」


ハンクは太い眉をひそめ、ビールを飲む手を止めた。


:『ファッ!? DoD(国防総省)!?』

:『ペンタゴンが直々にコメントしてきたぞwww』

:『テキサスおじさん、国に目をつけられてて草』

:『ハンク! 税務署の監査じゃなさそうだぞ!』


US_Department_of_Defense:『我々は現在、君の配信を監視……失礼、拝見している。単刀直入に言おう。我が合衆国政府は、異世界の超金属――【ミスリル】のサンプルを喉から手が出るほど欲している』


ハンクはハットのツバを親指でクイッと上げると、画面に向かってうっとうしそうに吐き捨てた。


「おいおい、ペンタゴンのスーツを着た役人サマが何の用だ? 俺は今、肉と会話してんだよ。温度がブレるだろ、消えな」


US_Department_of_Defense:『国家安全保障に関わる重大な要請だ。ミスリル製の武具、あるいはミスリルのインゴットを『ガレージ・リンク』経由でこちらに転送してほしい。代金はこちらで用意する。合衆国の科学技術の発展のため、君の協力を求める』


「断る。俺はピットマスターだ。国の犬になった覚えも、政治家の小使い走りになった覚えもねえ。これ以上肉の火入れの邪魔をするなら、このスモーカーにスマホごとぶち込んで燻製にしてやるぞ」


:『相変わらずテキサス親父硬派すぎるww』

:『ペンタゴンを一蹴するピットマスター強すぎ lmao』

:『スマホを燻製にするのはやめろ lol』


画面の向こうの国防総省担当者は、一瞬の静寂の後、ハンクという男の『取扱説明書』を開いたかのように、コメントのトーンを変えた。


US_Department_of_Defense:『……なるほど。では、対等な【取引】としよう』


「取引だぁ?」


US_Department_of_Defense:『我が軍の最新鋭軍用車両【JLTV(統合軽戦術車両)】。さらに、対物・対戦車ライフル【Barrett M107A1】ならびに各種弾薬を無制限に、手配する用意がある。……これでどうかね?』


ハンクのピクッと眉が跳ねた。

ビールを飲む手が完全に止まる。


:『おいwwww 釣る気満々じゃねえか!!』

:『バレット M107A1と最新型JLTVはやりすぎwww』

:『ハンクおじさんの大好物をピンポイントで投げつけてきたぞ!』

:『国家予算を使った豪快な買収工作ですね』


ハンクは無言のままスモーカーの温度計を一瞥し、ゆっくりと配信画面へ歩み寄った。その目には、先ほどまでの鬱陶しそうな色は消え、ハンターの野性的な光が宿っていた。


「……バレットのM107A1だと? 弾は本当に撃ち放題か?」

US_Department_of_Defense:『勿論だ。フルカスタム仕様、スコープは最新の熱源感知光学サイトを搭載している。JLTVには大型スモーカーを牽引するための強化トレーラーヒッチも増設させよう』


ハンクは不敵な笑みを浮かべ、テンガロンハットを深くかぶり直した。


「……フン。役人のくせに、少しは気の利いたおもちゃを用意できるようだな」

US_Department_of_Defense:『では、交渉成立だな?』


「待て。まだ条件がある。」

US_Department_of_Defense:『何だ?』


「A.H. ハーシュ・リザーブ 16年 ゴールドフォイルを1ダース。そして……1969年のアポロ計画の際、シャトルに極秘に持ち込まれ、現在も月面で熟成されているバーボン……地球の重力で熟成された酒なんざ飲み飽きた。星の光を吸い込んだバーボンを持ってきな」


US_Department_of_Defense:『……探してみよう……』


ペンタゴンのコメントが投稿されると同時に、チャット欄は祭りのような大騒ぎとなった。


:『ミスリルと引き換えに無理難題ふっかける異世界ピットマスターww』

:『ちょ、それ都市伝説だろ!』

:『ペンタゴン「月面にバーボンを取りに行け」NASA「???」』

:『どう考えても無理です lol』

:『砂漠でダイヤモンド探す方が楽だろwww』


ハンクはビールを一気に飲み干すと空き缶を握りつぶした。


「よし……夜が明けたら最高のミスリルを買いに行くとしようか!」




【JLTV(Joint Light Tactical Vehicle:統合軽戦術車両)】

ハンヴィーの後継として米軍に導入されている最新鋭の全地形対応軽装甲車。地雷やVBIED(車両爆破テロ)にも耐えうる圧倒的な防護性能と、荒野を力強く走破する悪路走破性を兼ね備える。


【Barrett M107A1(バレット M107A1)】

米軍をはじめ世界中の特殊部隊で採用されている、言わずと知れた大口径対物/対戦車スナイパーライフル。使用する.50 BMG(12.7x99mm NATO弾)は、軽装甲車両や遠距離の構造物を易々と粉砕する威力を誇る。


【A.H. ハーシュ・リザーブ 16年 ゴールドフォイル】

1974年に旧ミクターズ蒸留所で一度だけ蒸留され、ウイスキー界で「聖杯ホーリー・グレイル」と称される伝説のバーボン。金箔ゴールドフォイルの封かんが施された16年熟成の初期ボトリングは世界中のコレクターが血眼で探し求める超・幻の逸品。

お読み頂きありがとうございます。

ブックマーク、★ボタン、できたらよろしくお願いします。


次話明日7:00に公開予定。

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