032 森の恵み
翌日。町外れの広場にむさ苦しい男が三人。
「Hey Everybody! 今日は昨日仕留めたビッグホーン・ディアーを、極上の料理に仕上げていくぞ!」
俺がスマホのカメラに向かってウインクを決めると、すでに画面の向こうではリスナーたちが待機していた。
:『飯テロ配信キター!』
:『後ろの二人、もう酒飲んでて草』
:『今日もハイテンションだなww』
コメントの通り、俺の背後ではピエールとクラウスがすでにワインとビールを片手に調理を進めていた。
「ピエール、ワインか? よく飲むな。料理に使う分がなくならないか心配だぜ」
俺が笑いながら近づくと、ピエールは片手で優雅にグラスを揺らした。
「Non, non. 料理人とワインは一心同体さ。料理に注ぐワインの香りを確かめ、自らの血肉とする。これも立派な仕込みの一部だよ、Ken。ほら、この赤ワインと森で採れた野いちごのソースの香り……すでに芸術の域に達していると思わないか?」
「ふん。気取ったことを言っているが、単なるキッチンドランカーだろうが」
大きな鍋を木べらでかき混ぜながら、クラウスが鼻を鳴らす。その空いた方の手には、しっかりと黒ビールが握られていた。
「クラウスも人のこと言えないだろ! その鍋、めちゃくちゃいい匂いがしてるじゃないか」
「Ja。俺が作っているのは、鹿の肩肉を使った伝統的な『グーラッシュ(煮込み料理)』だ。それと、特製の『ベニソン・ヴルスト(鹿肉ソーセージ)』も炭火で焼く。ビールに合わないわけがないだろう?」
「HAHAHA! どっちも最高だな! 俺の『ベニソン・リブ』も、特製スモーカーの中でチェリーウッドの煙をたっぷり浴びて、最高の琥珀色に仕上がってきてるぜ!」
俺たちは酒を酌み交わし、時折ジョークや軽口を叩き合いながら、火の番を続ける。
「火加減が甘い」「ソースの香りが強すぎる」などと互いの調理法に口を出しつつも、皆楽しげだ。
美味しい酒を飲み、くだらない話をしながら肉が焼けるのを待つ。この緩やかで贅沢な時間こそが、アウトドア料理の醍醐味だ。
◆◆◆◆◆
太陽が傾き辺りが薄暗くなる頃。
広場には、たまらない匂いに釣られてエルナやガンツ、トーマス、さらにはギルドの冒険者や町の人々までもが続々と集まってきた。
「おーいKen! まだか! もう腹の虫が限界だぞ!」
ガンツが空の皿とジョッキを両手に持ってバンバンと叩いている。
「お待たせしました、皆さま。森の恵みと我々の情熱が結実した、至高の料理が完成しましたよ」
ピエールが芝居がかった手つきで口上を述べると、広場に歓声が沸き起こる。
「Alright! それじゃあ遠慮は無用だ! 異世界の恵みと最高の仲間に……CHEERS(乾杯)!」
「「「「CHEERS!!」」」」
町の人々も交えた、大掛かりな肉の宴会が幕を開けた。
参加者たちは、三つの国境を越えた至高の鹿肉料理に次々と群がっていく。
ピエールが作った『ビッグホーン・背肉のロースト ~赤ワインと野いちごのソース~』に向かったエルナが、美しく切り分けられた肉を口に運んだ。
「……んんっ!? なにこれ、すっごく柔らかい!」
「Oui。筋繊維を壊さないよう、徹底した温度管理で火を入れましたからね」
「噛むたびに上品なお肉の旨味が広がるわ……。それに、このソース! 赤ワインの深いコクの中に、野いちごの甘酸っぱさがフワッと香って、鹿肉の野性味を完全にエレガントな味に昇華させてる。まるで宮廷料理みたい!」
エルナの感想に、ピエールは満足げに胸に手を当てて一礼。
一方、ガンツはクラウスが焼き上げた極太のソーセージに豪快にかぶりついていた。
「あっつ! でもウメェ!!」
「慌てて食うな。肉汁が飛び散るぞ」
「パリッとした皮を破ると、中からスパイスがガツンと効いた荒挽きの肉汁が溢れてきやがる! 鹿の力強い赤身の味が凝縮されてて、噛み応えがたまらねえ! そこにこのグーラッシュ(煮込み料理)だ! 肉がホロホロに崩れるまで煮込まれてて、トマトとパプリカの風味がめちゃくちゃ食欲をそそる。黒ビールおかわりだ!!」
ガンツの勢いに負けじと、屈強な冒険者たちが次々とクラウスの前に列を作り始めた。
「そしてこちらが、KenさんのBBQですね。……おおっ、骨から肉がするりと外れましたぞ!」
商人のトーマスが、フォークで軽く触れただけで崩れるリブ肉を見て目を丸くする。
「HAHAHA! じっくり低温でスモークしたからな! 特製BBQソースをたっぷり絡めて食べてみてくれ!」
トーマスが肉を口に入れた瞬間、その顔がパァッと輝いた。
「鼻に抜ける桜の燻煙の香りがたまりませんぞ! 表面に塗られたスパイスと甘辛いソースがカリッと香ばしく焼け焦げ、中の肉は信じられないほどジューシー! 濃厚でパンチのある味……これはたしかに、嫌いな男はいませんね!」
:『うわああああ美味そうすぎる!』
:『三カ国の特色出すぎww』
:『クラウスのソーセージと黒ビール最高だろ! ガンツ羨ましすぎる!』
:『Ken、これ画面越しに匂い届ける魔法とかないの?』
「HAHAHA! リスナーのみんなには見るだけで我慢してもらうぜ! さあ、まだまだ肉はたっぷりある! 今日は飲んで食って、狩りの成果を祝い尽くそうぜ!」
三人のハンターが腕を振るった鹿肉料理は、町の人々の笑顔と笑い声の中心で、あっという間に平らげられていくのだった。
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次話明日7:00に公開予定。




