030 ビッグホーン・ディアー
「Alright! やっと到着だな!」
俺たちはついに次の町へと辿り着いた。
「じゃあ、まずは神殿に挨拶に行って冒険者ギルドにでも行ってみるか」
「ええ。長旅だったし、路銀も稼いでおかないとね」
エルナが杖を片手に頷く。その後ろには、昨晩すっかり意気投合したフランス人のピエールと、ドイツ人のクラウスの姿があった。
「私たちは、先に冒険者ギルドに行っています」
「あとで会おう」
「OK! 待っててくれ!」
◆◆◆◆◆
神殿での挨拶を済ませ、商談に向かうトーマスとガンツと別れ、ギルドの扉をくぐると、中は多くの冒険者で賑わっていた。
ピエール達と合流し掲示板に向かい、一枚の依頼書に目を留める。
「『森を荒らす巨大な鹿型モンスター、ビッグホーン・ディアーの討伐』か……。最近、町の近くの森に住み着いて、木々を倒して生態系を壊しているらしい」
「Hmph。自然の均衡を崩す害獣か。ハンターとしては見過ごせないな」
クラウスが鋭い目を細める。ピエールも立派な口髭を撫でながら頷いた。
「Oui。美しい森を破壊する野蛮な獣には、エレガントな退場をお願いしよう」
「HAHAHA! 決まりだな。それに、鹿肉のBBQは最高に美味いからな! 明日はハントに出発だ!」
◆◆◆◆◆
巨大な鹿の痕跡を追いながら深く進んだ俺たちは、開けた場所で小休止を取ることにした。
「Phew……少し休憩しようぜ。それに、あんた達の得物、ちょっと気になってたんだよな」
俺がバックパックを下ろしながら言うと、二人のハンターは待ってましたとばかりにニヤリと笑った。
:『おっ、銃器談義のお時間ですか!?』
:『ガンマニア歓喜の配信キター!』
:『異世界で現代銃の見せ合いっこww』
「まずは俺から! 俺の相棒はこれだ。ウィンチェスター M70!」
俺は愛用のボルトアクション・ライフルを掲げた。
「『ライフルマンズ・ライフル』と呼ばれるアメリカの傑作さ。シンプルでタフ、そして絶対にジャムらない。泥に落とそうが雪に埋もれようが、確実に弾を吐き出す。アメリカ開拓時代から続く、実用性こそが正義ってやつさ。美しいウォールナット材のストックと、強力な.30-06弾で、どんな獲物も一撃だぜ!」
すると、ピエールが優雅な手つきで自らの銃を掲げる。
「アメリカの実用性も悪くないが、銃には芸術性が必要だよ。私の愛銃は、フランスのシャピュイ・アルム(Chapuis Armes)の水平二連エクスプレス・ライフルさ」
ピエールが見せたのは、銃身が二つ並んだ美しい双発のライフルだった。機関部には見事な花や動物のエングレービング(彫刻)が施されている。
「銃とは、愛する女性と同じくらい美しくあるべきだ。機能性だけじゃない、構えた時の手に吸い付くような色気。美を携えて森に入るからこそ、自然への敬意が生まれるのさ。狩猟とは、この美しい銃で自然と対話する芸術なのだからね」
「Nein(違うな)。銃に求められるのは、芸術ではなく絶対的な『精度』と『合理性』だ」
クラウスが鼻を鳴らし、真っ黒なストックのライフルを構える。
「俺の銃はドイツ製、ブレイザー(Blaser)R8。革新的なストレートプル・ボルトアクションを採用している。コッキングの動作が直線で済むため、ボルトアクションの精度を保ちながら、圧倒的な連射速度を誇る。銃は『精密機械』だ。それ以上でも以下でもない。必要なのは、心臓を貫く圧倒的な精度。装飾などというノイズは、射撃の邪魔になるだけだ。これこそが、ドイツの冷徹なる技術の結晶だ」
男三人が自慢のライフルを撫でながら熱弁を振るうのを見て、エルナが呆れたようにため息をついた。
「……男の人って、どこの世界でも武器の話になると子供みたいになるのね」
:『エルナちゃんの冷ややかな目がたまらんww』
:『三カ国の代表的な猟銃が揃うとか胸熱すぎる』
:『それぞれお国柄が出てて面白いな』
「HAHAHA! クラウスは相変わらずカタいな! 狩りってのは『アドベンチャー』だぜ。大自然の中で動物と知恵比べをして、見事仕留めたら仲間とバーベキューをして、ビールで乾杯する。この自由と楽しさこそがハンティングの醍醐味だろ?」
「Ken、君の言うことも嫌いじゃないが、少し野蛮だね」
ピエールが人差し指を振る。
「ハンティングは『自然とのダンス』であり、究極のガストロノミー(美食)へのプレリュードだ。森の命をいただき、それを最高の料理に仕上げ、極上のワインと合わせる。命に対する敬意を、芸術の域まで高めるのが我々ハンターの務めだよ」
二人の会話を、クラウスが冷ややかな、しかし確固たる信念の籠もった声で断ち切った。
「お前たちはどちらも間違っている。狩猟とはスポーツでも美食の追求でもない。『義務』だ」
クラウスは立ち上がり、双眼鏡で森の奥を睨みながら続けた。
「ドイツには『ヴァイトゲレヒトヒカイト(狩猟道徳)』という言葉がある。生態系を管理し、弱った個体や増えすぎた個体を間引く。そして何より重要なのは、『獲物に一切の苦痛を与えず、一撃で絶命させること』だ。それが命を奪う者の絶対的な責任だ。楽しさや美しさなど、その次でいい」
アメリカの陽気な冒険心、フランスの優雅な美学、そしてドイツの厳格な倫理観。相容れないようでいて、彼らはお互いのその違いを心の中では深く理解していた。
その時だ。
「……ケン、ピエール、クラウス。前方……いるわよ」
エルナが声を潜め、前方の鬱蒼とした木々を杖で指し示した。
バキィッ……! メキメキ……!
太い樹木が薙ぎ倒される不気味な音が響く。
木々の隙間から姿を現したのは、体高が3メートルはあろうかという巨大な鹿だった。
その頭部には、巨大で鋭利な角が生え揃っている。
「Bingo。あれがターゲットのビッグホーン・ディアーだな」
「……なんて禍々しい角だ。確かにあれでは森が荒れるわけだ」
「ああ。だが、極上のステーキ肉が歩いているようにも見えるな」
俺、ピエール、クラウスは同時に立ち上がり、それぞれの誇り高き銃のボルトを引いた。
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次話明日7:00に公開予定。




