026 BBQスパゲッティ
翌朝。
ルストの町の外れにある広場に向かうと、そこには巨大なスモーカーが鎮座し、既に香ばしい煙をモクモクと吐き出していた。
その横でマーカスが、優雅にアコースティックギターを爪弾きながら火の番をしている。
「God morning, マーカス! 朝からいい煙を燻らせてるじゃないか!」
「朝の挨拶にしては最高の匂いだろ!?」
俺がニヤリと笑いながらスモーカーに近づき、中を覗き込もうとする。
「どれどれ、どんな調子だ? そろそろ俺自慢の濃厚BBQソースでも塗り込んでやろうか?」
「ストップだカンザスボーイ! 手を止めな!」
マーカスは大袈裟に両手を広げて俺を制した。
「今、肉とドライラブ(スパイス)が愛を育んでる最中なんだ。そんな甘ったるいソースをぶっかけたら、せっかくの夫婦仲が一発で破局しちまうぜ。『ソースをかけるな、魂をかけろ』——それがメンフィスの鉄則だ」
「HA! スパイスだけじゃ寂しい夜もあるだろ? 最後に甘いソースで包み込んでやるのが、本当の愛ってやつだぜ!」
俺が肩をすくめて応酬すると、マーカスは野太く大笑いした。
:『朝から肉の夫婦生活について語るアメリカ人たちwww』
:『「ソースをかけるな、魂をかけろ」名言出たww』
Dad:『Ken! 負けるな! 最後にソースで愛を証明してやれ!』
俺たちのバチバチとしたやり取りの横で、連れてこられたエルナが深々とため息をついた。
「はぁ……。朝から何バカな会話してるのよ。肉に愛とか離婚とか、意味が分からないわ……」
エルナは完全に呆れ果てた顔で頭を押さえている。
:『エルナちゃんの冷ややかな視線たすかる』
:『呆れ顔のエルナちゃんかわよ』
:『正論すぎて草』
「まあ焦るなよ、カンザスボーイに可愛いお嬢ちゃん」
マーカスはウインクすると、スモーカーの薪をくべ直した。
「メンフィスの本気ってやつは、じっくり12時間低温スモークして完成する。今はただ、煙と向き合う時間だ」
◆◆◆◆◆
陽が西の空を茜色に染め始めた夕方頃。
広場全体に、お腹が鳴るような芳醇なヒッコリーの煙と熟成されたスパイスの香りが立ち込めていた。
「よし……肉を焼くのは、曲を作るのと同じだ。低音でベースを作り、スパイスでメロディを乗せる。……さあ、最高のブルースが焼き上がったぜ」
マーカスが豪快にスモーカーの蓋を開ける。モクモクと立ち上がる煙の奥から現れたのは、たっぷりのドライラブをまとって黒褐色に輝く、巨大なポークショルダーだった。
「Wow……! このスパイスの焦げた香り! 完璧なプルドポークじゃないか!」
「当然さ、低温でじっくりスモークしたからな。……だが、今日の主役はこいつだけじゃないぜ」
マーカスは巨大なフォークで熟成された豚肉をホロホロとほぐし始めると、なんと傍らで煮立っていた巨大な鍋にそれをそのまま投入した。鍋の中では、トマトベースの濃厚なソースがグツグツと音を立てている。
「な、なんだ? BBQソースで煮込むのか?」
俺が目を丸くしていると、マーカスはもう一つの鍋から茹で上がった太めのパスタを引き揚げた。
「Ken、カンザスシティのボーイに教えてやろう。これがメンフィスのソウルフード、『バーベキュー・スパゲッティ』だ!」
「バ、バーベキュー・スパゲッティだと!?」
:『BBQスパゲッティ来たああああ!』
:『メンフィス名物! パスタにプルドポークとBBQソースを絡める狂気の沙汰(褒め言葉)!』
Dad:『一度食べたことがあるが、あのジャンクな美味さは反則だ……カロリーの暴力がすぎるぜ』
Mike:『イタリア人が見たら気絶するヤツlol』
:『not approved!』
茹でたてのスパゲッティに、スモークの香り豊かなプルドポークとスパイシーなソースがたっぷりと絡められていく。
「さあ、食ってみな!」
マーカスから手渡された大盛りのお皿。俺はフォークを突き刺し、豪快に口へと運んだ。
「……ッ!!」
脳天を直撃する旨味の爆弾。
トマトソースの酸味と甘み、そこにドライラブの複雑なスパイスが絡み合い、何より夕方までじっくりスモークされた豚肉の深いコクが全体をまとめ上げている。パスタに旨味がしっかりと染み込んでいて、一口食べるごとに止まらなくなる。
「Delicious……! 最高だ、マーカス! このジャンクさとスモーキーさの融合、たまらないぜ!」
「ふふっ、美味しい! お肉の旨味が麺にすごく絡んでるわ。KenのBBQとはまた違うけど、これもすごくパンチが効いてていいわね!」
朝は呆れていたエルナも、目を輝かせてスパゲッティを夢中で頬張っている。
広場に集まってきた町の鉱夫や職人たちにも次々と振る舞われ、大宴会へと発展した。
「さあ、美味しいBBQには最高のお酒が必要だろ?」
マーカスが取り出したのは、四角い特徴的なボトル。ラベルには『ジャックダレテル』の文字。テネシー・ウイスキーの王様だ。
「Cheers!(乾杯!)」
琥珀色のウイスキーで肉の脂を流し込み、宴もたけなわとなった頃、マーカスがアコースティックギターを手に取った。
ジャラァン……♪
土臭くも温かいブルースが、ルストの夜空に響き渡る
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次話明日7:00に2話公開予定。




