表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜想曲『花の国』  作者: ことは
Secondo movimento『月の詩』
99/123

序奏終節

花の国を旅立ち、荒野の岩山に独り座る少女、チユ。

枯れ木に宿した揺らめく光は、小さな魔法で生まれた。

治癒魔法しか使えなかったチユが、ようやく覚えた攻撃魔法は、その目的を果たす事はない。

メルによる治癒魔法の研鑽と共に、レーヌが施した地獄の授業。

それが紡いだのは、小さな火。

「こんな魔法、きっとラシレに笑われちゃうな…。」

それでもいい、傍に居てくれるのなら。

叶わぬ願いを、吐息に奏でる。

枯れ木が、弾む音色を彩る。

この光を灯せるのなら、小さな火の魔法は、チユにとっての大切な宝物。

その周りに並べられた石は、鍋を置く台を彩る。

その鍋は、荒野の牙が、たくさんの家族を抱えていた頃からの友。

そこに川に分けてもらった水を入れ、クッキーを入れる。

「蜜が無かったから…、仕方ないよね。」

誰に伝わるでもない言い訳を、囁く。

「高いお金を使って手に入れたのが、塩だったなんて…。」

ため息に、枯れ木の火が揺れる。

湧き出した水に揺れるクッキーの一つに、齧られた後が彩る。


それは、この岩山で、チユが齧った跡。

その瞬間までは、口の中に広がるであろう甘美を心待ちにしていた。

だが、それを頬張った瞬間に広がったのは、塩味。

それは、魔法が無くとも口から火が出るほどの辛さ。

メルに教わり続け、何度も共に作ったクッキー。

蜜が無くとも、砂糖があれば、美味しくなる、

それを教えてくれたのも、メルだった。

そして、ここに彩られるのは、チユが初めて一人で作ったもの。

大切な思い出と、汗の滴る努力の結晶。

そこに味付けされたのは、砂糖と間違えて買った、大量の塩だった。

あの彩りを、忘れる事はないだろう。

少しずつ広がる塩味が、チユの限界を超えた刹那、全てが始まった。

噛み砕かれた破片と共に、飛沫となった涎が弧を描く。

優しく煌めく月光が、それを輝かせる。

何も知らぬ者が、それだけを見れば、宝石と見間違うかもしれない。

だが、それは、決して人様には見せられない。

「この旅で、初めて一人で良かったと思ったよ…。」

閉じた瞼に彩られる、あの輝きに、ため息が漏れる。


「いや、違うよ、スープにしたかっただけだよ。」

その音色を向けたいのは、ラシレ。

今も、隣にいる様で、いつだって、語りかける。

だから、チユは、寂しくはなかった。

「それに、テラさんとメルさんの想いも、いつも傍に居るから…。」

胸に輝くのは、純白の石。

かつて、テラがレーヌから授かった首飾り。

それは、身につけた者が傷ついた時、治療魔法をかけてくれる宝珠。

これ一つだけで、宮殿が建つ代物。

そして、取り出したのは、聖なるナイフのジプソフィル。

名付けたのは、メル。

鞘から解き放つ時に奏でる言葉は、聖なるナイフのジプソフィルが、花を咲かせるよ。

それを決めたのも、当然、メル。

そして、共に考えたのは、ラシレ。

月光に揺らめく刃を見つめ、小さく微笑む。

テラもメル、その二人が大切な旅路で授かった宝物を、チユは受け継いだのだ。

そして、交わした約束。

それを、何度も見せに戻る。

チユの笑顔と共に。

「何度でも、果たすよ。私だって会いたいもの…。」


小さな吐息と共に、暖かいスープが口へと運ばれる。

「やっぱり、美味しくない…。」

その微笑みは、空へと舞い上がり、見守る月へと届く。

「明日には、辿り着けるかな。」

ゆっくりと見据える、旅路の先。

目指しているのは、漆黒の森。

そこに、残してきた家族の痕跡を辿る為に、一人、足跡を彩る。

その旅路に紡がれる、数多の灯火と共に、チユは、知るべき事を知っていくだろう。

この世界で唯一の治癒魔法の使い手として。

そして、そうであるが故の生き方を紡ぎながら。


その先に、会いたいと願い続けた姉との再会が待っていると信じて。

チユは、目を閉じ、いつか聞いた旋律を紡ぐ。

幼き日に、姉が、月に詩った子守唄。

それは、ただ穏やかに彩られ、チユの祈りを抱いた。



『聖燦の月が 宵闇を照らす

惑う星々が 静かに寄り添う


その一つに成れたなら 安らぎに触れられる

数える煌めきに 祈りを捧げてごらん

それは きっと 叶うでしょう


いつも 月は見守っている

迷った時は 見上げてごらん

暗瞑に揺れる 優しい光

それは 道を照らしてくれる


ほら 見えたでしょう

その手を包む 大きな温もり

独りだなんて もう想わないで


月に寄り添う星は 空に揺らめく

数えきれない一つに きっと成れる

その星に 寄り添う星も 此処に居るよ』



小さな風が、チユを撫でる。

それは、穏やかに空を舞い、朽ちた村へと辿り着く。


そこは、かつて、龍が棲まう地だった。

それを知らずに、苦難を逃れた灯火が集う。

そこに築かれたのは、小さな営み。

この地に、悠久の幸せが彩られる事を祈り、教会が生まれる。

それは、集う想いを空に届け、その灯火を静かに見守った。


ただそれは、長くは続かない。

静かに眠る龍の大いなる翼が、空を覆う事を知る。

その影に、安息の地を見失う灯火が縋るのは、魔王城を目指す勇者の連なり。


その行く末を、誰も知らない。

宵闇の地を見守る月だけが、朽ちてゆく教会を、静かに見つめていた。


やがて、そこが戦乱に触れ始めた頃、小さな影が辿り着く。

背負う影と、背負われる影。

その二つは、教会に聖域を戻した。


ステンドグラスが織り成す極彩色に包まれる、永遠の夢。

聖壇に眠る、二つの人形は、穏やかに互いを包み合う。

空を奏でる讃美歌に、産声を聴きながら。



月は、知っていた。

その人形が、歩んだ旅路を。

その人形が、描いた夢を。

その人形が、抱いた想いを。

その人形が、紡いだ祈りを。

故に、月は、詩を捧げる。

その人形の足跡を辿る様に。


それは、その人形が、白妙に運ばれるよりも前。

小さな村に、朽ち始めた温もりが、穏やかな音色に縋る頃。

月に寄り添う星と成る事を願った少女が、愛する家族で囲む晩餐に微笑む夜。


その日、その旋律は紡がれ始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ