序奏中節
かつて、白妙は、絢爛の国であった。
作り上げてきた秩序は、装飾を奏で、序列を彩る。
都の中心に棲まう者は、その事が誇りとなる。
やがて、そこには、轟く名の大きさ、持つものの質と数、そして住まう場所の大きさが競われ始める。
いつか、そこで住まう事に誇りを持っていた民は、どれほど得ても足りぬと踠き始めた。
その色彩が濃くなるほどに、都の外れから朽ちていく。
搾取する者と、奪われる者。
華やかな音色を奏でる大通りの傍で、最早、道とは呼べぬ地に這う泥濁。
それは、自らの灯火が未だ残っていることさえ知らぬ器と、消え変えた灯火をひたすらに抱き踠く器、その何れも、明日を見ず、今に縋る。
そこに築かれた見えぬ壁。
たった一つの、その彩りが、白妙の秩序を強固なものへと変えていく。
白妙と漆黒の戦争が、火となって紡がれ始めた頃、既に、都の中心に棲まう者にさえ、大きな差に彩られていた。
国が求めるものを持つ者、それが、国を牛耳る者となる。
その最たる者は、一人の武器商人。
彼の売る物は、武器に留まらなかった。
そして、買うものもまた、多岐に渡る。
その事が、凡ゆる生業に名を馳せる架け橋となった。
いつの頃からか、彼は、錬金術師と名乗り始める。
その所以は、価値を、より価値のあるものに変える事にある。
全ては、彼の思い通りに進められていった。
やがて、リュパンという彼の名は、抗えぬ者として白妙に深く刻まれる。
その一声が、甘美に群がる都の装飾を動かし、リュパンを満たす。
リュパンへと集められた魅惑を奏でる商品が、彼の手に触れられれば、それを持ち参じた者が歓喜する。
そしてそれを、より価値のあるものへと塗り替えて、リュパンは、知を持たぬ装飾の持つ欲へと施す。
その連鎖が、王と名乗る事が赦されぬ地で、王と名乗る事が赦されぬ者を、王の様に振る舞わせた。
だが、それは、一夜にして崩れ落ちる。
砂となり、崩れゆく、リュパンの館。
それは、それ以外の全てが、既に砂となって朽ち始めた証でもある。
逃げ惑う幾多の灯火が、白銀の連なりに導かれ、離れた地へと歩む。
残されたのは、面影さえも失った都。
そして、それに縋り続けるリュパンの影。
それは、一つの刃が、怨嗟という正義の元に、赤い花を咲かせた日。
そして、それは、二つの灯火が、空へ羽ばたいた日でもある。
レーヌの奏でた砂塵の詩は、絢爛なる装飾のみを溶かし、灯火を一つも傷つける事はなかった。
ただ、そこに遺ったのは、確かな想い。
それは、新たなる白妙を築いた。
それは、贖罪を奏でる街を築いた。
それは、剣無き剣聖が育む営みを築いた。
そして、それは、遠い旅路を歩む足跡を築いた。
その旋律に呼応するように、メルの贈った種が芽吹く。
それは、純白の肌の奥、清らかなる心に植えられた種。
それは、誰も知らない確かな彩り。
その種を宿す、白銀の髪の少女さえも、その灰色の瞳に、それを映すことはなかった。
ただ静かに、白妙の宮殿に次ぐ、都の壮麗な館の中で、夢から醒めるように、その花を咲かせようとしていた。
戦争を経た、幾つもの今が、傷を遺された、この世界を行き交う。
勇者と魔王が、初めて神の手から離れる事を選んだ、この継ぎ接ぎの世界が、ようやく歩き始めたのだ。
まるで、ここに歩む二人の少女が、架せられた運命から、逃れようとするかのように。
「あのね、前に、知らない女の子に、教えてもらったの。」
途切れそうな音色を囁くのは、背に頬を寄せる少女。
「私たちの行く宛ての事かな。」
その音色に微笑む、鼓動を背に抱く少女。
「うん。」
「それは、どこかな。遠いかな。」
「きっと、遠いよ。」
「そうなんだね。良かった。」
「花の国という場所なの。」
背負う少女と、背負われる少女。
持つべきものを失った二人が、静かに囁き合う。
その足跡が、月光に彩り、小さな詩となった。
白銀の髪を風に靡かせ、その透き通る純白の肌の奥で、小さな種が育ち始めている。
黒曜の髪を結い、それを背負う赤濁と泥に塗れた、繊細なる白き肌。
その端麗な顔に輝く金色の瞳は、背に這う様に耳を撫でた言葉に、目指すべき地を映す。
砂塵の舞う荊の旅路。
幾星霜の果てに待つ彩りが、楽園である事を祈り、星が月に寄り添う。
花の国、遠き旅路が、緩やかに開かれた。




