終楽章終節
出会った日、それは、別れの日への旅路の始まり。
それでも、寂しくないのは、別れの日は、再会への旅路の始まりでもあるが故。
そう想えるのは、これまでの彩りが、そこに集う全ての灯火にとって、掛け替えのない大切な宝物だから。
「チユ姉、本当に行っちゃうの。」
フルールが、チユの足にしがみ付く。
「また、帰ってくるよ。」
チユは、フルールの頭を撫で、優しく微笑む。
ここは、魔王城跡地、秘密の庭園。
テラの眠る聖域。
旅立ちの地として、ここを選んだのは、チユであり、メルであり、花の国の民であった。
それは、花の国の全てを以て、見送りたい、そして、見送られたいという願い故に。
「メル様、貴女が此処を旅立った日の私の気持ち、少しはご理解できましたか。」
メルの横に立つレーヌが、薄く開いた瞳でメルに囁く。
「とても理解したわ…。」
メルは、理由のわからぬ恐怖心を抱き、その瞳を見つめ返すことができずに囁く。
「とても、寂しいでしょう。」
レーヌの温かな手が、メルを撫でる。
「うん…。」
メルは、雫を抑える事をやめた。
一人一人の手を握り、言葉を交わしていくチユ。
その最後に選んだのは、メルだった。
「メルさん、今まで、ありがとうございました。」
「今までなんて、言わないで。チユちゃん。」
「そうですね。メルさん、これからも、お願いします。」
「うん。こちらこそ、チユちゃん。」
その微笑みが、二人を包む。
「メルさんに分けてもらった加護と、その使い方を教えてもらったこと、私の宝物です。」
「そう言ってもらえると、嬉しいわ。でも、治癒魔法は、使いすぎると、加護を超える代償を求めてくるから、気をつけてね。」
「もう何度も、聞きましたよ。安心してください。」
「それでも、心配なの。ごめんね…。」
「嬉しいです…。」
二人が、互いを優しく包み込む。
「ルナお姉さんに、会えるといいね。」
「必ず会います。その為の旅ですから…。」
「必ず帰ってきてね。二人分のご飯を用意しておくわ。」
「ルナお姉ちゃんは、トマトが好きでした。」
「それなら、得意な料理がいっぱいあるわ。」
「楽しみにしています。」
「うん。……このまま、ここに居てほしいな…。」
「私の力は、きっと、誰かの役に立てると、あの戦争で学びました。その為にも、世界を見て回りたいのです。」
「うん。わかっているわ。ごめんね、少し、わがままを言ってみたくなったの。」
「なら、私も、少しだけ…。ずっと、みんなと一緒に居たい…。」
重なる頬に、二つの雫が溶け合う。
「また、会おうね。」
その肢体に残る温もりを忘れないように、二人の瞳は優しく震えた。
「私は、荒野の牙。ラシレ達と共に過ごした小さな国。だから、ここを発ちます。」
チユは、集う灯火の前に立ち、穏やかに奏で始めた。
「たくさんの事が、ありました。
最初は、みんなでご飯を食べただけです。
でも、それが、とても嬉しかったです。
だから、一緒に、花の国を守りたかった。
でも、それは、……あの戦争は、多くのものを失いました。
もう、取り戻せません。
だから、縋り続けたいです。
…でも、それだけでは、私は、足りなくなりました。
私も、私にできる事をしたい。
ラシレみたいに強くはないけれど、私にもできる事がある。
それを教えてくれたのも、あの戦争の中での、皆さんとの彩りでした。
だから、ここを離れたくないけど、前に進みます。
やっぱり、私は、荒野の牙なのです。
でも、花の国は、私の家です。
私の故郷です。
だから、必ず帰ってきます。
私のベッド、残しておいてくださいね。」
チユは、ようやく息を吸い、穏やかに微笑んだ。
メルが託した木の指輪。
それをお守りに纏い、チユは、大樹に触れる。
少しずつ、淡い光がチユを包みゆく。
その光に隠されていく、幾つもの灯火。
「行ってきます。」
その音色は、優しく反響した。
「いってらっしゃい。」
それに呼応するように、テラの音色が、そこに集う全ての耳を撫でた。




