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夜想曲『花の国』  作者: ことは
Primo movimento『花の祈り』
95/121

終楽章中節

花の丘、その中心には広場がある。

そこは、多くの旅人が集い、その彩りを眺めて去る。

冒険を志す者なら、誰しもが抱く到達点。

だが、そこに至る旅路は過酷なものであった。


花の国ができるまでは。


故に、今では、観光地と化している。

それは、花の国に潤いを与えた。

旅に疲れた者たちの為に建てられた憩いの場は、宿となり、多く彩られ始める。

かつては、花の村と呼ばれた地は、街と呼んでも尚、足りぬ名所となった。

故に、花の砦が王都として成り立つ。


傷ついた者たちが集う場所は、望まずとも、名実共に国を成し、小国と呼べぬ彩りを奏で始めた。


それに怯えるのは、新たなる王、アリウム。

アリウムは、自らを王とは名乗らない。

代わりに、執務室では執政官、公の場では王代理と名乗った。

だが、そう呼ぶのは、アリウムだけである。

いつか、フルールに玉座を継ぐ事を知りながらも、彼の振る舞いに、誰しもが王である事を疑う事はない。

だからこそ、大きくなり行く花の国に、ただ一人、怯えているのだ。

だが、背負うのは、アリウムだけではない。

日夜、帝王学を学び、アリウムに付き従って、それを得ていくのは、フルール。

アリウムの手が足りぬところへと走り回るのは、ライラックとセロぺギア。

王都を巡り、民の想いを知り、それを繋ぐのは、コスモスフレとストレリチア。

全ての旋律が共鳴し、数え切れる音色がカノンする事で、一つの国は、今日も穏やかに彩られている。


それは、揺るぎない色彩を放ち、共存という名を忘れた触れ合いを確立させた。

そして、それは、世界へと広がり始める。


それもまた、アリウムを震え上がらせる重責となった。

それは、アリウムを追い込むのではなく、後押しする力。

本人が、毎夜、一人で枕を濡らそうとも、あまりの速さに足をもつれさせようとも、その道を歩ませ続けた。

その強さを知っていたが故の、テラとメルの選択だったのだ。



故に、テラが永遠の夢を彩る頃には、聖君として名を馳せることとなった。


かつて、弔いの庭に彩られた挿し木は、大樹と成り始めている。

それに触れ、メルは二人で聖地へと赴いた。

あの日から変わらぬ彩りに、出会った日を思い出す。

優しい花々にテラを寝かせ、優しく髪を撫でた。

「あの日、貴方が、ここに来て、私は、眠っていたわね。」

穏やかな微笑みが、雫を落とす。

「今日は、逆だね…。」

緩やかに紡がれる口付けが、たった一つの鼓動を奏でた。

「待っててね、すぐに戻るから。後少しだけ、やるべき事があるの。」

メルは、そう囁いて、名残惜しそうに振り返る。

やがて、淡い光に包まれた影が、淡く溶けていった。



静寂の中で奏でられた弔いの詩は、あまりにも早くすぎるテラの旅立ちに、多くの雫が咲き乱れるアルストロメリアを濡らす。

白妙の都で、失った勇者の加護が残した燻りに、その灯火を賭して行使した呪詛。

それを奏でると決めた時から、テラは覚悟していた。

あの日に、自らが消えるとさえ考えていた。

それでも成したかったのは、メルの夢、メルとの約束。

人族と魔族が、共に手を取り合い、穏やかに生きる世界。

それを見れずとも、その架け橋となれるのなら、テラは、それだけで充分だった。


全ては、メルの微笑みに帰着する。

それだけで、テラは幸せだったのだ。


それでも、ここまで旅路を続けてこれたのは、世界が還してくれた、慈しみの報酬。

夢に描き続けた世界が産声を上げ、その一歩を踏み出し、ようやく歩き始めた。

それを静かに見つめながら、テラは、その灯火を手放した。


故に、花の国が奏でる弔いの詩に、後悔は彩られていない。

ただ悲しみ、ただ馳せ、ただ敬い、ただ愛する。

ここに集う全ての民の心に、永遠に刻まれる事を祈りながら。



花の国へと戻ったメルは、チユの元へと歩む。

「続きをしましょう。」

メルの言葉に、チユは驚きを奏でる。

「今日は…。メルさん、平気なのですか。」

「平気…とは言えないけれど、テラが待っているもの。」

メルの穏やかな微笑みに、溢れる雫が隠された。

「それに、チユちゃんも、やりたい事があるのでしょう。」

だからこそ、メルの力の欠片を受け入れた。

「はい…。治癒魔法の代償で、灯火を手放すのは、…それが叶うまでは……。」

チユが、目を伏せる。

そこに彩られるのは、取り返したい過去の旋律。

何よりも、もう一度、会いたいという、大切な願い。

「お父様と、お母様、それと…。」

メルの囁きに、チユは顔を上げる。

「ルナお姉ちゃんに、会いたいです。」

ずっと抱き続けてきた想い。

「ルナお姉ちゃんは、目があまり見えなかったから、本当に心配で…。」

チユの手が強く握られる。

「治してあげたいのね、チユちゃんだけが持つ、治癒魔法で…。」

メルの穏やかな微笑みに、チユに笑顔が戻った。

「はい。必ず。」

故に、二人は秘密の訓練を続けた。

彼女が、荒野の牙として、花の国を発つ、その日まで。

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