終楽章序節
終楽章序節
その丘は、枯れることのない花が咲き乱れる。
この黄色い彩りは、いつまでも穏やかな音色を奏で続ける。
アルストロメリアに囲まれた畦道を歩むのは、三つの影。
柔らかな陽光に包まれて、緩やかな旋律に舞っている。
「少し、休もうか。」
私は、微笑みを奏でた。
「私、まだまだ平気よ。」
誇らしげに奏でるのは、フルール。
月日を追う毎に大きくなる背に、メルが柔らかく囁く。
「ママが疲れちゃったの、ごめんね。」
メルは、お腹を撫でながら、三つ並んだ、いつもの石に腰を下ろした。
私は、その前に跪き、メルのお腹に触れる。
「大分、大きくなったね。」
そこに感じる力強い鼓動。
私は、瞼を落とし、そっと頬を寄せた。
「弟かな、妹かな。」
無垢な音色に、瞳を光へと戻す。
目の前に彩られるのは、私と同じ様に頬を寄せるフルールの姿。
「さあ、二人とも、ここに座って。」
メルは、私とフルールの頭を撫でながら、並ぶ石へと誘う。
「クッキーを食べましょう。昨日、お散歩した時に、森で遊ぶ木達に、美味しい木の実を分けてもらったのよ。」
メルが不恰好なバッグから、袋に包まれたクッキーを取り出す。
そのバッグは、昔、私が贈ったもの。
何度も縫い直され、幾つもの当て布が施されている。
「そろそろ、新しいバッグにしないの。」
私は、もう何度目にもなる、一つの想いを紡いだ。
メルが頷くなら、また作って贈りたい。
「このバッグがいいのよ。私の宝物だもの。」
メルの柔らかな微笑みが、風に舞う。
頬張るクッキーは、今日も、幸せの味がした。
微風に詩う、メルの音色が、心地よく漂う。
それは、魔族の子守唄。
古の言葉で彩られた詩は、人族には聞き取れない。
だが、その優しさと穏やかさは、私の心を柔らかく包む。
ゆっくりと歩を進める三つの影は、その旋律に黄色く揺れた。
花の砦、その門には、ヴィオラが立っている。
失った左腕は、かつてシャルドンが着けた義手を纏っている。
それは、剣を握るためだけに作れた兵器。
花の国騎士団長であるが故に、それは相応しく彩られる。
だが、それを継いだ理由は、別にある。
それを願ったのは、シャルドン親衛隊。
彼らは、花の国騎士団として、この地に留まった。
だが、追い続けた背は、今も変わらない。
故に、その背をヴィオラに継いでほしかったのだ。
その義手こそが、シャルドンが最後まで騎士であり続けた証なのだから。
だからこそ、ヴィオラは、それを継いだ。
失った左腕にシャルドンの魂を彩り、花の国の剣を担う。
残された右腕に自らの魂を奏で、花の国の盾を担う。
故に、今も尚、ヴィオラは、花の国の騎士団長として、騎士団を導いている。
「待っていました。テラ様、メル様、フルールちゃん。」
ヴィオラの力強い微笑みが、私たちを包む。
歩み寄る近衛兵の誘いに委ね、私たちは、執務室へと向かった。
「ありがとう。でも、私たちのために、そこまでしなくていいよ。」
「いえ、あなた方は、王であり、王妃であり、王女ですから。」
いつもの変わらぬ言葉の掛け合いも、もう挨拶として慣れてしまった。
私は、優しく扉を叩き、中へとはいる。
そこに立っているのは、アリウム。
「久しぶりだね。あの事は、考えてくれたかな。」
私は、穏やかな視線を、アリウムへと向けた。
「お久しぶりです、テラさん。ずっと考えましたよ。でも、答えは変わりません。」
見る度に、大人びていく彼の佇まいは、王と呼ぶに相応しい。
「どうしても、駄目かな。」
私は、ねだるように囁いた。
「私に王は、務まりません。執政官ですら、うまく出来ませんでしたから。」
「そんな事はないよ。アリウムは、みんなを守ってくれた。それに…。」
私は、言葉を詰まらせる。
この先を奏でる事は、彼らに影を落とす事となる。
それを知っているが故に。
「わかってます…。メルさんから聞きました。」
アリウムが目を伏せ、悲しそうに紡ぐ。
「テラさん、後どれくらいなのですか。」
その瞳が、私を捕える。
「わからない。でも、勇者の加護を手放して尚、その呪いを行使した反動は、思ったより大きいよ。」
私は、その瞳に、穏やかな微笑みで返す。
「いつまでの残り続ける加護の燻りで、私もメルも、見た目は変わらずにきた。でも、私の灯火は、もう潰えていても不思議ではないんだ。」
私は、アリウムの手を握り、そこに跪いた。
「アリウム執政官殿、私が居なくなる前に、玉座を継いでほしい。君にしか、頼めないんだ。」
私は、知っている。
アリウムが、何を背負い、何をしてきたか。
故に、アリウムが心配になる事も多くあるが、それを支えてくれる者たちが、この国には数え切れぬほどに居る。
だからこそ、アリウムに託すことが、私の知る唯一の選択なのだ。
「………、わかりました。でも、それは、フルールが大きくなり、女王となるまでの間だけです。その間に私のする事は、花の国を保ち続けることだけ。それで、いいのであれば…。」
「ありがとう。」
私は、アリウムの頭を撫で、微笑んだ。
もうすぐ、彼は、私の背も追い越すだろう。
それを見る日が来ないかもしれないが、それでも、楽しみで仕方ない。
メルは、私に約束した。
そして、私も、メルに約束した。
二人が離れる事はないと。
故に、知っている。
私の灯火が潰えた刹那、二人で行く彩りを。
それは、かつての終末地。
二人が出会い、愛を育んだ聖地。
穏やかなる隠れ家。
魔王城跡地に、レーヌが施した、弔いの狭間。
おとぎ話に紡がれた、黄泉の国。
継ぎ接ぎのアルストロメリアが咲く、秘密の庭園。
いつか、私は、あの時の様に、メルと戯れ、レーヌに叱られる日々を謳歌するのだ。




