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夜想曲『花の国』  作者: ことは
Primo movimento『花の祈り』
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第七楽章終節

空を舞う鳥は、穏やかな雲を抱く。

その囁きが、森にこだました。

その木々の隙間を駆ける、小さな足音。

それは、たくさんの木の実を頬張り、我が家へと帰る。

木の穴で待っているのは、子リス。

それを覗く赤い瞳は、優しく微笑んだ。

「そんなところによじ登ったら、危ないよ…。」

静寂の木漏れ日に、静かに響く私の音色。

「申し訳ありません。ここを離れる前に、みなさんにご挨拶をしたくて…。」

メルの可憐な音色が、耳を撫でる。


あの日に見た、穏やかな彩りを思い出し、私は小さく微笑んだ。

思えば、二人で魔王城を出た日から、彼女のお転婆は変わっていない。

いや、それよりもずっと前から。

私とメルが出会うよりも、ずっと前から、彼女は何も変わっていないのだろう。


一つ一つ、どの彩りさえも、どの音色さえも、どの香りさえも、忘れることなどできない。

でも、最も鮮やかに、私の心に彩られ続けているのは、メルが魔王たる振る舞いを忘れた刹那。


あの小屋で、初めて人形劇の魔法を見せてくれた日。

遠く離れた魔王城が崩れゆくのを感じ、共に姿を消したレーヌの魔力。

最後に奏でたのは、メルの知らない、私とメーヌとの色彩。

必ず守ると交わした言葉は、約束ではなく、誓い。

メルを幸せにする。

その誓いは、今も続いている。

でも、あの日、私は、それをメルに捧げた。

それは、穏やかなる微睡みを運び、漸く心身を休ませることができた。

陽光に現を掴んだ私が見たものは、有るはずの温もりの抜け殻。

慌てて小屋を飛び出した私を待っていたのは、二人で食べるための木の実を集めてくれたメルの微笑み。

あの瞬間の喜びと安らぎは、メルが居るということの揺るがぬ幸せが、私の何よりの宝物だと教えてくれた。

私と共に、在ってほしい。

その願いが溢れ出し、これまでの旅路の全てが、この為にあるのなら、これ以上の幸福はないと確信した。


もう、そこに言葉は要らない。

震える指先が触れ合い、私の瞳には、メルだけが彩られる。

絡み合うまつ毛に、触れる柔らかな温もり。

小さな吐息が、混ざり合い、悠久の刹那を奏でた。

閉じた瞳には、溢れ出す想いと、揺るがない誓いが極彩色を織りなす。

ゆっくりと、愛しき者を確かめる時の流れが、僅かな隙間を彩る。

それを埋める様にメルの囁きが、私たちの紡ぐ詩を変えた。

「私の…、初めてなの。」

張り裂けそうな鼓動が、今も私に反響し、手放せぬ至福を彩っている。


あれから、長い旅路を経た。

漸く辿り着いた花の丘、そこに広がる黄色い花畑。

私たちの、帰着点。

そこに紡がれる数え切れない営みは、一つの村を彩り、今、国となった。

この丘を埋め尽くす、アルストロメリアと共に。

そして、私の指と絡み合う温もり、メルの持つ世界で一つの魔法。

花を咲かせる魔法が、この国に名前を授けた。


花の国。

私たちの物語の始まる地。

そこに、私とメルは、還ってきたのだ。


故に、ただいまを伝える為に、挿し木に触れた。

指輪から織り成される淡い光が、私たちを優しく包む。

その光が誘う地を、私は知っている。


魔王城跡地に遺る、私たちの聖域。

二人で育んだ、愛のかたち。

そして、そこに待つ、私たちの家族、そして、友。

私たちを包む光が淡雪の如く溶け落ちるのを感じ、ゆっくりと目を開けた。

そこに待っていたのは、煌めくせせらぎと、揺れる花々と、ステンドグラスが彩る極彩色。

窓さから差し込む柔らかな陽光が、その先の道へと誘う。

そこに待つのは、メルが育てた始祖の大樹と、紅茶の香るテーブル。

そして、私がメルに贈った、黄色のアルストロメリア。


ゆっくりと、歩を進め、その色彩に心を躍らせ、その旋律に身を委ねる。

全てが静寂に、そして、穏やかに、私たちを包む。

この変わらぬ聖域を守り続けてくれたのは、他ならぬレーヌ。


やがて、最奥のテーブルに辿り着いた時、あの日と変わらない香りが、私たちを抱いた。

「おかえりなさい。メル様、テラ殿。」

冷たい温もりが、私たちの頭を撫でる。

故に、言葉にならない言葉が、雫と共に零れ落ちる。

それは、ずっと言いたかった言葉。

それは、ずっと奏でたかった音色。

それは、ずっと伝えたかった旋律。

全てを、此処に。

全てを、貴女に。


「ただいま、レーヌ。」

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