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夜想曲『花の国』  作者: ことは
Primo movimento『花の祈り』
92/116

第七楽章13節

グランディオーソの持つ領地。

その最大の屋敷は、城と呼ぶに相応しい。

だが、そこに入ることが許されているのは、この地に住まう者ではない。

それを許すのは、ケーニヒただ一人であり、彼が選ぶ者だけである。

絢爛な装飾に囲まれ、食べきれぬ晩餐に手を伸ばす彼の表情は、憤怒に彩られていた。


それを紡いだのは、裏切り者と魔王。

彼らにより、王宮は崩壊を奏で始めていた。

その彩りを最後に、ここまて逃げてきた。


王たる彼が、王都から逃げる。

それが与える屈辱は、ケーニヒの全てを賭してでも報うべき旋律となった。

噛み砕いた果実から、甘美が飛び散り、床を濡らす。

「グランドシンフォニーが花の国で散り、グランドコンチェルトが勇者の故郷で散り、残されたのはグランディオーソのみ。」

机を殴る音が、ただ一つの影のみが揺らめく大広間に響き渡る。

「旅団も師団も当てにはならぬ。やはり、勇者の加護を継ぐのは、余であるべきか…。」

白妙より持ち出した、神より授かりし聖剣に触れる。

「本来ならば、勇者が魔王を討ち、王座に就く。その意味を、思い出させてやろう…。」

その言葉が意味するもの。

ケーニヒが、勇者の加護を熟知し、それを隅まで扱わせ、その代償を、扱う者に支払わせた所以。

それは、その加護を行使してきた者の導いた答え。

「余が、ロアを名乗れるのは、余がロアの運命を果たしたからだ。」

その厚い手のひらが、柄を握りしめる。

そこに纏わりつく、刃から奏でられた光。

「テラよ、お前がテラで在り続けるのは、お前がテラでしかない故。」

刃を抜き、それをテーブルへと突き立てる。

そこに彩られていた燦然たる晩餐が床へと散らばる。

立ち上がったケーニヒの足が、それらを踏み潰していく。

歩む先は、ステンドグラス。

テーブルから引き抜いた聖剣は、高く掲げられ、軽々しく振るわれる。

それが引き裂いたのは、極彩色。

「余が、再び、その運命を果たしてやろう。」

白妙が、長い歴史を紡いできたのは、そこに血筋が存在しなかったから。

継がれるのは、血統ではなく、力。

それこそが、白妙の正義。

「それ以外は、余が認めぬ。ロアの名の元に…。」

その笑みは、その刹那に、朗らかな王の彩りを取り戻す。

彼の背後へと向かう影が、彼が聖君であることを思い出させた。

「どうした、進展はあったのか。」

ケーニヒは、近づく近衛兵へと振り向き、剣を納める。

その音色と共に、穏やかな微笑みを繕い、彼を見据える。

「白妙の都が…落ちました…。」

震える音色に、ケーニヒは優しく囁く。

「グランディオーソは、どうした。」

その言葉に、近衛兵は、目を伏せる。

「元勇者および元魔王と…、共闘し、原初の魔王を名乗るレーヌという女性と交戦しております…。」

彼は、ケーニヒへと目を向けることすら、叶わない。

自らの奏でた言葉の意味を、何よりも理解しているが故に。

「そうか。白妙に背いたのか。」

ケーニヒは、再び聖剣を抜き、その刃を見つめる。

「少し、試してみたい。」

その音色が、近衛兵の耳を撫でる頃には、その瞳は、自らの足と、そこに広がる純白の大理石を彩っていた。

「力が余に戻ってきたか。だが、禁呪は、まだ使えん。」

代償に耐えうる枷が、その身にあるという確信を持てるまでは。

「この地に集うグランディオーソを全て集めよ。」

その命は、直ちに広まり、すべてがそこへと歩み出す。

その数は、グランディオーソを構成した半分を超える。

王を守り届けるが故に割かれた兵力。

それらは、王の座す玉座へと並べられた。

「ここを、新たな白妙の国と成す。師団を立て直し、世界をあるべき姿に戻す。」

聖剣を石図作りに刺し、ケーニヒは静かに奏でた。

「果たすべきは、魔族の殲滅。戦争は、まだ渦中にある。立ち上がれ、我が子等よ。」

ケーニヒの脳裏に刻まれる、二つの言葉。

原初の魔王、それは、おとぎ話の姫。

だが、それは、加護を枷に歩んだ者だけが知る真実。

そして、レーヌという名。

「奴は、レーヌは、間違いなく、原初の魔王。まず討つべきは、そこ灯火。」

それは、兵力だけでは叶わぬ仇。

だからこそ、力を蓄えねばならない。

禁呪の行使に支払われる代償の形を知らねばならない。

そして、それを行使しても尚、明日を紡げる確たるものを彩らなけらばならない。

「故に、怠らず励め。気を許すことなく、蓄え、準備を完遂せよ。」

ここに芽生えた国こそが、神話から歴史へと移ろう旋律に紡がれた、新たなる白妙。

その長い歴史の中で、自らも翻弄され、全てを呑み込み、それに触れる凡ゆるものが、赤く咲き乱れる運命。

それを描く旋律が、白妙という名の元に、蠢き始める。



行き場を失った残るグランディオーソは、グロリオサと共に、白妙の都跡地に戻り、そこに小さな街を建てる。

その名は、弔いの街。

ここに眠る、数え切れぬ想いを忘れぬように、そして、空へ返すために。

そこは、来る者を拒まず、去る者を追わず、ただひたすらに求める者を癒し続ける。

それは、リスヴァイスが見せた色彩にカノンするように奏でられた。

故に、この地は、時を待たずして、一つの名を呼ばれる事となった。

自由の街、その名を冠すべき姿が、そこに彩られ、それに触れた者たちが、敬意を以て広げていく。


その連なりは、勇者の故郷へと続く。

争いに抗う最たる色彩、それは穏やかなる営み。

それを貫く、揺るがぬ意志。

王無き国が、その街を成す。

だが、それは、一つの名に集う。

その異名は、剣を持たぬ剣聖として、轟いた。

その名は、雷鳴の母、リスヴァイス。

この地が成すのは、静寂の革命。

故に、名も無きこの地は、革命の地と呼ばれる事となる。



それは、序奏に過ぎない。

帰路に着く二つの影が、多くの灯火に手を振られ、漸く始まる一歩を知る。

花の丘、花の村、花の砦。

抗うために名乗った花の国は、その一歩により、それを成した。


静寂の営みを孕む森を守るロベリアが紡ぐ、漆黒の国

白銀の正義を掲げた秩序を守るケーニヒが紡ぐ、白妙の国。

そして、リスヴァイスと共に奏でた想いが紡ぐ革命の地と、その想いにカノンするように志を貫くグロリオサが紡ぐ自由の街。


その三国と共に、名を連ねる花の国。

その王と王妃は、遂に帰還した。



「誰も、居ないね…。」

崩壊しかけた花の砦の前で、私は立ち尽くす。

「すっかり、忘れていたわ…。」

それは、メルの手品によって、聖域へと誘われた灯火の抜け殻。

私たちは、顔を合わせ、穏やかに頷くと、弔いの庭へと駆けた。


そこに揺れるのは、一本の挿し木。

私とメルは、それに触れ、大切な想い出の地へと、この身を委ねた。

淡い光が、ゆっくりと、私たちを包み、その先へと誘う。

やがて、その光は溶けていき、瞳に映る色彩が、ここに確かに在ることを教えてくれる。

それは、私たちの掛け替えのない大切な宝物。

それに触れることの喜びは、言葉にできるはずもない。


ただ私たちの頬を伝い続ける雫だけが、雄弁に想いを語っていた。

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