第七楽章13節
グランディオーソの持つ領地。
その最大の屋敷は、城と呼ぶに相応しい。
だが、そこに入ることが許されているのは、この地に住まう者ではない。
それを許すのは、ケーニヒただ一人であり、彼が選ぶ者だけである。
絢爛な装飾に囲まれ、食べきれぬ晩餐に手を伸ばす彼の表情は、憤怒に彩られていた。
それを紡いだのは、裏切り者と魔王。
彼らにより、王宮は崩壊を奏で始めていた。
その彩りを最後に、ここまて逃げてきた。
王たる彼が、王都から逃げる。
それが与える屈辱は、ケーニヒの全てを賭してでも報うべき旋律となった。
噛み砕いた果実から、甘美が飛び散り、床を濡らす。
「グランドシンフォニーが花の国で散り、グランドコンチェルトが勇者の故郷で散り、残されたのはグランディオーソのみ。」
机を殴る音が、ただ一つの影のみが揺らめく大広間に響き渡る。
「旅団も師団も当てにはならぬ。やはり、勇者の加護を継ぐのは、余であるべきか…。」
白妙より持ち出した、神より授かりし聖剣に触れる。
「本来ならば、勇者が魔王を討ち、王座に就く。その意味を、思い出させてやろう…。」
その言葉が意味するもの。
ケーニヒが、勇者の加護を熟知し、それを隅まで扱わせ、その代償を、扱う者に支払わせた所以。
それは、その加護を行使してきた者の導いた答え。
「余が、ロアを名乗れるのは、余がロアの運命を果たしたからだ。」
その厚い手のひらが、柄を握りしめる。
そこに纏わりつく、刃から奏でられた光。
「テラよ、お前がテラで在り続けるのは、お前がテラでしかない故。」
刃を抜き、それをテーブルへと突き立てる。
そこに彩られていた燦然たる晩餐が床へと散らばる。
立ち上がったケーニヒの足が、それらを踏み潰していく。
歩む先は、ステンドグラス。
テーブルから引き抜いた聖剣は、高く掲げられ、軽々しく振るわれる。
それが引き裂いたのは、極彩色。
「余が、再び、その運命を果たしてやろう。」
白妙が、長い歴史を紡いできたのは、そこに血筋が存在しなかったから。
継がれるのは、血統ではなく、力。
それこそが、白妙の正義。
「それ以外は、余が認めぬ。ロアの名の元に…。」
その笑みは、その刹那に、朗らかな王の彩りを取り戻す。
彼の背後へと向かう影が、彼が聖君であることを思い出させた。
「どうした、進展はあったのか。」
ケーニヒは、近づく近衛兵へと振り向き、剣を納める。
その音色と共に、穏やかな微笑みを繕い、彼を見据える。
「白妙の都が…落ちました…。」
震える音色に、ケーニヒは優しく囁く。
「グランディオーソは、どうした。」
その言葉に、近衛兵は、目を伏せる。
「元勇者および元魔王と…、共闘し、原初の魔王を名乗るレーヌという女性と交戦しております…。」
彼は、ケーニヒへと目を向けることすら、叶わない。
自らの奏でた言葉の意味を、何よりも理解しているが故に。
「そうか。白妙に背いたのか。」
ケーニヒは、再び聖剣を抜き、その刃を見つめる。
「少し、試してみたい。」
その音色が、近衛兵の耳を撫でる頃には、その瞳は、自らの足と、そこに広がる純白の大理石を彩っていた。
「力が余に戻ってきたか。だが、禁呪は、まだ使えん。」
代償に耐えうる枷が、その身にあるという確信を持てるまでは。
「この地に集うグランディオーソを全て集めよ。」
その命は、直ちに広まり、すべてがそこへと歩み出す。
その数は、グランディオーソを構成した半分を超える。
王を守り届けるが故に割かれた兵力。
それらは、王の座す玉座へと並べられた。
「ここを、新たな白妙の国と成す。師団を立て直し、世界をあるべき姿に戻す。」
聖剣を石図作りに刺し、ケーニヒは静かに奏でた。
「果たすべきは、魔族の殲滅。戦争は、まだ渦中にある。立ち上がれ、我が子等よ。」
ケーニヒの脳裏に刻まれる、二つの言葉。
原初の魔王、それは、おとぎ話の姫。
だが、それは、加護を枷に歩んだ者だけが知る真実。
そして、レーヌという名。
「奴は、レーヌは、間違いなく、原初の魔王。まず討つべきは、そこ灯火。」
それは、兵力だけでは叶わぬ仇。
だからこそ、力を蓄えねばならない。
禁呪の行使に支払われる代償の形を知らねばならない。
そして、それを行使しても尚、明日を紡げる確たるものを彩らなけらばならない。
「故に、怠らず励め。気を許すことなく、蓄え、準備を完遂せよ。」
ここに芽生えた国こそが、神話から歴史へと移ろう旋律に紡がれた、新たなる白妙。
その長い歴史の中で、自らも翻弄され、全てを呑み込み、それに触れる凡ゆるものが、赤く咲き乱れる運命。
それを描く旋律が、白妙という名の元に、蠢き始める。
行き場を失った残るグランディオーソは、グロリオサと共に、白妙の都跡地に戻り、そこに小さな街を建てる。
その名は、弔いの街。
ここに眠る、数え切れぬ想いを忘れぬように、そして、空へ返すために。
そこは、来る者を拒まず、去る者を追わず、ただひたすらに求める者を癒し続ける。
それは、リスヴァイスが見せた色彩にカノンするように奏でられた。
故に、この地は、時を待たずして、一つの名を呼ばれる事となった。
自由の街、その名を冠すべき姿が、そこに彩られ、それに触れた者たちが、敬意を以て広げていく。
その連なりは、勇者の故郷へと続く。
争いに抗う最たる色彩、それは穏やかなる営み。
それを貫く、揺るがぬ意志。
王無き国が、その街を成す。
だが、それは、一つの名に集う。
その異名は、剣を持たぬ剣聖として、轟いた。
その名は、雷鳴の母、リスヴァイス。
この地が成すのは、静寂の革命。
故に、名も無きこの地は、革命の地と呼ばれる事となる。
それは、序奏に過ぎない。
帰路に着く二つの影が、多くの灯火に手を振られ、漸く始まる一歩を知る。
花の丘、花の村、花の砦。
抗うために名乗った花の国は、その一歩により、それを成した。
静寂の営みを孕む森を守るロベリアが紡ぐ、漆黒の国
白銀の正義を掲げた秩序を守るケーニヒが紡ぐ、白妙の国。
そして、リスヴァイスと共に奏でた想いが紡ぐ革命の地と、その想いにカノンするように志を貫くグロリオサが紡ぐ自由の街。
その三国と共に、名を連ねる花の国。
その王と王妃は、遂に帰還した。
「誰も、居ないね…。」
崩壊しかけた花の砦の前で、私は立ち尽くす。
「すっかり、忘れていたわ…。」
それは、メルの手品によって、聖域へと誘われた灯火の抜け殻。
私たちは、顔を合わせ、穏やかに頷くと、弔いの庭へと駆けた。
そこに揺れるのは、一本の挿し木。
私とメルは、それに触れ、大切な想い出の地へと、この身を委ねた。
淡い光が、ゆっくりと、私たちを包み、その先へと誘う。
やがて、その光は溶けていき、瞳に映る色彩が、ここに確かに在ることを教えてくれる。
それは、私たちの掛け替えのない大切な宝物。
それに触れることの喜びは、言葉にできるはずもない。
ただ私たちの頬を伝い続ける雫だけが、雄弁に想いを語っていた。




