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夜想曲『花の国』  作者: ことは
Primo movimento『花の祈り』
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第七楽章7節

「マオちゃんが…消えた…。」

メルの小さな囁きが、咲き乱れる花と共に消える。

これ以上、花を咲かせ続ければ、白妙の騎士は、自らの灯火を手放して、ケーニヒに自由を与える。

故に、それを解かざるを得なかった。

だが、テラを守るアルストロメリアだけは、その強固たる彩りを潰えさせることはない。

「私も、早くいかなきゃ…。」

メルは、グラヨルを包む蔦を枯れさせ、彼の自由を奏でた。

少しずつ見せる、その顔には、歪な笑みが彩られている。

「漸く解けたか。では、私の番だ…。」

彼の手が、柄に触れる。

「はい。その剣で、全てを終わらせてください。」

メルは、頭を下げ、その細い首筋が、髪の隙間から溢れた。

「全てを終わらせるのは、我が禁呪。お前は、夢でも見ておれ。」

振り翳した刃に、メルが揺らめく。

「禁呪だけは、いけません…。」

その囁きを届けるより早く、それは奏でられた。


「魂無き器に傀儡を彩る呪詛。」

空を穿つのは、聖剣を介した眩い光。

それは遥か彼方で咲き乱れ、空が閃光に満ちた。

だが、それを見上げる者は居ない。

それを知るものさえ、居ない。

それは、見ることが出来ぬものだけが、見ることができる光。

そこへ還るため、その光は、土へと舞い落ちる。

それは、晴天に降る雪の如く、空を覆う。

その雪が、灯火を失った器に触れれば、それは、傀儡と成す。

故に、騎士も近衛兵も、自らの灯火を容易く投げ捨てていた。

それが、白妙に仕える者の運命であることを、悦ぶように。


白妙に於いて、勇者の加護を信仰する正義に於いて、それは、魂の冒涜ではなく、讃美歌。

だが、それは、赦されるものではない。

故に、禁呪。


「花を咲かせる魔法。」

メルの持つ全ての魔力を注ぎ込んだ旋律。

瞬く間に全ての土を覆い、咲き乱れる、名も無き花。

それは、命を司る禁呪の造花。

メルだけが持つ、勇者の禁呪に抗う、唯一の手立て。


舞い落ちる光は、咲き乱れた花へと溶けていき、枯れゆく花弁と共に、その煌めくを失っていく。

やがてそれらは、全てを溶け合い、淡雪の如く沈んでいった。


だが、グラヨルの紡ぐ不協和音は、奏でることをやめはしない。

「小賢しい。だが、一度防いだ程度で、終わらん。」

再び、それは、空を穿とうと、振り翳される。

「花を咲かせる魔法…。」

枯渇した魔力を支えるように、自らの灯火を、そこへ注ぎ込む。

可憐な唇から滴るのは、真紅の雫。

それが、地に触れた刹那、再び全ての土に花が咲き乱れる。


「勇者さん、貴方の成すべきことは、魔王を討つこと。禁呪を解いて、私の首を落としなさい…。」

メルは、赤く染まる音色を、霞む旋律へと奏でる。

「我が責務は、魔族の殲滅。それが、白妙の悲願だ。」

「禁呪は、その代償に、貴方を蝕みます。やがて、白妙をも呑み込みます。どうか、私の灯火で、剣を納めてください。」

メルの瞳を覆う雫さえ、赤く咲き乱れる。

だが、それを見つめる笑みは、揺らぐ事すら失っていた。

もはや、グラヨルは、禁呪に呑み込まれていた。

「お前の役目など、すでに終わっている。」

冷たい瞳が、メルを喰らう。

その振り落とされる重い刃が、メルを捉えた。


「宝ナイフのジプソフィルが、花を咲かせるよ…。」

メルが携えていたナイフ、ジプソフィルが、それを受ける。

絡み合った花が、メルを支え、迫る刃に抗う。

だが、枯渇した魔力では、それを耐え得るに値しない。

押し負けた切先が、メルの肩を蝕む。

白く透き通る柔らかな布が、真紅の薔薇へと咲いた。

「首を捧げるのでは、なかったのか。魔王。」

「貴方が、禁呪を解くまでは、それを受けるわけにはいきません…。」

幾重にも織り成す蔦が、肩を抉る刃に絡みつく。

だが、その切先は、少しずつ深く浸食してゆき、雫が溢れ出す。

「痛い…。」

のしかかるグラヨルの刃に抗うのは、メルの肢体ではなく、我が身に咲かせた草木。

それは、もう、抗いきれるほどの魔力を残していない。


この身に感じる痛みより、もっと深い傷を、テラは負い続けた。

ただ、只管に、守る為に、たった独りで。

「テラ…、ごめんね…。」

雫が、頬を伝い、土に還る。

それは、愛する者へと流れるように、淡く溶けていった。



純白の空間に、大きな影が舞う。

私が見るのは、永遠の夢。

故に、それは、私を迎えにきたのだろう。

「どこにでも、連れて行ってくれ…。」

できれば、まだ、メルと歩みたかった。

だが、今はもう、メルが穏やかな旅路を歩み続ける事を願うことしかできない。

故に、私は、私に与えられた道に委ねざるを得ない。

争ったとて、帰り道など知らぬのだから。

「何を呆けている、テラ。お前は、勇者を名乗っていたのではないのか。」

その音色は、私がよく知るもの。

「やっと会えたというのに、情けない。」

静かなる咆哮が、私の耳を劈く。

「お前を除き、誰もなし得なかった、私の鱗に傷を付けた剣を、もう一度、奏でてみせよ。」

それは、眠る私を引き起こす。

「冥土の土産に、それくらい彩ってくれてもいいだろう。我が友よ。」


傷は、塞がれている。

痛みは、もう無い。

失ったのは、体力だけ。

傍に彩る宝剣クレマティスが、私を掴む。


私の意識より先に、私は、聖剣を弾いた。

その聖剣を持つのは、勇者を継ぎし者、グラヨル。

「まだ、生きていたのか。」

その音色に触れるより早く、私は、その口に刃を突き立てた。

「メル、ありがとう。助かった。」

「やっと、褒めてくれたね。頭を撫でてくれるのは、後のお楽しみに、我慢するね。」

跪いたまま、顔を上げる力さえ残っていないメルの頭を、優しく撫でる。

「今、撫でたい。」

そうしないと、それが、叶わなくなるかもしれない。

だが、それよりも、今、撫でたいのだ。


私とメルの頬に伝うものは、その土に溶け、混ざり合う。

指を絡めることが、今は叶わずとも、想いは常に絡まり合う。

故に、私はメルの傍に立ち、メルは私の傍に寄り添ってくれる。

「メル、ジプソフィルを、貸してくれ…。」

その繊細で美しい指に包まれたジプソフィルを、私は優しく包む。

それを逆手に持ち、盾と成す。

そして、クレマティスを、グラヨルに向け、矛と成した。

「戯れは終わったか、小僧。」

距離を取ったグラヨルは、歪な笑みを崩すことなく囁く。

「終わりはしないよ。例え、灯火が消えても。」

勝つつもりなどない。

だが、抗い続けなければ、三度、禁呪が放たれる。

だが、既に放たれた澱みが消え落ちれば、もう一度、呪詛を練らなければならない。

そして、その猶予は、永遠の灯火を持たぬ贋作の勇者には無い。

執行されるのは、禁呪の代償。


あわよくば、それにより彼が散る事を願う。


「何を期待しているのかは知らんが、加護を継ぎし刹那、その時から、我が灯火が潰えることはない。」

有り余る力と共に空を舞う体躯が、私を影へと呑み込む。

そこに煌めく刃は、私を映していた。

「そうか…。だが、私の成すべきことも、為せることも、変わらない。」

私は、ジプソフィルを前に構え、それに備える。

「メル、魔力は残っているかな。」

私は、小さく囁いた。

「ほんの少しなら…。」

メルが、私を見上げる。

その瞳を見つめ返す刹那に、願いを込めた。

「花で、身を守るんだ。」

その囁きと共に、私は駆ける。


その瞬間を、私は、知っている。

故に、その一歩を合わせたのだ。

互いに跳ねる先に捉えるのは、互いの灯火。

「散れ。」

その音色を吐いた主が、私の視界から消えた。

私は、知っていた。

彼が紡ぐであろう剣技を。

故に、私も、その剣技で応じた。

ただ、私のそれは、グラヨルの彩るものよりも、遅い。

だからこそ、ジプソフィルを盾に構えたのだ。

だが、その何れも、私を掠めることさえなく、消えたのだ。


それは、私の足元へと滑り込む影だった。

その影にカノンを奏でるように、視界を向ける。

その彩りに、メルが自らの身を守る事を放棄した事を知った。


グラヨルが、足に絡まる蔦により、地に伏せている。

私は、その蠢きに、クレマティスを突き立てた。

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