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夜想曲『花の国』  作者: ことは
Primo movimento『花の祈り』
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第七楽章6節

遠く離れた地の戦場など、その営みに触れることさえなく、日々を移ろう。

穏やかな香りは、陽光と共に奏でられ、そこに紡がれた音色は、変わらず触れ合った温もりに彩られた。


テラの生まれた地。

それは、目紛しく名前を変えていった。

テラが初めて王都を立った時、そこは勇者の聖地と呼ばれた。

だが、今は、裏切り者の地と蔑まれている。


そして、それは、時が紡がれると共に、革命の地と呼ばれる事となる。


剣も盾も持たず、奏でられるのは、小さな今。

それが、至高を産み、宝珠へと咲く。

悠久に紡がれるはずのそれは、小さな影を見送ったことで、歯車が動き始めた。

ただ、その絡繰りは、まだ何も奏でていない。

故に、この陽光さえも、明日も変わらず煌めくことに疑いはなかった。

「今日も良いことがあるといいわね。」

挨拶と共に交わされる音色は、今日も変わらない。

リスヴァイスの穏やかな笑顔が、この街を緩やかに彩る。



それを見つめる空は、一つの影を彩っていた。


僅かな時を彩り、裏切りの街へと辿り着いたグランドコンチェルトは、静寂の元に刃を振り翳す。

それは、そこに棲まう灯火に気付かれることもなく、全てを包み込んだ。

故に、その音色が奏でられた時には、逃れられない色彩に塗りつぶされていた。

「裏切り者を産む地を、滅する。」

その宣言は、穏やかに紡がれてきた営みを破壊する。


逃げ惑う小さな灯火と、それを抱く温もり。

それらは全て、正義に反旗を翻した雑草でしかなく、白妙の刈るべき責務だけを彩る。

家屋は潰され、子供達の集った広場に灰が舞う。

「みんな、こっちよ。」

リスヴァイスの囁きが、街に張り巡らされる。

「全て、置いて行きなさい。後で、育めば良いのよ。」

そう微笑む彼女の瞳は、雫に揺れている。

ただ、硬く抱く手に、それは彩られていた。

それは、メルが預けたバッグ。

これだけは、置いていくわけにはいかない。

いくつもの悲哀の旋律が反響する中で、小さな足跡が、深い森へと駆けていく。

残る大人たちは、農具や調理器具を手に、その道を塞ぐ。


リスヴァイスは、我が子にバッグを預け、抜け殻となった家屋に立てかけられた箒を手に取る。

「出ていきなさい。」

それは、美しい音色。

だが、揺るがぬ意志を貫く咆哮として、幾つもの灯火に共鳴する。

守るべきものは、未来。

彼女達もまた、勇者であった。


ただ、それは、容易く踏み躙られる。

目の前へと迫り来る津波は、白妙の三番手の兵力。

争いを知らぬ穏やかなる灯火に、抗えるはずもない。

だから、せめて、未来へと繋がるように、小さな灯火を逃すだけの時間を紡ぐ。

変わらぬ意志が、此処に奏でられた。


共ににクッキーを焼いた窯が、打ち砕かれる。

共に晩餐を囲んだテーブルが、火に朽ちる。

共に駆けた広場が赤いせせらぎに満たされていく。


それでも、未来を繋ぐ大切な灯火のために、生活を営むための小さな道具で、鉄に抗う。

その手に持つのは、武器ではなく意志。


白妙の騎士に刃向かう事は、その地を灰に変えるに等しい。

それでも、守るべきものが、そこにはあった。

見るべき彩りが、そこにはあった。

歩むべき道が、そこにはあった。

紡ぐべき未来が、そこにはあった。


還るべき場所が、そこにはあった。



その旋律は、空を穿つ。

彩られていた一つの影が、その香りに翼を折った。

その影は、地を抱こうと舞い降りる。

その影は、地に触れようとする程に、その巨躯を奏でる。


剥がれ落ちた鱗、灰色の瞳、砂塵へと溶け始めた灯火は、尚も、神に仕える精霊の旋律を、重く深く響かせる。

「テラとメルの香りがしたと思って降りてみたが、此処には居ないのか。」

目が見えずとも、それを感じることはできる。

マオは、静かに音色を奏でた。


「龍…。」

震える剣が、囁く。

だが、それを聞く耳さえも、朽ち始めている。

「何か言ったか、小さき灯火よ。それにしても、あの二人の依り所は、いつも攻めれられておるな…。まさか…、嫌われているのか…。」

悲壮と驚愕の入り混じった旋律が、憐れみに震えている。

「そんな事ないわよ。みんな二人が大好きよ。それを嫉妬した馬鹿が、此処を壊しに来ただけよ。」

震える街の民の前に立ち、マオへ詰め寄るのは、リスヴァイス。

「お前……、まずは、名乗れ。」

マオが、その音色の先へと顔を向ける。

「リ、リスヴァイスよ…。」

震えを抑えきれずに、音色が揺れる。

「リスヴァイス、その手に抱いていたのは、テラとメルの大切なものだな。どこにやった。」

その腕に残る残響に、マオは触れた。

「言わないわ。…何をする気よ。」

「そうか、大切にしておけ。此処は、荒れるぞ。さあ、去れ。」

マオは、グランドコンチェルトへと、顔を向ける。

「この鎧には、覚えがある。グランドシンフォニーと言ったか…。それと同じ旋律を感じるな。そして、その灯火の奏でる音色もまた、それと同じようだな。」

広げられた翼は、街の民を覆い隠し、隠された逃げ道へと促す。

「では、滅びよ。私と共に…。」

その咆哮が、全ての鉄を、捻り潰した。


砂塵に揺れる影は、幾つか立ち上がる。

捻れた剣を抱き、尚も、それを構えようとする。

だが、肢体を包む鉄でさえ、歪つに彩られ、それを動かす事は叶わない。

それでも、彼らはマオへと切先を向ける。

それは、騎士の誇り。

白妙の正義。

勝てぬ者と知りながらも、尚も進むことが、彼らに与えられた生きる意味。


故に、それは、朽ちる。


「そのまま、眠っていれば良いものを…。哀れな小さき命よ。」

マオは、その旋律を感じながらも、動く事はない。

「終ぞ、私に傷をつけることができたのは、テラ、ただ一人であったな…。」

ただ緩やかに、その巨躯を土へと沈めていく。

「クッキーを投げつけてきたのも、メルだけだったが…。」

その麗しき顔が、草木を掻き分け、大地を揺らした。

「最後に、一眼…見たかった。」

その龍は、数万年を奏でてきた。

それは、悠久に紡がれるはずの旋律。

ただ空を駆り、地を眺め、移ろいに委ねる。

それが、その龍の運命。

故に、与えられた名は、シエルであった。


全てが変わったのは、メルが、マオと名付けた刹那。

それは、灯火を持たぬ精霊に、魂が芽生えた瞬間でもあった。


加担すれば、塵へと消える。

それを知りながら、手を貸したのは、その魂が故。

だからこそ、マオは、その選択に誇りを持っていた。


「ふざけるんじゃないわよ。」

永遠の夢に触れようとしたマオに、雷が落ちる。

「何だ、もう眠らせてくれ…。」

彩りに触れることのできない瞳を薄く開け、マオは囁く。

「貴女、テラとメルちゃんの友達なんでしょ。二人に会いにきたんでしょ。ここで、諦めるつもりなの。」

箒を手放し、マオの口を揺らしながら奏でるのは、リスヴァイス。

「許さないわよ、もう少し行けば会えるんだから、起きなさい。」

その瞳には、叶うことのない願いを孕んだ雫が、溢れ出ている。

「ふふ、私を叱る者は、お前が初めてだ。リスヴァイス。会えてよかった…。」


その囁きと共に、マオは砂塵となって、空を彩った。

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