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夜想曲『花の国』  作者: ことは
Primo movimento『花の祈り』
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第七楽章4節

「お嬢ちゃん、どこで拾ったか知らんが、そんな鈍は売れないよ。そっちの剣は質が良さそうだが、ぼろぼろじゃないか。それに…。」

ため息と共に、止めどなく流れる音色。

「私は、大人です。」

それを、止めたのは、メルの誇らしげな音色。

「そうかい。お嬢ちゃん、大人というのは、せめて二十歳を超えてから…。」

「超えてます。もう大人です。それに、これは売りません。届けにきたのです。それより、私は、大人です。急いでいるのです。早く通してください。それと、私は、大人です。」

メルの瞳には、雫が零れ落ちそうに揺れている。

「お嬢ちゃん、いいかい。この都には、悪い大人もいっぱい居る。例えば、リュパンという自称錬金術師の富豪はね…いや、聞かなかったことにしてくれ。」

門兵が目を伏せ、すぐにメルを見つめ直す。

「とにかく、剣より先に、その身が売られないようにしなきゃいけないよ。わかるかい。だから、親御さんと一緒に…。」

門番の優しい音色が、止めどなくメルに突き刺さる。

「大人だもん…。」

ついに、雫が溢れ出した。



壮麗なる大門の傍に佇む小さな小屋。

それは、門兵の憩いの場であり、役を終えるまでの住処。

そこにある唯一のテーブルは、数人で使うには、とても狭い。

だが、一人の幼子が、焼き菓子と紅茶を楽しむには、十分な広さだった。

「私は、大人です。」

メルは、目の前にある芳しい彩りに手を伸ばすのを必死に抑え、凛とした音色を奏でる。

「やっと泣き止んだかと思ったら…。もう、わかったから、まずは、それを食べて落ち着きなさい。」

「私は、落ち着いています。もう大人だとわかってもらいたいのです。」

メルの瞳は、門兵と焼き菓子、そして紅茶へと、目紛しく彩りを変える。

「それに、早く行かなくてはいけないのです。」

「なら、紅茶もクッキーも要らないのかい。」

「…それは、………要ります…。」

メルは、手を伸ばすのを必死に抑えるのを、やめた。

「ところで、早く行かないといけないと言っているけど、どこに行くんだい。」

頬杖をつき、微笑みながらメルを見つめる門兵が、穏やかに紡ぐ。

「愛する夫の元です。」

頬に付いた焼き菓子の欠片さえも、凛として彩るように、メルは音色を奏でた。

その旋律に、門兵は、崩れ落ちた。


「気をつけるんだよ。本当に…。前を向いて歩いて。本当に、気をつけるんだよ。」

手を振り続けるメルに、手を振って返す門兵は、その影が見えなくなるまで、いつまでも見届け続けた。


メルは、聖剣とクレマティスを包む布を握りしめ、宮殿へと駆ける。

「紅茶とクッキーの誘惑に負けてしまったわ…。急がないと…。」

だが、メルは、知る由もなかった。

宮殿への道も、宮殿そのものも。


「ここは、どこ…。」

街外れの噴水。

異なる道を選んでも辿り着く此処に、メルは力無き音色を零した。



「メル…。」

私の心を蝕む彩り。

それは、この男の刃が、その華奢な肌に触れること。

故に、此処で討たねばならぬ。

それは、その肌を斬り裂くに留まらない。

時を待たずして、この男は、呪いに呑み込まれる。

それは、禁呪の暴走。


弔いに、器を霾へと彩り、空へ還す魔族と違い、人族は、その形を保ったまま土へと還す。

それは、信仰故ではなく、その呪いを行使する為。

魔王の産み出す魂無き傀儡に抗う為に、勇者が奏でてきた傀儡。

繰り返される御伽話が、風習を紡いできた。


故に、その暴走が蠢き出した刹那、魂を失った器は、灯火無き剣へと変わる。

白妙が持つ最大の兵器は、三つの師団ではない。

その師団でさえ、その呪いの供物に過ぎない。


路地で見た、微かな灯火の営みと、それさえ失った影こそが、その先陣を切る人形。

「お前が奏でているものは、お前の手に負えるものではない。」

貫かれた腹部からは、尚も赤いせせらぎが旋律を奏でる。

それでも、此処で止まることはできない。

「グラヨル、目を覚ませ。」

私は、その手に宿る力の全てを、その切先に注いだ。

「お前が、目を覚ますのだ。元勇者。」

それを躱し、重い閃光が、私に振り下ろされる。

切先が触れ合い、私へと落ちてゆく。

受け切れない。

老いて尚、剣聖をも上回る力に、私は逸れざるを得なかった。


それは、見せてはならない隙を奏でた。

「こんなもので、勇者を名乗っていたのか、弱きものよ。」

落ちた刃が切り返され、私へと流れる。

それを躱す為に捻る肢体を、グラヨルは掴んだ。

「二つ目の穴を、開けてやろう。」

その旋律と共に、彼の刃が、私を貫いた。

劣るどころか、研ぎ澄まされている。

これは、私の知る師匠の剣ではない。

これが、勇者の加護。

私が背負ってきたものと対峙して、私が与えられてきたものの大きさを知る。

「まだ、生きているか。それとも、燻る残火が、生きることを手放させてくれぬのか。」

その静寂の音色は、音もなく、私は三度、貫かれた。

「ならば、その火が抜け落ちるまで、穴を開けてやろう。」

力が、抜けていく。

だが、膝を突くことなど、できるわけがない。

私は、迫り来る彩りを薙ぎ払う。

それに触れる音色は、どこにもない。

ただ、その旋律は、四度、体を貫かれることを許していた。


私の手のひらから、柄が滑り落ちる。

それを拾おうと伸ばした指先を、グラヨルは、踏み躙った。

故に、残る手を伸ばし、柄に触れた刹那、この腕を貫かれた。

「シャルドンは、両腕を失っても尚、戦いを望んだぞ。お前は、どうする。哀れなテラよ。」

無論、諦めない。

指を踏み躙る足を振り解き、私の肢体を、その足にぶつける。

その隙を掴み取り、私は再び剣を手にした。

だが、それを構えることができない。

立ち上がった私は、その剣を杖に、瞳を構える。

「来い、呪われた人形。」

一縷の光。

それは、最後の光。

私を裂く刹那、この刃を振り上げる。


これが、当たりさえすれば…。


私は、再び、膝を突いた。

私の肢体に線を成す柘榴が咲き、その果汁が、純白の石造りを赤く染めていく。

「終わりだ、テラ。」

五度目のそれは、私の灯火を閉じ込める器を貫く為、惑いさえなく、真っ直ぐに、そこへと挿し込まれていく。


荒く奏でていた吐息は、静寂の音色へと変わる。

ゆっくりと進み入る切先。

その痛みを、ただ受け入れる他、私には、できることなど何もなくなっていた。

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