第七楽章2節
「折角なら、みんなでディナーを楽しみましょうよ。」
子供たちを育んできた一人、リスヴァイスの黄色い声が、広場を彩る。
彼女は、メルが子供達との初めての戯れに、紅茶を淹れてくれた。
故に、メルは、彼女に懐いている。
「私も、良いのですか。」
メルは、煌めく瞳を隠せずに、弾んでいる。
「もちろん、その為のパーティーよ。」
子供の頭を優しく撫でながら、その母が微笑む。
メルは、子供達と同じように飛び跳ねた。
テラが作ってくれた、誕生日の贈り物。
その可憐なバッグに入っているのは、木の実の入った袋。
「私、クッキー焼きます。」
メルの誇らしげな笑みが、広場を優しく包んだ。
子供達とこねる小麦、小さく砕いた木の実、そして柔らかい蜜の甘美が共鳴し、それを覗く者の頬を緩ませる。
小さな指が、それをこっそり掬い黄色い囁きが芽生える。
メルは、彼らの頭を撫でながら、優しく微笑んだ。
「焼いたら、もっと美味しくなるよ。楽しみだね。」
夕焼けの空が、優しく広場を包んでいる。
星が少しずつ顔を見せる頃、野菜やきのこ、お肉の香ばしい彩りが、街を包み始めた。
「ねえ、ご飯が、もっと美味しくなる魔法って、知ってるかな。」
おとぎ話を紡いでいたメルが、そのフィナーレと共に、目を輝かせて囁いた。
「気になる、教えて。」
その彩りに、子供達の音色が弾む。
「いっぱい体を動かす事だよ。」
悪戯の微笑みを浮かべたメルが、両手を挙げる。
「追いかけっこしよう。」
そう奏でたと同時に、子供達を追いかけ始めた。
「がおがお。お化けが来たよ。」
メルの音色が、街を彩る温もりに、こだまする。
「お化けは、がおがお言わないよ。」
笑顔で逃げ惑う子供達の柔らかな旋律が、黄色く彩られた。
遠くで眺める大人達は、子供達に溶け込むメルの彩りに、微笑みのため息を奏でた。
「本当はね、お花を咲かせる魔法や、人形劇の魔法も見せてあげたかったの。」
走り疲れた子供たちと共に、メルは輪を作る。
「いつか、人族と魔族が、みんな仲良しになれたら、いっぱい見せるからね。」
その微笑みが、子供たちの未来を描く。
「見たい。メルちゃん、約束だからね。」
それは、何よりも大切な約束。
みんなで手を繋ぎ、煌めく星々に誓った。
大人たちの呼ぶ声に誘われて、メルは、子供達と共に広場に戻る。
そこには、大きなテーブルが幾つも並べられ、色とりどりの芳しい皿が配されている。
子供達の輝く瞳が、数え切れないご馳走を彩った。
「こんなに、豪華なの、初めて…。」
メルは、今にも手を伸ばしそうになるのを我慢して、微笑みを奏でる。
その麗しい唇には、ほんのり涎が溢れていた。
「お誕生日会みたいだね。」
メルが、隣座る少女に囁く。
「お誕生日会より、豪華よ。」
その少女の誇らしげな微笑みが、そのテーブルに温もりを彩った。
隣のテーブルからは、子供達がお肉を取り合う声が奏でられる。
メルは、自らの皿を手に、その子供達にそっと近づいた。
「はい、これで、みんな同じだよ。」
子供達の皿に盛られたお肉に、子供達の声が弾む。
「でも、あんまり食べすぎちゃだめだよ。この後は、お楽しみのクッキーが待っているのだもの。」
小さな街に、世界中の何よりも大きな安らぎが奏でられる。
それは、静寂の革命が芽吹いた瞬間でもあった。
香り立つ湯気が、月光に揺れる。
クッキーと共に並べられていた焼き菓子だけが、大人だけのティータイムを彩る。
「あの子たち、クッキーばかり食べていたわね。」
大人達が微笑む中、子供達を寝かしつけたメルが、背もたれに触れる。
「みんなで作ったクッキーですもの。」
メルの紡いだ囁きに、微笑み同意が奏でられた。
「メルちゃん、子供たち、中々寝なかったでしょう。」
「こっそり、魔法をかけちゃいました。」
「ここで魔法を使っても平気なの、メルちゃん。」
「眠くなるおとぎ話を紡いだだけです。」
メルの柔らかな微笑みが、テーブルに配されたランプに揺らめく。
「聞いてみますか…。きっと、明日からの役に立ちます。」
紅茶に触れるメルの唇が、柔らかく揺れ、温かな吐息が白く彩られる。
その旋律に乗せて、緩やかな音色が、おとぎ話を紡いでいった。
それは、魔王城で眠る少女のお話。
花を愛で、せせらぎを掬い、極彩色を織り成す窓に微笑む日々。
彼女を討とうとする者が忍び寄ると知りながら、その彩りは変わらずにいた。
柔らかな陽光が、可憐な椅子に差し込む。
少女は、その穏やかな彩りに夢を紡いだ。
揺らめく影に、その夢を空に還した頃。
そこに居たのは、少女を討つ者。
ただ、彼の向けていたのは、刃ではなく、柄だった。
この人となら、夢の続きを紡ぐことができる。
心が、それを奏でた刹那、その柄が、一輪の薔薇へと彩られた。
朽ち果てそうな青年は、その灯火を、ここで手放そうとしている。
その瞳が少女の心に触れ、気づけば、その傷ついた肢体を、自らの小さな腕で包んでいた。
運命を果たそうと歩む足は、もう旅路を彩ることなどできない。
それでも、目の前に座すのは、討つべき者。
そして、それは、容易く叶うはずだった。
それでも、彼は、少女に柄を預けたのだ。
少女は、まだ、この想いの名前を知らずにいた。
ただ、彼の雫が、少女の頬に触れた刹那、彼と共に在りたいと願っていた。
その温もりは、今も尚、その体に、その心に、その魂に、刻まれている。
言葉の無い言葉が、ただ静かに序奏を彩っていた。
メルの、大切な宝物。
少し大人の彩り。
子供達の欠伸が、心に反響する。
「あの子達には、少し早いかもしれませんね…。」
メルの穏やかな瞳は、愛する人を彩っていた。
「明日の朝には、発ちます。」
メルが、穏やかに紡ぐ。
「やっぱり、テラが心配で…。」
メルを囲む幾つもの温もりが、そっと背中を撫でた。
「分かっているわ。私たちも同じだもの。」
メルの肩に掛けられた外套。
それは、決して煌びやかなものではない。
故に、自らを隠すのに適している。
「ちゃんと、二人で戻ってくるのよ。」
その穏やかな音色が、メルを優しく包み込んだ。
「あのね、リスさん…。これを預かっていてほしいのです。」
メルが渡したのは、テラから贈られたバッグ。
「その…、壊れちゃったら、悲しいので…。」
その中に大切に仕舞っていた、琥珀の布に包まれたナイフ、ジプソフィルを腰に携え、メルは、リスヴァイスを見つめる。
「必ず、二人で、取りに戻ります。」
「わかったわ。大切に預かっておくわね。」
リスヴァイスの柔らかな手が、メルを撫でる。
小さく震える旋律を、その温もりに隠しながら。
陽光が、地平に顔を覗かせる頃、多くの手に振られ、メルは一歩を踏み出した。
背負うのは、テラの真の聖剣と、宝剣クレマティス。
外套と同じ布に抱かれた二つの刃は、寄り添う二人の様に影を織り成す。
それは、愛する者が立つ、白妙の絢爛を指し示した。




