第七楽章1節
純白に天鵞絨が赤く煌めく。
その絢爛たる装飾が、二人の王を隔てる。
だが、静寂は、等しく降り注いだ。
「白妙と花の国が、貿易…。哀れな襤褸よ、お前は、この国を過小評価しているのか。それとも、小さな国の王を自称した事で、舞い上がっているのか。」
ロアの冷たい瞳は、尚も私を彩る事はない。
だが、私は、それを知って、此処にきたのだ。
「どちらでもありません。互いに利益を得られればと思い、参じたまでです。」
私は、微笑みを形造り、白妙の王へと贈る。
「白妙は、飢えが蔓延しているのでしょう。」
それは、この世界に足跡を残し始めた、その日から、常に隣を歩んだ彩り。
それが、今、更に過酷な事実となって、白妙の影に潜んでいる。
私には、それを覆す一縷の光を育む、無垢なる手を預けられた。
指の一つ一つに反響する、メルの温もり。
絡み合った、その柔らかさの彩りが、そこに無くとも私を奮い立たせる。
「花の国には、白妙の飢えを凌ぐ作物を育む力があります。」
これが、切り札となるなど、僅かにも思ってはいない。
だが、花の国の可能性を、ロアの欠片に刻みたかった。
それでも、彼の答えを問わずとも、為さねばならぬこと。
「余を、嘲るか。」
漸く私を彩った瞳は、その旋律に冷たく爆ぜた。
「勇者テラよ。お前が何を思おうと、何を望もうと、何を選択しようと、お前は、勇者であることから逃れられん。」
その音階の無い旋律からは、想いは探れない。
だが、その瞳からは、全てが突きつけられる。
感情を押しつぶし、それでも求める一つの真実。
「お前の成すべき事は、魔王を討つこと。それ以外に、お前に価値などない。」
その冷たい旋律が、私を劈く。
だが、それに揺れるほど、私はもう華奢ではない。
「白妙の王よ、それで、この白妙の下に蠢く数え切れぬ苦しみが救われるのですか。」
私は、揺らぐ事なく私を捕える瞳を、刹那さえ離す事なく見据える。
「それを増やしたのは、お前だ。勇者よ。」
玉座から立ち上がった王は、その吐息に憂いを奏でる。
「お前が魔王を討たぬどころか、その責務を放棄した事で、数千…数万の尊い灯火が失われた…。」
それは詩う様に、悲哀を奏でる様に、憐れみを紡ぐ様に、振り翳された。
だが、その瞳の描く旋律は、深く冷たい。
「数万…。ケーニヒ、貴様…、何をした。」
「余を、その名で呼ぶな。小僧。」
静寂なる旋律が、憤怒を孕んで、私に叩きつけられる。
だが、私の心は、此処には無い。
魔王城を落とした騎士団、そして、シャルドン親衛隊。
その二つを合わせても、数千。
多く見積もっても、一万に届かぬ程。
白妙は、既に挙兵した。
それは、私の不在に重なり、奏でられた悪夢。
かつて、メルが紡いだ夢を蝕む様に、それは為されたのだ。
戻らなければ。
「余の許可なしに立ち上がるな、無礼者。」
その言葉に、私は、立ち上がっていたことに気づく。
首筋に這う、近衛兵の刃が、白銀に揺らめく。
私は、震える拳を握りしめ、跪く。
指の隙間から滴る、赤いせせらぎが、私の感情を押し潰す。
「…。その戦争に、意味はありません。それが齎すものに、白妙を肥やすものなどないでしょう。」
耐え切れずに、雫が頬を伝う。
その一筋に、私の弱さを流し、私は、ケーニヒを見つめる。
決して、睨まぬ様に、決して、心を載せぬ様に。
「意味なら、お前が今、述べたところだろう。飢えを凌ぐ作物、その素晴らしい戦利品を携えて、余の師団が凱旋する事を、心待ちにしておる。」
その朗らかな笑顔は、柔らかく、慈愛に満ちた王の彩り。
それは、白妙の如く、ケーニヒを隠した。
「それに、騎士というのは、戦場に生き様を描くものだろう。」
再び開かれたケーニヒの瞳に宿る旋律。
「お前に手を奪われたシャルドンも、剣を携えた義手を望んだぞ。彼もまた、戦場に散りたかったのだろう。」
「シャルドンは、もう復帰したのか…。」
私は、その言葉に、溢れるほどの想いと思考を詰め込み、零れ落ちた。
「そうだな。叶えてやれれば良かったのだが。彼は、脈無しだ。」
シャルドンが、花の国と漆黒への挙兵に参加しないのであれば、それは、私たちにとって都合の良い事。
しかし、ケーニヒの奏でた不協和音が、私を揺らす。
「何故…。」
「言葉のままだ、テラ。つまらぬ事を聞くな。お前は、友を弔いにきたのか。」
ケーニヒの色の無い言葉と共に紡がれた、その歪つな笑顔が、私の心を、粘つく様に絡め取る。
「ならば、直接、話すと良い。」
ケーニヒの言葉と共に、近衛兵に連れられた、一つの影。
「シャルドン…。」
それを、見間違うはずもない。
確かに、彼は、シャルドンだ。
しかし、彼には、灯火の揺らめきも、その器の色さえも無く、灰色だけを纏って立っている。
ただ、腕の先に煌めく白銀の剣が、彼の望んだ義手である事を奏でていた。
色の無い瞳が、私を捉えている。
想いのない旋律が、静寂を成して私に語りかける。
ゆっくりと歩み出したそれは、見に纏う鉄の香りに、足跡を奏でた。
何も持たず、布一枚が私を守る唯一の手立て。
私は、立ち上がり、やがて来るであろう刃を躱すべく、拳を構えた。




