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第一楽章5節

柔らかな日差しに、私は腕の中の温もりを見つける。

薄く彩る瞼の影に、メルの瞳が映る。

「テラ、おはよう。」

まるで、その刹那を知っていたかの様に、柔らかい音色が耳を撫でる。

「おはよう、メル。いつから起きていたの。」

昨日、私が紡いでしまった言葉が蘇る。

一人で行かないで、その想いを腕の中で届けてくれたのだ。

「テラが、夢を抱いていた頃からよ。」

その微笑みに、私はメルを離さないように寄せた。

その柔らかさが、いつも私の灯火を鮮明に彩るのだ。


「テラ、空を見て。龍が飛んでいるわ。」

その無垢な音色に、私の瞳は青を掴む。

そこに彩られるのは、忘れもしない旋律。

かつての仲間を屠った、触れるものを砕く翼。

私は、周りを見渡し、村人たちから奏でられている微睡みの音色を知る。

メルを私の身に隠し、柄を握る指が拭えぬ震えを彩る。

「どうしたのかしら。」

顔を出すメルの無垢な彩りに、私は微笑みながら囁いた。

「大丈夫だよ。でも、少し隠れていて。」

だが、その翼は、小さく転がる私たちなど知る事もなく、羽ばたきを奏でて去っていった。

「勇者様にも、怖いものがあるのね…。」

メルの微笑みに、私は頷く。

「たくさんあるよ。でも、一番怖いのは…。」

私は、安堵を彩る腕で、メルを抱きしめた。



やがて、夢を手放し始めるいくつかの息遣いに、一日の始まりが彩られる。

立ち上がる私に、メルが微笑む。

「この宝剣は、どうされたの。」

鞘を優しく撫でながら、首を傾げ、無垢な瞳を彩る。

「とても大切な想いを、授かったんだ。」

私は、柄を握り、贈られた運命の脈動を抱く。

「私が持つのは、烏滸がましいほどだよ。」

だが、これを手放す事は、無い。


オルタンシアの元へ向かい、今日の狩りを済ませたら、再び足跡を彩ると伝えた。

メルと共に森へ入り、生命の彩りに耳を澄ませる。

隣では、木々に木の実を乞うメルが、笑顔を弾ませている。


聖剣と共に授かったナイフは、その名を冠するには惜しいほどの代物であった。

触れるものに、それを感じさせないままに終える。

私たちが命を繋ぐ為に承る脈動を穢さぬよう、その刃から祈りが奏でられているのだ。


このナイフに救われて、狩りは陽光が頂を得るまでに終えた。

私たちが戻る頃には、小さな灯火を囲むように、村人たちが集まり、小さな音色を奏でていた。

私は、狩りで得たものを預け、オルタンシアの元へ向かう。


「オルタンシアさん。この宝剣を打った職人の名前を教えていただきたく、参じました。」

両手に抱えるナイフに刻む名前、それは聖剣と対を成す宝剣。

「孫の名前は、クレマティスです。」

懐かしみを彩る、オルタンシアの微笑み。

僅かに刻まれた皺に、私は、真実の想いを知る。

「その美しい名を、この宝剣に頂きたく思います…。」

私はナイフの鞘を撫で、願いを込めた彩りを囁く。

「これほどまでに、慈しみを奏でる宝剣を、私は見たことがないのです。」

オルタンシアは、ナイフを包む私の両手に優しく触れ、雫と共に頷いた。

そして、ゆっくりと紡がれる、彼の想い。

「魔王様とテラ殿の旅路に、我々も従う事を許していただけないでしょうか。」


私は、メルを呼び、オルタンシアの瞳を抱く。

「私たちが目指す場所は、国境の最果て。そこは、未開の地であり、危険を多く孕んでいます。」

私は、静寂の中に想いを奏でた。

「ここに留まらない理由が、あるのでしょうか。」

それに呼応するオルタンシア、そして村人の想い。

「残された私たちには、村を再建する力は残されていません。」

三つの影が、寄り添うように囁く。

「みな、拠り所を求めているのです。」

メルの華奢な腕が、オルタンシアを包む。

「私は、魔王です。常に魔族と共に在ります。」

メルの想いは、知っていた。

だからこそ、今一度、オルタンシアに伝えてほしかった。

だから、私は、メルの旋律にカノンを紡いだ。

「聖剣と、クレマティスに賭けて、我が身を捧げます。」

気づけば、陽光は頂を彩っていた。



私たちの足跡は、彩りに溢れる。

それを紡ぐ為に、出発を遅らせる事にした。

私が狩りにより頂いた命を、切り分け、陽光に彩る。

メルが辺りに棲まう子らから分けてもらった木の実を蜜に溶かして、芳しく奏でる。

その間に、村人たちは自らの成すべきことを成した。


私は、狩りと村人たちの剣稽古の合間を縫い、向かう先の視察への足跡を紡ぐ。

絡み合うメルの指先が、二人だけのひと時を彩る。


私が懐かしい声を聞いたのは、メルの温もりに、心を奏でていた時だった。

「テラさん。」

ただ、その音色に、私は不協和音を感じる。

「アリウム…、久しぶりだね。」

私の中の旋律を隠すように、私は再会へ笑みを彩った。

「魔王様まで…、こんな所で、どうされたのですか。」

無垢なままに、驚きを彩るアリウムの視線に、メルが寄り添う。

「こんにちは、アリウムくん。私たちは旅をしているのよ。」

メルの繊細な指先が、アリウムの頭を撫でる。

「アリウム、何か困っているんじゃないかな。」

私は、メルの横に腰を据え、彼の心に指先を奏でる。

「助けてほしいんだ…。」

「私は、何をすればいいのかな。」

私は、アリウムの手を取り、紡がれる彼の願いに耳を傾ける。

「僕の…僕だけじゃない…みんなの、お父さんとお母さんが、魔獣に食べられたんだ…。」

私の危惧した彩りを、遥かに超える旋律が、静寂に突き刺さる。


レーヌの与えた試練。

私は、確かに、それを討ったはずだ。

レーヌも、討たれたと言っていた。

あの集落を、守れたと確信していた。

脅威は去ったと、疑いもしなかった。


だが、その影は、確実に存在している。

私は、アリウムを抱え、かつて立ち寄った集落へ駆けた。



目の前を彩る音色は、以前のままの主旋律を奏でている。

しかし、そこに煌めいていたはずの息遣いは、ほとんど遺されていない。


静かに残る魔力の残穢は、懐かしくも、私の知らないものだった。


アリウムを下ろし、息を潜める子らの元へ案内してもらう。

その足跡を辿る彩りは、いくつもの叫びを奏でている。

「あいつは、報復だと言っていた。」

アリウムが囁きを落とす。

言っていた、それは、魔獣が話していたという事。

人族や魔族に関わらず、人間にとって、話す魔獣は稀有な存在。

それは、数が少ない事を意味しているのではない。

それと対峙した者が、それを伝えるための形を成したまま、その旋律を終えることができないからだ。

私は、魔王城への旅路で、数匹のそれと対峙した。

仲間を失った刹那の旋律が、私の体を貫く。

それだけではない。

動けぬ傷を負い、逃避に駆られ、ようやく守ることが叶ったのは一匹だけ。


これから対峙しようとしている者が、どれほどのものか、計り知る事はできない。

故に、その脅威を、討たなければならない。


この地は、この集落だけではない。

行き交う魔族も多い。


だが、先ずは、この子達を退避させなければならない。

「テラ、拠点へ連れて行きましょう。」

私が紡ぐより早く、この子達を抱いていたメルが囁いた。


力の持たぬ無垢な子らを連れての退避。

それは、我が身を蝕む旋律が反響する夜道を、一人彷徨うより、赤鉄の香りを予感させる。

だが、守るべき数は少ない。

故に、私は後陣を選んだ。

この距離なら、前からの脅威であっても、私は盾になれる。


木漏れ日が、歩むべき道を揺らす。

囀りが、道標となる。

メルの背中が、私の心に平穏を齎す。

柄を抱く私の震えは、消えていた。



拠点に辿り着く頃には、空が茜色を奏でていた。

幸いにも、ここの村人たちは、この子らを快く受け入れてくれる。

だが、揺るがぬ脅威に、彼らの心は影に蝕まれている。


オルタンシアが、隅へと招く。

紡がれる音色には、音階が消えている。

「逃げましょう…、テラ殿。」

それを選ぶ事も、私の描く道には存在している。

「はい、迂回する事も考えています。」

しかし、私は、再び手にしたのだ。

「ですが、私は、勇者です。あの道を行き交う魔族も、守りたい。」

二つの柄を、血が滲む程に握りしめる。

「この聖剣に誓ったばかりです。私の成すべきことを、全うします。」

私は、オルタンシアに跪いた。

「そして、ここに集う私の家族を守り続ける事も、私の成すべき事です。」



宵闇に、囁きが響く。

微睡みに落ちる音色が奏でられる事はない。

私は、聖剣を見つめ、ひたすらに時を待つ。


あの日、私は神から授かりし剣を墓標に立てた。

それは、勇者である私を手放したということ。

加護はもう残っていないだろう。


それでも、その残火は、今も私を焦がしている。


私一人では、それは叶わなかった。

メル、君が居てくれたからだ。


私の吐息は、音を奏でる事もなく、空に還る。


「許さないわよ。」

不意に包まれる温もりに、私は顔を上げた。

「メル…。」

そこには、雫に埋まる愛おしいメルの微笑みが彩られていた。

「一人で行かないって、約束したでしょう。」

私を柔らかく包むメルを、私は優しく包む。

「心は常に共にいるよ。」

私の精一杯の彩り、崩れかけた微笑み。

「でも、ここに野獣の影が及ばないとは限らないんだ…。」

私は、メルにクレマティスを託す。

「これを預けるよ。ここを、守っていてほしいんだ…。」

メルが、震える手で受け取る。

「ちゃんと、返すわよ。忘れないでね。」

私の居場所は、此処にしか無い。

この道が荊であろうとも、この手を離す事はない。

枯れることのない花は、今も咲き誇っている。

それは、私に活路を見出してくれる。

メルこそが、私のアルストロメリアなのだ。


「メル…。」


絡み合うまつ毛が、宵闇に溶ける。

刹那の旋律を、悠久に彩るように…。

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