第六楽章終節
壮麗なる鐘の音色。
色とりどりの花弁が舞い、祝福の歓声が奏でられる。
絢爛の門が開かれ、その先に煌めく陽光が、私たちを包む。
まるで花嫁の様に、私たちは、その一歩を踏み出した。
瞼を閉じなくとも、私の心に反響し続ける、仲間との門出。
その日、私は勇者であった。
始まりは、原初の父であり、白妙の神であるロアの石像に跪いた日。
あの時から、私は見ていたのだ。
城壁に守られた隅で、朽ちた肢体に吐息を奏でる灰色の布を。
灯火が零れ落ちた、虫の集る人形を。
溺れゆく、魂を。
あの時の私は、見えていなかったのだ。
此処が、真実だという事を。
故に、私は、信じていたのだ。
魔王を屠れば、全てが救われると。
「それで、魔王を倒したら、魔族はどうなるの。」
私の育った街には、子供の集う広場があった。
私は、そこが好きだった。
いつも、誰かの御伽話が花開いていた。
喧騒の協奏曲が、街を包んでいた。
天真爛漫な足跡が、私に絡みつく。
だが、その無垢なる問いの答えを、私は持っていなかった。
それでも、選択を違える事などできない。
神聖なる白妙の塔で授かった聖剣。
それを手にした日から、私の成すべき事は、定められた。
故に、その問いも、見つけるべき答えも、砂塵に消えていった。
それは、国境に近づくにつれ、私達を覆い始めた影に溺れていく。
神聖なる龍の棲まう地に辿り着く頃には、十を超えた連なりも、三つの灯火へと果てた。
私の隣で足跡を奏でる二人は、同じ師の元で剣を磨いた志で繋がる兄妹。
私に音色を与え続けてくれた、仲間。
それは、一つの依頼で、花弁に散る。
村を荒らす龍の討伐。
その村は、龍の帳に営みを奏でていた。
だが、悪意無き刃に追われてきた民にとって、それを知る由もない。
そして、私たちもまた、それを知る事なく加担したのだ。
咆哮と共に剣を掲げてから、三度、朧月を眺めた。
その時、初めて、私は灯火を手放す事を受け入れた。
それでも、散りゆく仲間を手放すことはできなかった。
ただ、漸く届いた刃は、その鱗を傷つけるに留まり、私は夢へと落ちた。
再び現を得たのは、神獣の柔らかな毛並に抱かれていた夜。
私は、その時、あの龍が神であることを知った。
そして、それに触れてはならぬことも。
月日を待たずとも、その村は姿を消し、砂塵と共に足跡は褪せていく。
だが、私には、それを見届ける猶予は残されていない。
国境を越えれば、絶え間なく降り注ぐ試練に翻弄されていった。
それは、私の肢体を蝕み、心を朽ち果てさせる。
荘厳なる漆黒の城が見えた時、私は虚無に触れていた。
それが魔王城だと知りながら、それが何なのかわからない。
もう、私は、木の葉さえ斬ることはできない。
だが、杖にした聖剣は、未だ研ぎ澄まされている。
私はそれで土を斬り、静寂に足跡を紡ぐ。
瞼に彩られるのは、平穏なる故郷。
私の守りたいものは、ただそれだけであった。
それを守りたいと、自らに枷せ、意識を保つことでしか、灯火に触れていることができない。
混濁の中で辿り着いたのは、聖域だった。
そこに眠る影を、私は、聖女であると確信したのだ。
その名は、メル。
彼女が紡いだ一つの答え。
かつて、私が無垢なる問いに返せなかった言葉。
「魔族と人族の共存…。口にすれば嘲笑われる様な夢を、私は見ているのです。」
思えば、この刹那の音色が、花の国の始まりだったのだ。
私は、ゆっくりと、瞼を開き、この瞳に光を吸い込む。
それは、私の口へと紡がれ、一つの旋律を奏でた。
「花の国と白妙の国、その両国間での貿易を願いに参じました。」
私は、揺るがぬ意志を瞳に奏で、玉座に彩られた王、ロアへと紡いだ。




