表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜想曲『花の国』  作者: ことは
Primo movimento『花の祈り』
77/116

第六楽章9節

街道に繋がる道。

テラの生まれた街との狭間に集まる、多くの想い。

「行ってきます。」

メルは、その彩りに、笑顔で手を振った。

「必ず、また顔を出してね。約束よ。」

贈られた言葉を胸に、小さくなってゆく影。

そこには、小さな雨が降り出した。

だが、その影が消えるまで、誰一人として、そこから離れようとはしない。


故に、再び現れた影に気づくことも、容易かった。

その影は、雨を弾く様に駆けてくる。

その様相に、集まる人たちは、固唾を飲んだ。


「大切な事を、聞き忘れちゃった。」

息を切らせて、街まで戻ってきたメルは、雫の滴る髪を撫で、恥ずかしそうに微笑んだ。

「テラは、他に私のこと、何か言ってなかったかしら。その、思い出とか、………見た目とか…。」

雲から覗く陽光に煌めく雫が、メルの熱に溶けていく。


メルは、もうしばらく街に滞在する事となった。



賑やかに彩られた市場は、その隣の路地を隠す。

そこに転がるのは、灯火を持つか否かさえわからぬ彩り。

この瞬間の飢えを凌ぐために差し出された手に、私はメルの手作りの焼き菓子を渡す。

その繋がりを目の当たりにした、崩れ落ちそうな影が、少しずつ集まりだす。

彼らに、私は見えていない。

私が何であれ、彼らには関係ないのだ。

ただ飢えを凌ぐ為に、ただ生きる為に、その手を伸ばす。

私の持つ焼き菓子では、到底、足りない。

足りたとて、この先を紡げるような手を差し伸べることは、今の私にはできない。


ここが、白妙の国であるが故に。


私は、大切に残しておいた最後の一枚を頬張り、その温もりに抱かれ、市場へと出た。

商業人を装う為でしかなかったはずのものが,ここで価値を見出す。

クレマティスの打った刃は、その切れ味も然る事ながら、絢爛な装飾品に負けぬ美しさがある。


私は、市場の隅で、それを広げた。

白妙に於ける、これの価値など、私にはわからない。

ただ、クレマティスの想いは、理解している。

故に、容易くは売れぬであろう値を掲げた。


売らなければならい。

だが、触れ難き尊さを手放すには、譲れぬ想いが、私を彩っていた。


それに目を付けたのは、贅を尽くして成したであろう体躯を揺らせ歩み寄る影。

その傍に並ぶ、幾つもの影が、私に声をかけてきた。

「これは、魔族の刃だな。経路は問わん。全て頂こう。」

その声に、私は顔を上げる。

「全て…、ですか。」

「そうだ。値は、それでいいのだろう。見事な短剣だ。倍払ってやる。悪くないだろう。」

この都でも、名を馳せた富豪なのだろう。

私は、その世界に疎く、知らずに生きてきた。

だが、勇者としての旅路で、依頼を受けてきた際に、彼の様な人間にも出会ってきた。

その中でも、彼は、傲慢。

少なくとも、私の目には、そう映った。

故に、戸惑いを隠せなかった。

それを見つめる彼は、傍に並ぶ影を押し除け、私の耳へと囁く。

「お前には見えぬ価値が、私には見える。これをより素晴らしいものへと変えてやろう。」

私は、目を伏せ、静かに微笑んだ。

「買っていただけるのなら、それで充分です。」

「つまらん反応をするな、若造。これでも私は、錬金術師とさえ呼ばれているのだ。」

価値を、より高い価値へと変える。

それも、彼にとっては、錬金術なのだろう。

私は、彼の言い値の更に倍で、クレマティスの想いを手放した。


手にした大金の使い道は、初めから決まっている。

飢えを凌ぐ為の芳しき香り、その身を纏う質素な彩り。

そして、それぞれが手に持つに相応しい音色を買い集めた。

それを箱に詰め、私は、路地へと戻った。


幾つかの灯火は、それを手に、新しい道を歩むだろう。

だが、それは、未だ光に触れる力が残されている者のみ。

この大半は、最早、揺らめく灯火に縋り、他を忌みさえしている。


故に、これでは、何も変わらない。

それでも、私は、この路地に数日を費やすこととなった。


私の紡ぐ足跡に這うのは、明日を見れぬ音色達。

ただ、それだけを連れて、この先を見据える。

今は、振り向けない。

これ以上は、ここに留まる猶予は無い。

それでも、その手を必ず握ると誓い、再び、市場へと出た。


そこに広がるのは、通る者を誘惑する様に香る、数々の彩り。

それに触れようとする多くの手が、この都の華やかさを彩っていた。


それが、私には、重くのしかかる。

私は、この隣の路地を彩ってしまった張本人なのだから。

故に、その責務を貫かねばならない。



「花の国の王が来たと伝えよ。」

私は、宮殿の前に立つ門兵に声をかけた。

彼らは、一目で私が誰か気付いたのだろう。

何も手にせぬ私に、その柄を握る手が震えているのが見える。

故に、私は穏やかな微笑みを彩り、持つ者全てを捧げた。


「こちらへ。」

門が開き、私の倍はあろうかという体躯に囲まれて、中へと誘われた。

この先にあるものが、何であるかは、私には掴みきれない。

だが、成すべき事は決まっている。


降伏ではなく、平定。

その為に、差し出すものが何であれ、私の持つものであれば、それは厭わない。


私は、ゆっくりと、歩を進めた。


見慣れたはずの廊下には、通る度に変わる絢爛な装飾品が並ぶ。

その彩りに、私の心を紡いだのは、路地裏で触れた息遣い。

何も変わらない。


白妙という、純白なる絹の下に靡く腐臭が、私の足にまとわりついた。

だが、それも、一つの国の形なのだろう。

現に、漆黒と花の国が手を取り合っても、白妙には遠く及ばない。

それを成せるのが、この冷徹なまでの構造と秩序であるならば、私は、そこに手が届くことはない。

そして、それに代わるものも、私は持っていない。

故に、平定のための切り札は、他に見つけることはできなかった。


それでも、この長い廊下に足跡を彩り切るまでには、手繰り寄せたい。

静寂に奏でる幾つかの足音は、反響を強くしていく。

迫る壮麗なる扉は、重く閉ざされ、私の肢体を押し潰した。


提示できる切り札。

その希望は、淡雪の如く消えた。

だからこそ、私は、この首の連なりに手を添えた。


代わる切り札が無くとも、王の代わりなら居る。

そして、それを支えてくれる子達も居る。


メルは…、王には向かない。

魔王に向かって言うべきことではないが…。

私は、静かに微笑みを彩り、開かれる扉に、前を見据えた。


「よく戻ってこれたものだな、元勇者。」

彼の瞳に、私は彩られていない。

「勇者が、ここに戻ることはありません。白妙の王、ロア様。」

白妙の王。

ロアのの名を継承する者。

原初の父であり、白妙の神で在らせられるロアを継ぐ者。

自ら、それを謳う血統。

それを纏いし、唯一の人族。

私の瞳には、それが彩られていた。

「私は、花の国の王として、参じました。」


静寂の吐息が、絢爛なる彩りに反響した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ