第六楽章7節
荒野を抜けた馬車が、街道に揺れる。
そこに積まれた商品は、唯一無二の彩りに煌めく。
全てが純白に透き通り、二つの紅点のみが、この世界を映す。
だが、そこにある旋律は、灰色という単音だけで紡がれていた。
「戦争なんて、無くなっちゃえばいいのに…。そうしたら、一緒に王都で遊べるのに…。」
メルは、小さな音色を何度も奏でながら、自らの影を踏んで歩む。
私は、その可憐な舞いを見つめながら、歩を合わせた。
「その為に、私たちは、ここに来たんだよ。」
私は、メルを宥める様に微笑んだ。
緩やかに笑う風が、そっと頬を撫でる。
その香りに、私は思わず振り向いた。
「チユちゃん…。」
その言葉を奏でたのは、メル。
私は、再びメルを見つめた。
砂塵を小さく舞わせながら、私を通り抜ける。
その先にあるのは、一つの馬車。
メルの意図は、わからなかった。
だが、何をするにせよ、ここで目立つことをしてはいけない。
「メル、待って。」
その音色が届くより早く、舞う様に馬車の踏み台に乗ったメルは、その扉を開けた。
「ごめんなさい…。人違いでした…。」
馬車に彩られた流れる色彩を背に、慌てるメルの姿が、灰色の瞳に揺れる。
「あの…。これ、お詫びです…。」
メルは、手に持つ小さな種を包んだまま、その瞳を持つ少女の、透き通る肌に触れた。
流れ込んだ風が、彼女の純白の髪が、メルの漆黒の髪と絡み合う。
「貴女の幸せを、祈ってます。」
メルは、少女と、瞳を絡め合ったまま、小さく微笑む。
それでも、彼女の表情は、彩りを変える事はなかった。
「何者だ、降りろ。」
馬を操る手が、怒号を奏でる。
「ごめんなさい…。」
メルは、舞う様に馬車の踏み台を降り、小さく囁いた。
「いつか、国境にある、花の国というところへ、いらっしゃい。待っているわ…。」
メルの微笑みが、少女の心に刻まれる。
メルが贈った小さな種子は、彼女の中へと溶けていった。
「メル、あまり目立つ事は…。」
私は、メルに駆け寄りながら囁いた。
メルは、私を見つめながら、小さく微笑む。
「ごめんなさい…。あの子の灯火が、チユちゃんの色に似ていたから…。」
そう囁きながら、メルは目を伏せた。
「でも、とても悲しそうな音色だったの。」
王都に煌めく絢爛は、光に輝くからこそ、影を生む。
それは、私が、そこに生きた頃から、変わらない。
戦争が始まった今なら、その影は、より広く、そして、より深く彩られているのだろう。
私が、聖剣と共に勇者の加護を捨てた波紋が、この世界に息づく営みを蝕んでいる。
止めなければ。
それが、私の責務。
聖剣を捨てようとも、加護を捨てようとも、生き様までは捨てる気など、初めから無かった。
私は、もう気づいているのだ。
私は、今も、勇者であることを。
「急ごう。」
私は、メルの指に触れ、強く絡め合った。
この先に、何が彩られようとも、この一歩を悔やむ事はない。
守ろうと触れたが故に、壊れていった数々の破片の山を、私は歩んでいる。
その一歩先で、全てが崩れ、滑落しようとも、その先で灯火が掻き消されようとも、今、私は生きている。
故に、この一歩こそが、命に相応しいのだ。
白妙の王都が、地平に彩られる頃、私たちは、小さな街へと赴いた。
メルが近づける、最先端。
私が生まれ、育った地。
崩れかけた小さな小屋が、私が此処で生きた証。
「ごめんね、メル。こんなところで待ってもらうことになってしまって。」
私の囁きに、メルは煌めく笑顔で応えた。
「テラの生きてきた、大切なおうち。ここに来れるなんて、夢みたい。」
メルは、軋む床を転がり、壁を行き来している。
「少しくらいなら、散歩しても平気だろう。でも、平常心を忘れないでね。今も、魔力が、少し漏れそうになってるからね。」
メルが、動きを止めた。
「本当に、気をつけてね。本当に…。」
メルが、顔を上げ、私を見つめる。
「任せて。」
メルの誇り高き笑顔に、私は不安と至福に彩られた。
私の綻ぶ顔に、メルは満足したように、再び転がり始めた。
ここから先の旅路は、私一人の足跡を彩る。
王都には、陽が沈むまでには辿り着く。
多様な色彩の往来が、互いを知ろうともせずに行き交う。
その数が、私の瞳に捉えきれぬほどに溢れる頃、私は、此処に立った。
王都の門は、私を見つめ返している。
検閲の列に並び、あの馬車が、門を潜るのを見つめる。
私は、被布を深くし、髪を下ろした。
裏切り者が、王都に入ろうとしている。
その事実を隠す為に。
手に持つ物は、ライラックが打った小さなナイフの数々。
私は、商業人を装い、その門を潜った。
施された刻印は、数日で消える。
時の流れと共に、その色は移ろい、帰るべき時を奏でる。
それは、行き交う瞳に彩られ、此処に住まう者たちが、私の看守となった。
故に、私は安堵を抱く。
彼らの見るものは、私ではなく、この刻印。
私は、ただ、影の様に歩めばいいのだ。
賑やかな旋律が、王都を包み、芳醇な香り、色とりどりの絢爛が、心を誘う。
だが、その一つさえも、私の瞳を刻もうとしない。
私が見ているのは、ただ一つ。
王宮に在らせられる、全てを決める者。
私は、そこへ静かに歩み寄った。




