表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜想曲『花の国』  作者: ことは
Primo movimento『花の祈り』
74/121

第六楽章6節

白妙の王都が持つ魔力探知は、広大に紡がれている。

故に、少し離れた地を選んだ。

これ以上は、どこでも好きな場所に行く魔法で近づく事はできない。

メルの魔力隠蔽が如何に優れていようとも、魔法を行使すれば、当然、魔力は蠢く。

白妙の地に、魔力が入り込む事そのものが、この国の危機となる。


故に、その範囲より僅かに離れた地に、テラとメルは降り立った。

人の通らぬ街道に、無数の足跡が刻まれている。

それを描いたのは、花の国に拠点を築き、漆黒の塔を殲滅せんと、蹄を掻き鳴らす連なり。


聖剣の彩る墓標で、エシナセと出会った事は、テラとメルを救う結果となった。

それにより生じた僅かな時の歪みが、両者の邂逅を避けたのだ。


故に、これから花の国を襲う、惨劇の津波を、二人は知ることさえできずにいた。


誰も失わぬために、この道を歩む。

やがて散る甘美なる夢を、壊させはしない為に、その一歩を進めた。

その選択が何を齎すかも、今は未だわからないままに。



「最近、人が通ったみたいだね。それも、多くの。」

私は、剣と共に生き、剣のみを知り、剣を杖に歩んできた。

「テラ、凄いのね。道を見ただけで、こんなにわかっちゃうなんて。」

メルの輝く瞳に、私は眩暈に誘われた。

思わず抱きしめたくなる、この鼓動を抑え、私は静かに紡ぐ。

「私の力ではないよ。かつての仲間が、その見方を教えてくれたんだ。」

かつて私が、勇者として、仲間と共に、魔王城…、メルの元へ辿った旅路。

そこで多くのことを教わり、与えられたのだ。

私は、街道を彩る砂塵に触れ、あの日の煌めきを奏でた。


「行こうか。」

私は、それを振り切るように立ち上がり、メルに手を差し伸べる。

メルの繊細な指が、私の指と絡み合い、決して離さぬように溶け合った。

「急がないとだものね。」

メルも立ち上がり、折り重なる砂に、ひとつひとつと足跡を描き始めた。


急がないといけない。

白妙が旅団の挙兵に踏み切れば、多くの灯火が赤い花の下に途絶える。

そうなる前に、白妙の王との謁見を果たし、選択を再考してもらう。

和平が叶わずとも、その機会を掴み取る猶予を得る。

その為に、ここに来たのだ。


この時はまだ、二人を包む空ですら、魔族の森での惨劇、そして、花の砦の崩壊を描くことになる旋律を、知らずにいる。

故に、青く澄む空を彩る陽光は、二人の影を大きくした。


「ねえ、見て。テラ、お花がいっぱい咲いているよ。」

道脇に広がる花畑には、スノードロップが咲き誇っている。

メルは、その姿を手記に収めていく。

そこに描かれた花の絵は、これまでの記憶。

「この花は、何かな。」

私は、その一つを指し、囁いた。

「シクラメンよ。この辺りには咲いていないのかしら。」

「人族の国では、見かけないね。では、これは何の花かな。」

「これは、アネモネというの。咲くのは、まだ先なの。」

その一つ一つに、彩りと想いが綴られている。

私は、その色彩に、思わず吐息が漏れた。

「全部、同じに見える…。」

静寂に、穏やかな風が音色を奏でた。


「……………魔法で咲かせたら、ちゃんと、その花になるもん…。」

私は、口を抑えた手を離せないまま、目を伏せた。


「こんなにたくさん描いたから、きっとみんなも喜ぶわ。」

メルは、立ち上がり、私に笑顔を彩ってくれた。

「そうだね。早く花の国のみんなに、咲かせてあげたいね。」

私は、メルの手を取り、温もりを分かち合う。

ほのかな香りが、私を包み、この幸せが、私の全てだと、もう一度、教えてくれた。

だからこそ、花の国を守りたい。

それだけが、この道を歩む糧なのだ。

その先にあるものが、かつて語り合った夢に繋がると、信じているから。

「いっぱい咲かせて、みんなで、お茶しようね。」

雲が流れ、陽光の梯子が、私たちに降り注いだ。



白妙の魔力への警戒は強い。

戦争へと足を踏み入れた今は、更に深みへと沈んでいる。

この辺りでの、僅かな魔力の漏れでは、気づかれる事はないだろう。

だが、王都に近づけば、そうはいかない。

故に、メルには、少し離れた場所で待機してもらうしかない。

如何に上手く魔力を隠せようとも、感情の音色が揺れた時、そこに共鳴してしまう可能性もある。

「だから、次の街で、待っていてほしいんだ。」

「嫌よ。」

「何故…。」

「テラは、裏切り者として、この国を出たのでしょう。何があるか、わからないもの。」

「今は、花の国の国王として、行くよ。それに、裏切り者として出たからこそ、魔族を連れて歩くわけには行かない。」

「魔力を隠すから、平気よ。」

「…王都には、美味しそうなお菓子や、香り高い紅茶が、たくさん売られているよ。平常心を保ってられるかな。」

「………。魔力、漏れちゃうかも…。」

メルは、王都の外れの街に滞在する事となった。


「心配だわ…。」

まだ、街まででさえ、長い道のりが彩られている。

それでも、既に、メルは不安を奏で続けた。

「木の指輪、絶対に外さないでね。テラの指輪は、とても特別だから。お守りだから。絶対だよ。」

メルは、何度も私の手を強く握り締め、繰り返し紡ぐ。

その瞳に映る色が、とても儚く感じ、私は微笑みを返すしかなかった。

「大丈夫だよ。きっと。」

少なくとも、諦めたりはしない。

花の国の民の為、みんなで育んだ彩りの為、そして、メルとフルールの為。

「絶対に、諦めたりはしないから。」

私の精一杯の微笑みを映すメルの瞳は、雫を抑えきれずにいた。


まるで、全てを見たかのようなメルの旋律に、私はメルを腕に包み、確かな鼓動を奏でる。

それでもメルは、溢れそうな魔力を抑え、私の身に危険が迫らぬ様にと、祈り続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ