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夜想曲『花の国』  作者: ことは
Primo movimento『花の祈り』
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第六楽章4節


まだ走れる馬は数頭。

ジェルベラは、その麗しき体躯を撫で、選別する。

「居間から言う者、私について来い。残る者は、ヴィオラに従い、プラタヌを筆頭とした魔族、そして砦を守れ。」

「打って出る気か。」

ジェルベラの言葉に、ヴィオラが反応した。

「他に何がある。シェラトン親衛隊は、この灯火の終末地を探しているのだぞ。」

ヴィオラは、何も言い返すことができない。

「だが、この数だ。当然、取り零す。」

「それを、魔法で穿てと…。」

プラタヌが、その手を見つめる。

残された魔力は、僅か。

それは、他の魔族も同じ。

「…ヴィオラ、すまなかった。」

「何だ、急に。」

「アコニの事…、本当に、すまなかった。」

「ここは、戦場だ。」

「それでも…。」

ヴィオラは、ジェルベラの言葉を遮るように紡ぐ。

「私は、お前が戻ってくることを信じているぞ、ジェルベラ。」

ジェルベラは、それに答えず、小さく微笑んだ。



折り重なる刃が降り注ぐ。

赤い花弁に埋もれようとも、我が身の欠片が空に舞おうとも、吐息に赤濁の澱みが満たそうとも、光を一つ失い、やがて全ての光を失おうとも、その剣を持つ指を失おうとも、腕が散ろうとも、足を失おうとも、そして、その首だけが残ろうとも、噛みつき続ける。

そこに壮麗は無い。

だが、何よりも荘厳に彩られていく。


シャルドンの元へ。

その道を絢爛に彩るべく、華々しく。


「私は、今、至福に辿り着いたのだ。」


ジェルベラの瞳に彩られた、最後の旋律。

この日、シャルドン親衛隊の崇高なる騎士の名が刻まれた。



「来るぞ、プラタヌ。」

その波は、弔いの詩を奏でる事さえ許さずに、勢いを増して迫る。

だが、動ける者は、退避に転ずる事ができた。

「我々は、花火を打ち上げようか。」

プラタヌは、僅かな笑みも彩らず、その手に魔力を纏わせる。

「ジェルベラへの、そして我々への弔いの花火を…。」

放たれた火は、畝り、押し寄せる波を穿つ。

だが、開いた穴は、流水の如く埋められ、刹那に勢いを取り戻す。

「簡単には、終わらせないさ。」

猛炎の姫、その名に相応しく、猛々しく荒げた咆哮と共に、重く鋭い一閃が、幾重にも煌めく。


ジェルベラの最後の選定に零れ落ちた男、アブリコには、託された想いがあった。

シャルドンが認めた守りの要、親衛隊が慕った慈しみの彩り。

それは、カレンデュラの花園に、凛と佇むアルストロメリアの如く。

故に、彼を花の国と共に歩ませたかったのだ。

その魂を以て、唯一無二の盾を為すべく。


漆黒の布が忍び寄る影を削り、花の国の盾が振り翳された刃を凌ぎ、花の国の剣が迫り来る剣を退ける。


共に歩んだ色彩の花弁が、空を尽くす様に舞う中で、自らの赤き花を咲かせながら。



流れ込む津波に抗う砦を抜けようと駆ける、複数の影。

それを導くのは、モーヴ。

だが、この足取りは重い。

留まりたいと願う心と、幾つもの彩られた凄惨な傷が、彼らに纏わり付く。

それでも、生き延びる為、テラとメルが戻りし時、その御旗を掲げる為、モーヴは手を離そうとはしない。


「何故…。」

その彼女の前に立つ影に、頬を伝う雫が溶ける。

「メルさんの聖域に行けとは言われたけど、戻ってくるなとは言われなかったから…。」

その手に宿る光が、瞬く間に彼らの傷を治し、心に宿る壊れかけた意志を癒す。

「チユさん、ありがとう…。」

モーヴは、そこに崩れ落ち、チユの柔らかい温もりに抱かれた。



「やはりか…。」

プラタヌが、聖なる魔力の奏でる空へ目を向ける。

「嬉しそうだな。」

ヴィオラは、プラタヌの盾を紡ぎながら、微笑んだ。

「まさか。彼女には、生きてもらわねばならん。」

プラタヌは、微笑みながら、迫る白妙に火を放つ。

「だから、我々が居る。」

「そうだな。できれば、早く聖域へ帰ってほしいが…。」


もう、魔力が無い。

放つ火は、その灯火を彩る。

「プラタヌ、漆黒の布を連れて、退避しろ。」

「もうその力も、残ってないよ。それに、我々は研ぎ澄まされし魔力のナイフを携帯している。」

「そうか…。」

柄を握る手が滑る。

「それを、貸してくれ。」

剣を掲げる力は、もう無い。

「構わないが、脆いぞ。その分、山ほどある。」

雪崩のような音色を奏でて、それが転がる。

「何処に仕舞っていたのだ、お前は…。」


魔族より託されし漆銀が、人族の掌で純白に煌めく。

その刃に赤き花弁を彩ることを、至高の尊しと奏でながら。



散りゆく花。

短き刃で抗える様な色彩など、此処には描かれていない。

もう、立っている者は、数えるまでもない。


「アブリコ、せめて、お前は逃げてくれ。」

ヴィオラは、動かぬ手を捨てアブリコの盾となった。

舞い上がる、その腕は、花弁を描き、空を染める。

「逃げません。私もまた、シャルドンの弟子ですから。」

「もういいんだ。生き延びた者達を、導いてくれ。」

「それは、貴女の仕事です、ヴィオラ様。」

「お前に、その任を、与える。」

残された腕を繋ぐ小さき刃で、振り翳された刃を受ける。

「アブリコ、お前の力は、未来にこそ活きる。無駄にするな。」

左腕一つで抗える様な数ではない。

壁となれる時間など、無に等しい。

それでも、未来に芽吹く種を守りたい。

「今を繋がなければ、未来など存在しません。」

アブリコの慟哭が、空を穿つ。


花の国の防人の心は、既に瀬戸際を超えていた。

誰よりも優しく、温かい騎士、アブリコだからこそ、その雫を止める事ができなかった。

決壊した彼の、麗しい旋律。

その彩りに、ヴィオラを何とか保っていた、張りつめた弦が、遂に、途切れた。


もう、私から、何も奪わないでくれ。

花の国騎士団長である私の首を捧げ、ここにある灯火に哀れを恵んで頂く。

その屈辱の懇願を、口に紡げば、彼らは報われる。


そんな甘美な夢など、ここにあるはずなどない。

「…………。」

誰か、誰か…。


その刃の波は、最後の願いさえも呑み込もうと、蠢く。



「随分と、荒廃しているのだな、花の国は。」

空を覆う影が、砦に咲き潰れる赤い花を覆う。

「ん…。違うよ。本当は、花に溢れた壮麗の楽園だった。」

その背に乗る小さな灯火が、虚な眼を擦り、その手に戻った力を確かめる。

「そうか…。ならば、果たせばならぬな。」


その影は、地を切り裂いた。

それは、砦に迫り来る白妙の波を分断させる。

「ここで、降りるね。」

小さな灯火は、その背を駆け、砦へ舞い立った。


「何でも好きな重さにする魔法。」


選択されたそれは、瞬く間に押し潰された。

そこには、赤き花さえ咲かない。

それは、抑えることのできない心の旋律が、爆ぜる音。


ただ、そこに彩られた気高き魂だけが、それを包んでくれる。


「ロベリア様…。」

その雫は、消えかけの灯火を優しく溺れさせた。

「プラタヌ、よくやった。ヴィオラ、本当にありがとう。」

「私は、花の国の盾。礼を言うべきは、私…。」

嗚咽に崩れるプラタヌを横目に、ヴィオラが音色を紡ぐ。

「ここは、私の友の楽園。それを守り続けた。これ以上の宝はない。」

花が燃え尽き、石造りは崩れ落ち、散った花弁が踏み躙られようとも、彼らは、守り抜いたのだ。

「ロベリア様、その魔力は…。」

掠れた声で、プラタヌが囁く。

「削り落ちた。二度も禁断魔法を使ったのだ。これで済むのなら、安い。また積み上げれば良いだけだ。」

ロベリアは、温かい音色で、プラタヌを包んだ。


「それもそうだが…、その…随分と縮んでる…。……背が…。」

ヴィオラは、震える音色で言葉を紡ぐ。

「え…。」

ロベリアは、音色を失った囁きと共に、手に持っていた、荘厳たる絢爛の宝玉が如く悠久に煌めく愛と絆の最強の杖Ⅶ世を落とした。

その素朴な杖に名をつけたのは、言うまでもなくメルであり、ロベリアが生涯で扱った杖は、この継ぎ接ぎだらけの枝のみである。

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