第六楽章3節
ヴィオラとジェルベラの元に、プラタヌが駆け寄る。
もう、何を為すべきかを話し合う時間さえ残されていない。
ヴィオラは、チユを呼んだ。
「プラタヌ殿、チユを連れて、弔いの聖域に行ってくれ。」
ただ、成すべきことは、一つある。
チユだけは、失うわけにはいかない。
「ならば、この指輪を、チユ殿に預けよう。」
プラタヌは、微笑みながら、木の指輪をチユに渡した。
「私も、残ります。」
チユは、揺らぐ事のない瞳を奏でた。
「頼みたいことがあるんだ。怪我が治ったとはいえ、もう戦えぬ者が、ここには数え切れぬほど居る。彼らを、メルの施した地へ連れて行ってくれ。」
ヴィオラは、チユの頭を撫でながら、優しく微笑んだ。
「では、貴女たちは…。」
「我々は、まだ暴れ足りなくてな。」
ジェルベラが、高笑いを奏でる。
それが、装飾である事など、チユでも理解していた。
だが、抗う時間さえ、もう無い。
チユは、目を伏せ、小さく頷く。
「チユさん、また会いましょうね。」
モーヴが、チユを抱きしめ、二人が雫に溺れる。
刹那の凪が、優しく彩られた。
「モーヴ、君も行って良かったんだよ。」
プラタヌが、優しく声をかける。
「私は、戦力外ですか。」
モーヴが、静かに微笑んだ。
「まさか。君ほど優秀な足止め魔法を扱う者は居ないよ。」
プラタヌは、一人一人を、よく見る軍師だった。
「だが、君は、争いが苦手なのだろう。」
だからこそ、誰もが、彼を失いたくないと願う。
「私は、メル様に憧れていましたから…。」
「それは、素晴らしい。メル様の想いを、未来へ繋いでくれ。」
だからこそ、誰もが、彼に付き従い、共に戦う事を望んだ。
その旋律は、静寂と共に辿り着く。
まるで、平穏を奏でるかのように、花の砦を囲む。
静かに張られた弦は、解き放たれる、その時を待つ。
一つの腕が、空へと掲げられた。
それは、終焉の始まり。
鉄の雨が、空を黒く染めた。
降り止まぬ轟音に、拠点から出られる者など一人もいない。
漆黒の布が前線に立ち、城壁に沿うように火を焚べる。
だが、それに怯むような意志など、そこには一つも無かった。
這い上がる影は、燃え尽きても尚、次の影を誘う。
砦内への侵入。
それは、速やかに果たされた。
鉄の雨が止み、花の国の騎士と漆黒の布が陣を組む頃には、抗えぬ彩りが全てを支配した。
待っていたのは、蹂躙。
我が指揮官に迫り来る刃を止めるべく、モーヴは全ての魔力を尽くして、勇み寄る足に魔力を纏わり付かせた。
だが、それを踏み台に、新たな刃が迫り来る。
モーヴには、もう為せることが一つも残ってはいない。
故に、携えた短剣を抜き、その灯火を最後の武具とした。
「退け、モーヴ。」
モーヴの肩を掴み、後方へ投げ捨てる。
吹き飛ばされた彼女は、奥の部屋へと流れ込んだ。
今は、そうするしかない。
「ここから先は、私の舞台だ。」
ゆっくりと抜かれた剣は、漆黒を纏い、アルストロメリアが刻まれている。
「シャルドンの名に沈め。」
その一閃が、瞳に映る影を、全て薙ぎ払った。
「我が名は、ジェルベラ…、おや、もう聞く耳など持たぬか。」
それを踏み付け、空を仰ぎに出る。
その姿は、儚くも、威風堂々と彩られていた。
「怪我をした者は下がれ。支援に回るんだ。身の軽き者は、着いてこい。」
ヴィオラの咆哮が、空を貫く。
「かつては忌むべき名だったが…、猛炎の姫を、もう一度、刻んでやろう。」
その刃は、旋律に揺らめく。
故に、筋が見えず惑う。
ヴィオラと対峙した者が最後に見たのは、その白銀の刃に刻まれたアルストロメリア。
彼女の通る道には、ただ赤い花弁だけが舞う。
その姿、まさに闘神。
猛炎を纏いし姫が、ここに邁進する。
故に、後に続く者達は、その丈を超える炎へと滾らせることができた。
その渦は、身を焦ながらも、想いだけを彩り続けた。
高き地に立つというのは、その身を知らしめるためではない。
全てを見渡し、全てへと繋ぐ。
それは、大事やの如く這い巡り、蜘蛛の巣の如く絡み付く。
彼の持つ魔法は、至って単純なもの。
「火に踊れ。」
プラタヌは、静かに、それを唱えた。
瞬く間に畝り狂う、火の蛇。
単純が故に、膨大な魔力を注ぎ込める。
それは、意思を持つかのように、白妙を喰らい、砦を駆け巡った。
それに続く漆黒の布が、取り零した灯火を、凍りつかせ、あるいは溶かし、そして、焼き払った。
それらは、まるで、終焉の兆しを彩るかのように舞う。
だが、希望が芽生え始めたからこそ、絶望は、より重く影を彩る。
それが、白妙の狙い。
グランドシンフォニーの本当の力。
その蹄は、それまでの比とはならぬ重さ。
本来ならば、勝ち筋を見せて、緩んだところを押し潰すはずだった。
それでも、欺かしの光では、ここに残る精鋭に、綻びは生じない。
それも、想定内。
名の通る猛者の連なりが、花の砦の防人の魂を挫く。
「逃げろ…。」
それを口にしたのは、ヴィオラ。
揺れる音色は、風に散る。
「動ける者は、砦を離れ、生き延びよ。」
ヴィオラは、可能な限りの息を呑み込み、叫んだ。
「テラ様とメル様が戻るまで、生き延びるのだ。砦は、また建て直せばいい。直ちに逃げよ。」
ヴィオラは、その旋律を奏で終えると、落ちていた剣を拾い、歩み出す。
「怪我をしている者は…、すまない…、共に散ってくれ…。」
「断る。この舞台は、誰にもやらん。」
ジェルベラが、その旋律を踏み潰すように叫んだ。
「ここだ。我々、シャルドン親衛隊が求め続けた終末地に、遂に至った。剣を持て、華々しく散れ。シャルドン様の元へ、駆けるのだ。」
その咆哮と共に前に出るのは、僅か十数人。
だが、まともに動ける者は、その中でも数人。
そこに立つ、満身創痍の影。
「お前は、シャルドン親衛隊ではないだろう。」
ヴィオラへと目を向け、ジェルベラは微笑む。
「当たり前だ。私は、花の国の盾だからな。」
ヴィオラの顔に、光が戻る。
その彩りを見つめ、歩み寄るのは、プラタヌ。
「本当に、人族の言葉というものは、人を惑わすな。」
プラタヌは、二人の肩を抱き、微笑んだ。
「共に、抗おう。最後まで。」
小さな風が、アルストロメリアの御旗を揺らした。
「モーヴ、魔力は幾らか戻ったか。怪我で動けぬ者を、出来るだけ遠くへ連れて行ってくれ。」
横に立つ彼女へ、プラタヌは微笑んだ。
「私たちも、共に散ります。」
それを遮ったのは、プラタヌの穏やかな手。
「何も言うな。また、会おう。」
ここに残る数名と、三人の騎士が、城壁へと立つ。
「我々の名は、ここに刻まれるぞ。心が震えるな。」
ジェルベラが、拳を強く握る。
「その震えが、肢体に伝わらんようにな。」
ヴィオラが、穏やかに微笑む。
「君たちと居ると、私まで豪傑になれた気分になる。」
プラタヌが、二人の背に触れる。
それを包まんとする闇が、静かに降り始めた。




