第五楽章13節
挿し木に灯る淡い光。
それは、弔いの聖域に芽生えた。
既に、その轟音は、ここにまで響いている。
「剣と布、それぞれ必ず組んで動け。」
プラタヌが、総員へと奏でた。
その小さな音色を狼煙に、全てが動き出す。
ジェルベラは、剣を掲げ、駆けながら咆哮を奏でる。
「我々は、聖剣シャルドンに慕いし剣。
麗しき色彩に焦がれ、磨いてきた。
それは、我々の魂そのもの。
それを奪ったのは誰だ。
それは、ここにある。
今こそ、その仇を成さんとする時だ。
悦べ、我が兄弟達よ。
我々の掲げた宝剣が、悲願を果たす時が来たのだ。
悦べ、我が兄弟達よ。
その為に散りゆく灯火に、至福を謳歌せよ。
歓喜の雄叫びをあげよ、猛者達よ。
華々しく散る甘美を携え、シャルドン様の元へ還るのだ。
だが、忘れるな。
我々は、花の国の剣。
ここにあるのは、守るべきもの。
今まさに、盾が、それを全うしている。
だが、盾は、凌げようとも、退けるに至らん。
故に、剣を掲げよ。
今こそ、花の国の剣を誇るのだ。
努々、忘れるな。
盾は、剣を以て成し、剣は、盾を以て成す。
我々は、騎士だ。
施された報いは、必ず果たせ。
あの日の花を忘れるな。
あの日の茶を忘れるな。
あの日々の色彩を胸に刻め。
さあ、行くぞ。
我が魂の連なりよ。
シャルドン様の剣達よ。」
それは、咆哮と呼ぶには、あまりに荒々しく、雄叫びと呼ぶには、あまりに壮麗だった。
呼応する連なりは、花の砦を包み、赤く咲き乱れた花々に、唯一の御旗を靡かせた。
その紋章は、黄色のアルストロメリア。
誇るべき、花の国の彩り。
「ジェルベラよ、人族というのは、いつも戦いの前に詩うのか。」
プラタヌが、ジェルベラの側により、囁く。
「そうだ。みな、私ほどではないがな。私は、これがやりたくて、上を目指した。」
「名誉のためではなく、詩う為に、目指したのか…。」
プラタヌが、小さな驚きの音色で呟いた。
「名誉は、シャルドン様の弟子になれた時点で叶ったからな。」
その笑顔は、無垢な少年を彩り、いつかの反響を映す。
それが、ここに疼く痛みを和らげた。
「そうか。お前達は、無骨な詩を奏でるのだな。」
「嫌いか。」
「いや、力が漲るよ。」
淀みない想い。
それは、人族と魔族を繋ぐ、小さな旋律。
「だろう。次からは、プラタヌ達も真似るといい。」
「次があれば良いが…。」
「我々は、それを繋ぎに来たんだ。」
「そうだな。」
やがて、分つ道に着き、その視線で、互いを称えた。
その剣は、壁を断ち、その魔法は、枷を燃やす。
散る花弁に、咆哮を奏でながら。
暗い通路に潜む二つの影は、それを追う鉄に彷徨う。
「こっち。」
チユは、入り組んだ先を見据え、指し示した。
「…大丈夫。」
アリウムが、心配そうにチユを覗き込んだ。
「ここまで来れば、大丈夫。」
「そうじゃなくて…。」
「今は、受け止めてる場合じゃない…。行こう。子供達を集めて、中央部に行かないと。」
もう、荒野の牙が関わっていい状況ではない。
「アリウム、もう、ヴィオラさん達を待つだなんて、言わせないよ。」
チユは、初めからわかっていた。
それでも、ラシレだけなら、切り抜けられると信じていた。
チユ自身もまた、子供であり、正しい選択なんてできないと、ようやく知ることができた。
だが、それは、あまりにも遅かった。
「何が正しかったかなんて、後でないとわからん。今は進め。」
ヴィオラは、負傷した花の国の盾を支え、砦内の拠点へと歩む。
「ですが、私を連れて歩くなど、危険過ぎます。」
「どうなるか、分からんと言っているだろう。黙って歩け。」
暗く小さい部屋、それが、花の国の盾の拠点。
だが、そこに充分に収まるほどの灯火しか、残されてはいない。
「散るなら、せめて、共に…。」
アリウムが、メルとの約束を果たせさえすれば、もう、己の灯火は必要ない。
弔いの聖域のある空を、瞳に映し、ヴィオラは、静かに祈る。
刹那の静寂を彩り、再び抜いた剣は、空を穿つ様に掲げられ、灯火を賭した最後の足掻きを奏でた。
砦中央部、そこに集まる怯えた影。
遂に、約束を果たすべき時は来た。
「駄目だ、チユ。君も来るんだ。」
アリウムの悲痛な音色が響く。
「いい。私は残ると決めていたから。」
チユは、ただ、自らの足元を見つめている。
「なぜ…。」
「私には、やり残したことがあるから。」
「こ…、これは、執政官としての命令だ。チユ、君も来るんだ。」
チユは、その言葉に、僅かな笑みを零す。
「頼もしいね、アリウム。でも、私は、花の国の民じゃない。」
その笑みは、刹那に溶けた。
「私は、荒野の牙だよ。」
その音色が響くより早く、この部屋を守る扉が轟音を奏でる。
それと同時に響き渡る怒号。
「白妙に囲まれた…。」
それは、誰の音色かはわからない。
ただ、それを探さずとも、そこに集う者達には、深い影と、抗えぬ真実が纏わりついている。
「大丈夫だよ。この子達が、道を知っている。」
チユは、優しく微笑む。
「ラシレが残してくれた道だよ。」
その笑顔は、見る者全ての言葉を奪った。
「さあ、行こう。」
子供達を先頭に、狭き通路へ灯火が流れ込む。
「さようなら…。」
チユは、その影さえも見えなくなるのを、ただ眺め、小さく囁いた。
中央部と通路を繋ぐ穴を破壊し、チユは扉を見る。
破られるのは、時間の問題だろう。
「ラシレ、待っててね。」
静寂の世界に、小さな音色が落ちた。




