第五楽章12節
白妙の連なりには、幾つかの武具が紛れ込んでいる。
それは、進軍の際に損傷した物を、使える物に変えてきた為だ。
その中に、エシナセの知る武具が紛れ込んでいた。
「エシナセ、いいか。私はお頭だけど、やり方は、みんなと一緒だ。何せ、私が教えたんだからな。だから、撃つよりも逃げる。これは、変わらない。」
ラシレの心に過ぎる、シャルドンとの対峙の彩り。
「私は、…強くない。だから、何があっても、まずは逃げる。これだけは、絶対に守ってくれ。」
ラシレが、エシナセの方を掴み、強く囁く。
「うん、わかった。」
それに呼応して、エシナセもまた、強く頷いた。
響く鉄の音は、未だ衰えず、ひたすらに赤いせせらぎが砦を満たしていく。
花の国の盾が見た、散らばる仲間の欠片。
その表情に、かつての喜びは枯れ果て、歪な叫びが取り残されている。
夢を紡いできた地。
愛を育んできた地。
生を営んできた地。
民の想い。
メルの想い。
テラの想い。
崩れゆく彩り。
消え失せた旋律。
彼は、剣を持ち続ける力を手放した。
迫り来る幾つもの刃に、仲間の元へ行けることに歓喜さえした。
「諦めるな。」
叫んだのは、ラシレ。
まずは逃げる、何があっても。
それを守り切れるほど、大人ではない。
それは、お頭であっても、変わりはしない。
故に、他の牙に抱えられるようなものではなかった。
「父ちゃん。」
その叫びは、白妙の御旗の元へと響く。
エシナセの紡いだ音色は、ラシレを振り向かせた。
だが、それよりも早く、エシナセは飛び出していた。
惑う事なく向かう先は、一つの武具。
その中に潜む悪意の音色に、気づく事なく。
振り翳された刃は、目の前の男の灯火を容易くもぎ取り、エシナセへと向けられた。
「待て、エシナセ。」
ラシレは、持っていた全ての小石を、その武具へと浴びせる。
こんな物では、討てるはずもない。
だが、怯ませる事はできる。
その武具に抱きつこうとするエシナセを抱え、その場を離れようとするも、ラシレは拒まれる反動に、勢いを失った。
「エシナセ。逃げるぞ。」
「父ちゃんなんだ。」
そうかもしれない。
だが、彼の持つ刃は、エシナセに向けれている。
ラシレは、短剣を抜き、その刃と対峙した。
「父ちゃん…、誰と間違えている、この餓鬼は。」
聞き覚えのない声。
エシナセは、その音色に、世界から色彩が溶け落ちるのを見た。
この武具は、両親が結ばれた事を祝い、仲間達が作った、特別な彩り。
故に、唯一無二の存在。
「何故…、お前が、それを着ている…。」
エシナセから零れ落ちた、小さな音色。
答えは、朧げに掴んでいた。
だから、聞きたくない。
だけど、知っておきたい。
それが、何を齎そうとも。
「以前の武具がは損したのでな。この持ち主の散り様は、滑稽だったぞ。」
この男は、理解している。
この武具の持ち主が、エシナセの父であると。
だからこそ、その歪な笑みを浮かべたのだ。
「…………してやる…。」
ラシレが動くより早く、エシナセは飛び出した。
硬く握られた拳に、迷いはない。
討てなくとも、勝てなくとも、これを届けなければならない。
これは、弔いだ。
これは、報いだ。
これは、復讐だ。
そんな子供の戯曲に、戦場という旋律が、応じるはずもない。
彼の持つ刃は、小さな灯火を貫き、赤い花を咲かせた。
「エシナセ、逃げろ…。」
エシナセの瞳に彩られたのは、赤に溺れる愛する人。
「さあ、お前も、散れ。」
再び振り翳される刃。
光悦の不協和音が、エシナセを覆う。
「ラシレ、ずっと大好きだった。今も、ずっと。」
エシナセの頬を伝う雫が、ラシレへと零れ落ちる。
「そうか…、やっとわかった。これが、恋ってやつなんだな。」
ラシレは、穏やかに微笑みを彩った。
「私もだ、エシナセ。私も、お前が好きだ…。」
ラシレの吐息が途切れる刹那、その刃は、エシナセへと振り落とされた。
チユは、足が速い。
荒野の牙の誰よりも。
だからこそ、戦いを苦手としながらも、ここまで生き延びた。
それは、少しずつ自信へと積み重なっていく。
故に、今、駆けることができる。
だが、その自信は、この刹那、崩れ落ちた。
赤い花に夢を見る、最後の家族、ラシレ。
それを守るように抱く、大切な仲間、エシナセ。
チユの光。
荒野の牙の希望。
この足が壊れようとも、それだけは、守る。
チユは、大声を出した事はなかった。
だから、これが、生まれて初めて。
チユは、自ら敵陣に飛び込む事はなかった。
だから、これが、生まれて初めて。
「こっちを向け、白妙。」
その咆哮は、幼く、可憐で、何よりも力強い雷鳴となって響いた。
エシナセへと振り落とされる刃は、僅かに揺らいだ。
間に合う。
チユを彩る願い。
だが、それを掴んだのは、アリウムだった。
「駄目だ、君まで失うことになる。」
アリウムは、理解していた。
その距離が、チユの願いを既に壊していた事を。
どれだけ足が早くとも、その願いが叶わない事を。
だから、せめて、その色彩だけは、見せるわけにはいかない。
アリウムは、チユを力の限りに抱き寄せ、その最後の彩りを背に受け止めた。
その腕を振り解き、ようやく顔を覗かせたチユの瞳を貫いたのは、一つの彩り。
その花弁は、ただ静かに、空を舞っていた。




