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夜想曲『花の国』  作者: ことは
Primo movimento『花の祈り』
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第五楽章8節

「ロベリアちゃん、それは物を動かす魔法とは違うの。」

幼いメルが、不思議そうな彩りを奏でる。


これは、夢だ。

早く醒めなければ。


「違うよ、メルちゃん。重さを変えるんだ。石を空気より軽くすると浮くんだよ。凄いでしょ。」

でも、このまま、見ていたい。

「じゃあ、浮かせる魔法なんだね。」

メルの微笑みが、陽光に煌めく。

「逆だよ。重くする方が、楽なんだ。軽くすると、ね。もう魔力が尽きちゃった。」

「ということは、何でも好きな重さにする魔法だね。」

メルは、浮力を失った小石を拾い、瞳を輝かせる。

「何それ…。重力操作魔法っていうんだよ。でも、レーヌが、無闇に使っちゃダメだって。」

「可愛くないから、何でも好きな重さにする魔法にしようよ。」


このまま、ずっと、ここに居たい…。


「しまった…。」

枯渇した魔力に、意識を奪われていた。

ロベリアは、慌てて戦況を確かめる。

背後の森では、ぶつかり合う咆哮が、空を貫いている。

目の前に彩られた旋律は、不協和音の孕まれた静寂が赤い花を咲かせている。

そこに、動くものは、一つもない。

「このまま、終わってくれれば良いが…。」

一度、枯渇した魔力は、眠らなければ満たされない。

故に、意識を奪われる。

だが、この短時間で得られる魔力など、高が知れている。

それでも、禁断魔法の行使による反動が、これで済んだと仮定すれば、幸運だ。

ロベリアは、地平に揺らぐ砂塵を見据え、その音色を嗅ぎ分ける。


「そうか、許してはくれぬか…。」

背後の咆哮は、沈みゆき、漆黒が地の利に生き抜いた事を教えてくれる。

「だが、二人が約束を果たしてくれる時間は、稼げた。」

遠く揺らめく白妙の御旗。

それは、少しずつ、緩やかに、そして、静かに、魔族の国を蝕んでいく。


最早、これは津波ではない。

微かに聞こえる咆哮は、熱く、触れるものを溶かす。

その穏やかな蹄の奏では、阻む岩を削り取る。

白銀のそれは、整然と連なり、緩やかに流れ込む。


「白き溶岩…。」

ロベリアの手に残る、僅かな魔力。

それを握りしめ、静かに微笑む。

「始めようか…。」

だが、ロベリアにとっての、僅かな魔力は、漆黒の民にとっては、計り知れない魔力。

それを少しずつ削り、砂を寄せ集める。


禁断魔法の反動が、意識を混濁させる。

肢体を巡る赤が、逆らい始める。

背中に感じるのは、瞳を輝かせたメルの影。

「最後まで、足掻かせてもらうよ。」

それは、聳え立つ壁となった。

「私は、この森が好きなんだ…。」

メルと遊んだ丘、共に駆けた木々、共に浴びた木漏れ日、共に奏でた囀り、どれもが、ロベリアの代え難き宝物。

「どうだ、砂塵が纏わりついて、不快だろう。メルちゃんが、一番、嫌がった魔法だ…。」

金切音が風に舞い、その砂塵へと絡みつく。

「これは、どうだ。煩くて叫びたくなるだろう…。」

粘つく雨が、緩やかに舞い、砂塵を張り付ける。

「そうだ。忘れるところだった…。メルちゃんに悪戯した後は、お花を見せてあげないと…。」

振り翳した指先に、ほのかな光が生まれるが、それは、何も生まなかった。

「…魔力が尽きてしまったか。」

その瞼に彩られる、鮮やかな遠い旋律。

「メルちゃん…、笑ってくれないの…。」

掠れゆく反響が、静かに沈んでゆく。


遠く、漆黒の塔に煌めく刹那の魔力が、現を知らせる。

「メルちゃんの手品、私も見たかったな…。」

ロベリアは、枯渇した魔力の混濁の中で、その煌めきを感じ、目を伏せた。

「ありがとう。そして、さようなら。」

誰にも届かぬ音色は、地に咲く黄色の野花を揺らした。

最早、立つことさえできない足に、拳を叩き付け、影を揺らす。

魔力が尽きようとも、この身が残されている。

意識が混濁しようとも、微睡みまでの猶予はある。

「最後の、お遊戯の時間だ…。」

まだ遠く離れた白き溶岩に、震える手を伸ばし、その掌を、微かに握りしめた。



陽光を覆う影。

雲が霧散し、塵へと消える。

刹那の風が吹き荒れ、静寂へと塗り潰される。

それは、圧倒的な力。

魔族も人族も及ばぬ聖域。


「何だ、メルではないのか。」

その音色は、穏やかに紡がれ、暖かく包み込む。

だが、それは、全てを支配した。

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