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夜想曲『花の国』  作者: ことは
Primo movimento『花の祈り』
59/115

第五楽章6節

月が、花の砦を彩る。

アルストロメリアがそよぎ、安らかな音色を奏でた。

「良い風だ。」

ヴィオラは、荒野を見つめている。

難は去った。

だが、それは、第一波に過ぎない。

遠く見えぬ影は、確かに蠢いている。

津波は、これから来るのだ。

対して、花の国の盾の傷は、浅くはない。

ラシレ達の影の活躍があったからこそ、この傷で済んだ。

それでも、子供達に、危険な真似はさせられない。



中庭に集まる、荒野の牙。

「いいか、今回の作戦は失敗だ。」

ラシレは、その中央に立ち、神妙な彩りを紡いだ。

「でも、勝ったよ。」

子供達が、不安そうな音色を奏でる。

「勝ったのは、大人達だ。荒野の牙は、何人が怪我をした。五人だ。五人もだ。かすり傷かもしれない。でも、上手く逃げられなかった証拠だ。」

ラシレの言葉に、子供達が目を伏せる。

「誰のせいだ。お頭である、私だ。…だけど、謝らないぞ。その代わり、次は、成功させる。」

「謝らないんだ…。」

チユが、静かに微笑んだ。

「だから、お前たちも約束してくれ。必ず逃げることを優先するんだ。もう少しできそうだと思っても、助けなきゃって思っても、ほんの少しでも怖いって思ったら、ほんの一瞬でも危ないって思ったら、逃げろ。私たちの必殺技を忘れるな。」

ラシレは、拳を差し出した。

チユが、そこに拳を合わせる。

やがて重なる拳は、一つの想いを奏でた。

「明日も明後日も、毎日、みんなで集まる。これが荒野の牙の掟だ。」

中庭に繋がる扉。

そこに背を預けるのは、ヴィオラ。

やめさせるための言葉を準備していた、その口は、代わりに微笑みを奏でていた。



中庭に集まった子供達が、それぞれの部屋に戻ろうする中で、小さな囁きが、チユを引き留めた。

「あの、チユさん、相談が…。」

「どうしたの、エシナセ。」

彼は、視線を合わせず、ぎこちない音色を奏でる。

「ラシレさんのことなんだけど…。」

「ラシレが、どうかしたの。」

チユは、微笑みを彩りながら、次に紡がれる言葉に、緊張を隠せずにいた。

「あの…。」

刹那の静寂が、永遠に感じる。

ここで、荒野の牙に歪みが生じることだけは、避けたい。

例え、小さくとも、チユにとって、荒野の牙にとって、これは守る為の戦いなのだ。

だが、もし、その恐怖に耐えられないのであれば、その限りではない。

だから、エシナセが、どの様な選択をしようとも、チユは受け止める覚悟を噛み締めた。

「ラシレさんって、好きな人は居ますか…。」

チユの的は、大きく外れた。

「……え。」

「いえ、あの、何でもないです…。」

「いいのよ。でも、どうかな。あの子、そういう事には、疎いから。きっと、自分では気づかないと思うよ。」

「ということは、やっぱり、居るんですね…。」

「エシナセの目には、居る様に、見えてるのかな。」

「…見えてないです。」

「そうよね。だって、ラシレだもの。」

少し照れた微笑みが、中庭にこだました。

「それじゃあ、おやすみなさい。」

チユは、手を振り、エシナセを見送った。


「今日は、月がとても綺麗ね。」

その瞳に、穏やかな空を彩り、部屋に戻ろうとしたチユに、ラシレが声をかけた。

「チユ、相談したい事があるんだ。」

「…いつから、そこに居たの。」

「えっと、小腹が空いたから、つまみ食いしに行って、チユの部屋に行ったけど、居なかったから、ここに来たんだ。」

「そう…。それは、本当に良かったよ…。」

「怒らないのか。」

「何を…。」

「つまみ食い…。」

「後で、お説教するつもりよ。」

「…。」

チユは、微笑みのため息を彩る。

「それで、どうしたの。」

チユの言葉に、ラシレは、真剣な眼差しを彩った。

「あのさ、恋って何だ。」

「……え。」

エシナセとの会話を聞いていたのだろうか。

でも、ラシレは、つまみ食いをしに行って、今、来たところだと言っている。

ラシレは、嘘をつける子じゃない。

でも、その言葉は、何かを知っている。

確かに、ラシレは勘が鋭い。

でも、それは、生きることに対してであって、恋愛には疎いはず。

ラシレが、勘付くはずはない。

いや、勘付いていたとしても、良い気もする。

その方が、先に進むから。

でも、恋って何だと聞いているということは、エシナセの想いを知って、どうして良いのか分からずに、悩んでいるに違いない。

血は繋がらなくとも、ラシレは、チユのお姉ちゃんで、チユは、ラシレの妹、その彩りの中で、灯火を紡いできた。

ならば、姉妹として、力をかさなくては。

その想いが熱く滾り、想いを繋ぐ天使となる覚悟を決めた。

「恋というのは、いつも、その人を想って、その人を見つめて、その人と何をしたいか想像して、その全部が幸せだと感じることかな。」

「そうか。チユは、そうなったことあるのか。」

「…………ない…。」

「無いのか。あのさ、聞いてくれ。チユが、今、私に教えてくれたこと、確かに、そうなんだ。」

「好きな人がいるの、ラシレ。誰なの。」

想像を絶する彩りが、チユに眩暈を押し付ける。

「好きな人かは、わからない…。でも、エシナセの事を、いつも想ってしまうんだ…。」

その刹那、チユは、乱舞を抑えきれなくなった。



月は、遠く離れた漆黒の塔へも届く。

その灯りは、息を潜める魔族の民を、優しく包む。

渓谷での戦いから、大きな動きはない。

だが、その静けさが、やがて来る津波の大きさを彩っている。

「プラタヌ、恐らく三日以内に、白妙は攻めてくる。」

「そうですね。早ければ、明日にでも…。」

「…これを、首に下げよ。」

ロベリアが、渡したのは、メルから贈られた木の指輪。

「絶対に、はめるなよ。はめていいのは、私だけだ。絶対にだぞ。本当に。」

「心配なら、その瞬間まで、お持ちになればいいのでは…。」

「その瞬間に、渡せるとは限らんだろう…。」

ロベリアが、指輪を通した首飾りを、中々、手放そうとしない。

「ロ、ロベリア様…。」

「わかっている。……メルちゃん…、許してくれ…。」

「預かるだけでしょう…。どうして、そこまでして…。」

プラヌタの手のひらに彩られた、愛の印である木の指輪を、いつまでも名残惜しそうに撫でながら、ロベリアは、静かに奏で始めた。


「何かあれば、魔族を集め、挿し木に触れ、この指輪に魔力を込めよと言われた。だが、そうする事で、何が起こるかは、聞いていない。メルちゃんのことだ、悪い様にはならない。だが、あの子は少し抜けている。何が起こるか、伝え忘れたのだろう。全く、世話の焼ける…。いや、世話したい。会いたい。会いに行っても良いと思うか。いや、駄目だ。いつ、白妙が攻めて来るかもわからぬ今、ここを離れるわけにはいかない。そうだろう、プラタヌ。」

プラタヌが、肩を弾ませ、ロベリアを見つめる。

「私に、話しかけていたのですね…。」

「他に、誰も居らんだろう。」

「そうですね…。果たすべき事は、必ず果たします。ですが、それは、ロベリア様がしても、問題ないのでは…。」

「私は、全てを見届ける。それが、王としての務めだ。」

「ロベリア様は、本当に、変わりませんね…。いや、メル様と再会してから、急にメルちゃんと呼び出したり、想いを隠さなくなったところは、大きく変わりましたが…。」

「王のプライベートを、詮索するな…。」

頬を薄紅に染め、ロベリアは、鋭い視線を突き付ける。

「目を逸らしても見えるほど、溢れ出てますよ…。」

その視線に、プラタヌは、ため息で応えた。



この先に待ち受けているものの大きさは、誰もが理解している。

故に、今だけは、甘美なる凪を、強く抱き、ひたすらに撫で続けた。


その凪を打ち破る旋律は、暁と共に奏でられる。

鈍く低い音色は、魔族の森を呑み込まんと迫り来る。

それは、異様なほどに緩やかに、しかし、揺らぐ事はなく、侵食を始める。


「プラタヌ、ジェルベラ殿、良いな。約束は、違えるなよ。」

迫り来る巨大な影を眺めながら、ロベリアは、強く囁いた。

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