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夜想曲『花の国』  作者: ことは
Primo movimento『花の祈り』
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第五楽章5節

花の砦に響く、子供達の音色。

ラシレの弾む声に、駆け寄る子供の声が呼応する。

「今日は、何の訓練をする。荒野の牙たちよ。」

誇らしげに、ベンチの上に立ち、可憐な咆哮をあげた。

その過酷な訓練は、いつも変わらない。

今日も、こうして追いかけっこが始まるのだ。


陽光に風が舞い、城壁に立つヴィオラの髪を靡かせる。

「静かだな。このまま静かに終えれば良いが…。」

「ヴィオラ殿に、静かは似合いませんよ。」

「ソージュ、乙女に何てことを言う。」

横に立ち、共に荒野を眺めるソージュに、ヴィオラは笑う。

「ヴィオラ殿は、もう乙女を名乗れる歳では…。」

ヴィオラの硬い拳が、ソージュの脳天を貫いた。

「だが、そうだな。派手に暴れよう。私達は、無骨な騎士だ。お上品な立食パーティーは、似合わない。」

「お上品なお茶会とは、言わないのですね。」

「当たり前だ。それに、最近は、酒より茶の方が好きだ。」

「メル様も、喜びます。」

「ならば、メル様が帰ってきた暁には、そう伝えてくれ。」

「共に、伝えましょう。」

荒野を揺らす風が、静かに水面に触れた。

その波紋が、忍び寄る波に溶け合い、やがて、荒ぶる壁と成って、花の国を呑み込もうしている。



その蹄の連なりは、陽光が頂に触れる頃に、花の砦を捉えた。

民は、中心部に集められ、門が固く閉ざされる。

そこに、アリウムは立っていた。

「僕も、戦います。」

その言葉に、ヴィオラは視線を合わせることはない。

「執政官殿よ。貴方の責務は何だ。ここに留まり、然るべき時に、然るべき道へ導く。それが、貴方の務めだろう。」

アリウムは、その指を包む木の指輪を握りしめ、ただ俯くことしかできなかった。


中心部から少し離れた中庭。

ここは、花の国の民の灯火が眠る、弔いの聖域。

そこに、静かに揺らぐ挿し木。

それを囲む様に、荒野の牙は囁きを奏でる。

その始まりは、ラシレ。

「私達は、荒野の牙だ。私達の力を見せる時だ。お前達の父ちゃんや母ちゃんは、戦争に喰われた。私達の父ちゃんと母ちゃんもそうだ。それに…、ここに眠る兄妹たちも…。戦争で最も強いのは、何かわかるか。」

「剣…。」

「違うな。」

「盾かな。」

「違う。」

「わかった。城壁ね。」

「違う。お前たちは、お子様だな。」

「ラシレ、貴方も、お子様でしょう…。」

誇らしげに立ち上がるラシレに、チユが囁いた。

「うるさいな…。答えは、逃げ足だ。私達は、一度、最強の剣士と戦ったんだ。…私達は、それに負けた。でも、再機能の必殺技を覚えたんだ。お前たちとやってきた、過酷な訓練を思い出せ。」

子供達の心に蘇る、追いかけっこの日々。

「私達の逃げ足は、花の国最強だ。それに、抜け道だって、たくさん作った。どこからでも、この秘密基地に辿り着ける。」

ラシレは、拳を空高く掲げた。

「荒野の牙は、荒野の牙の戦いをするぞ。ここに居るのは、私達の新しい父ちゃんと母ちゃんだ。私達の牙で守るんだ。」

子供達が立ち上がり、共に拳を掲げる。

「勝つぞ。」

小さく可憐な咆哮は、雲を貫いた。



忍び寄る鉄の音色。

それを見逃す様な瞳は、ヴィオラには無い。

知らぬ吐息を装い、その時を待つ。

引き寄せられる鉄の連なりが、そこに留まる頃、空を雨が覆う。

幾つもの弦鳴が、耳に囁く頃、そこに赤が咲き乱れた。


それは、始まりの彩り。

礫が交い、雨が地に刺さり、それでも途絶えぬ音色に、遂に剣の交わりが旋律を奏でる。

「誇り高き、花の国の盾を見せよ。」

ヴィオラの咆哮が、アルストロメリアの紋章に呼応する。

この砦は、強固なる結界。

簡単に破れはしない。

この盾は、強固なる誓い。

簡単に越えさせはしない。

「我々は、花の国の子。ここに咲かせよ。麗しきアルストロメリアを。」

それは、誰の音色ともわからない。

だが、それは、地を覆い、空を貫く。


花の砦、弔いの聖域。

小さな影が、囁き合うのは、自ら誓った成すべきこと。

「いいか。絶対に見つからないようにするんだ。ずっと隠れながら、遠くから、動きながら、投げるんじゃなくて、物を動かす魔法で飛ばすんだ。時間がかかってもいいから、それだけは守るんだ。」

ラシレは、何度も言い聞かせる。

子供達の心の深くに刻む様に。

「先ず考える事は、逃げる事。花の国の盾を助けるのは、ついでだ。少しでも怖くなったら、逃げるんだ。いいな。これは、お頭の命令だ。」

子供達の可憐な声が、小さく響く。

「じゃあ、行くぞ。」

小さな影が散らばり、秘密の通路に駆け込んでいく。

行く先は、剣の交わる音色が響く場所。

そこから少し離れた、小さな穴。


「みんな、戦ってる…。僕らの父さんや母さんも、こうして、居なくなっちゃった…。」

幼い嗚咽が静かに響く。

「次こそ、そうならない様に、僕たちが…荒野の牙が居るんだ。ほら、手を握って。」

エシナセが、優しく微笑み、小石に魔力を込める。

「これを飛ばしたら、すぐに隠れてね。次の場所に、逃げるからね。…いくよ。」

幾つもの小石が風に乗り、白妙の鉄を響かせる。

「よし、成功だ。隠れて。」

耳を覆う鉄に響く音色に、白妙の御旗たちは揺らぎ、意思を振り回され始める。

射点を探そうとするも、先に迫るのは花の国の盾。

最早、白妙の騎士に、平然たる彩りを取り戻す事はできなくなっていた。


「一気に、叩き込め。逃げる者は追うな。盾を掲げよ。」

ヴィオラの咆哮は、砂塵に溶ける白妙の鉄を濁らせる。

重なり合う鉄は、その勢いを増し、空に響いた。



背に揺らぐのは、陽光に彩られた、黄色のアルストロメリア。

勇者と魔王が、愛を誓い、未来を願った聖地。

揺るぎない想いが、砦に立つ魂を、優しく包み込んだ。

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