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夜想曲『花の国』  作者: ことは
Primo movimento『花の祈り』
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第五楽章4節

鉄の匂いが、渓谷を覆う。

暁に、小さな動物たちの囁きが響く。

息遣いが、営みを奏で始めた。


だが、白妙にも、漆黒にも、その肢体を動かす者は居ない。

ただ、微睡みの吐息だけが、斑らに紡がれている。

「貴方は…。」

軍師プラタヌは、その中で、唯一、吐息を繋ぐ者を探し歩く影に声をかけた。

「魔族の方か。私は、ジェルベラだ。…貴方は。」

「プラタヌだ。漆黒の布の軍師を務めている。その御旗、シャルドン親衛隊の物と見るが…、花の国についたのか。」

「私達は、シャルドン様に従うのみ。あの方の剣の魂を紡いだだけだ。故に、花の国の剣と名を改めた。」

ジェルベラが握る御旗が、風に靡き、地に波打つ。

「だが、その剣も、大半を失った。」

「だが、我々、漆黒の国は、灯火を繋ぐことができた。感謝する。」

「テラ様とメル様なら、そうしただろう。それだけだ。」

「共に、弔いたい。」

「本来なら、私も弔われる場所に居るべきなのだがな…。」

「…ジェルベラ殿、その剣を、我々に貸しては頂けませんか。」

「次に、備えてか。良いだろう。だが、それは、恐らく、月を見るより早いぞ。」

「次は、もう暁を見ることもないのだろうな。」

プラタヌの瞳には、今宵の空を彩るであろう月だけが、朧げに揺らめいた。

「悲観するな。戦場に花を咲かせてこそ、戦士だ。」

「だが、せめて、その戦士として産声を上げたばかりの者は…。」

「故に、我々が必要なのだろう。ここで散らせる灯火だった。好きに使え。」

「最後まで、抗おう。共に、次の暁を見るために…。」

プラタヌが差し出した手を、ジェルベラは強く握りしめた。

その痺れが、確かな鼓動を信じさせてくれる。

今は、それだけで充分だった。



ロベリアは、速やかに命を下した。

「戦えぬ者、戦うべきでない者、その全てを、漆黒の塔へ集めよ。」

それは、魔族に限らない。

この森に、収まらない。

漆黒の国に棲まう、凡ゆる心が、そこへ集った。


ここは、漆黒を冠する大地の、最後の砦。

「プラタヌ、そして、ジェルベラ殿、ここへ。」

ロベリアが、二人に囁く。

「まずは、プラタヌ。よく生きて帰ってきてくれた。左手を見せてくれ。」

プラタヌ、深く背を折り、静かに跪く。

差し出された左手に、ロベリアは優しく触れた。

「この指輪は、私の大切な友から贈られた、他に変えられぬ宝だ。お前に預ける。」

静かな音色を奏でながら、ロベリアは、プラタヌの指に、木の指輪を彩らせた。

「今、この時より、漆黒の布の全権を、私が担う。もし、私が、お前に、塔に戻るよう命じたら、お前は、漆黒の国に息遣う全ての灯火を連れて、ここに戻れ。」

「ロベリア様、それは、つまり…。」

「全権は、私にある。何も聞くな。何も言うな。そして、約束を果たせ。」

ロベリアは、プラタヌの頬を優しく撫で、微笑みに吐息を彩る。

「ここに植えられた挿し木。みなが手を取り合い、祈りを込め、そこに繋げ、お前が指輪に魔力を込めるのだ。」

微笑みが彩られる中に、真実の瞳が、プラヌタに刺さる。

「約束を、違えるなよ。何があっても、これだけは、背くな。」


静寂の中に、羽ばたく囀りが、三つの影にゆらめく。

「さて、ジェルベラ殿。この度は、本当に救われた。王として、心から感謝する。」

「いえ、我々は、我々の剣に従ったまで。貴女に、礼を言われるようなものではない。」

ロベリアは、小さく微笑みを彩った。

「千に近い仲間がいたと聞いていたが、もう数百にも及ばないようだな。その刃も、欠けておるのだろう。」

ロベリアは、静かに目を伏せる。

「我が国の誇る鍛治は、白妙のものにも負けぬぞ。」

侍従が、一振りの剣と、漆黒の甲冑を携え、部屋に入る。

「魔族は、腕力が乏しい。だが、魔力は、我々にしかない。故に、この武具は、人族のよりも幾分も軽く、研ぎ澄まされ、強固だ。」

ロベリアは、その切先に優しく触れる。

「見よ、僅かに触れただけで、私の肌さえ花を咲かせる。…後、物凄く、痛い…。…これを、花の国の剣を冠する者の全てに、贈る。せめてもの礼だ。」

侍従が、薬箱を持って、部屋に入ってきた。



花の国の剣が招かれた部屋は、質素ながらも広く、柔らかな香りに包まれている。

「すまない。大きな部屋は、ここしか残っていない…。」

ロベリアは、ジェルベラを慈しむように囁いた。

「いえ、充分に立派だ。みな、寛いでいる。英気も存分に養われるだろう。」

「そうだといいが…。」

ロベリアは、漆黒の甲冑に着替える騎士たちに、僅かな視線を送り、それを手放すように、すぐにジェルベラを見据えた。

「では、食事の用意ができたら、呼びにくる。」

ロベリアは、そう微笑みながら、部屋を出た。

「見、見てしまった…。お、おお、おとこのひとの…。」

ロベリアの心臓が、決戦を前に弾け散りそうになっていた。


部屋の中では、甲冑を着た騎士同士の、高尚たる語り合いが、彩られている。

「これは、素晴らしいな…。まるで、何も着ていないかのような軽さだ…。」

「この剣も、とてつもなく軽いが、手に馴染む感覚を与えてくれる…。」

「それよりも、この彩りが素晴らしい。まるで、幼き頃に憧れた、暗黒騎士みたいだ。」

彼らに静かに歩み寄ったジェルベラは、武具の彩りに触れた騎士に、穏やかな音色を奏でた。

「昂る気持ちはわかるが、英気を養うことに専念しろ。そこの暗黒騎士たちよ。」

静かな笑みが、この部屋に集う張りつめた心に、小さな彩りを紡いだ。



「…何だこれは。」

テーブルに広げられた彩りを前に、言葉を失う花の国の剣。

「何だとは、何だ…。お前たちも、食べる物は、私たちと変わらんだろう…。」

「ここに住む者たちは、いつも、これを食べているのか…。」

テーブルを埋める彩りは、芳しい音色を奏でる至福の園。

色とりどりの野菜に、甘美に香り立つ果実、一つ一つの木の実が持つ、繊細の中に潜む、確かな色彩で織り成された副菜は、まるで絵画を描く様に配され、その先に聳え立つ香ばしい温もりは、柔らかく煮込まれた口溶けの肉。

「私の誕生日でさえ、ここまで絢爛なテーブルは見たことがない。」

ロベリアは、穏やかな笑みを彩る。

「これは、失われた灯火への弔いであり、私たちのために剣を握ってくれた剣聖シャルドンの弟子たちへの礼だ。私は、肉だけでいいのだがな…。」

「駄目ですよ。野菜も食べてください。」

「わかっている…。」

誇らしげだったロベリアの音色は、侍従の言葉に、少し大人しくなった。



その静けさは、押し寄せる津波を前に、退き始めた水面。

「決して忘れるな、共に頬張った肉の味を。決して忘れるな、明日もまた、共に頬張る約束を。これから、私たちが握る柄が、夜明けにはカトラリーになることを、今ここに誓え。」

そこに集う者に、魔族か人族かの彩りは無い。

ただ静かに、ロベリアの旋律だけが、その色彩に触れる。

「共に波に耐え、共に民を守ろう。」

ロベリアの掲げる剣は、装飾さえ無い小さな刃。

だが、そこに宿る魔力は、何よりも大きい。

放たれる穏やかな光は、月を凌駕する様に、漆黒の布、そして、花の国の剣を照らした。



宵の目覚めに蠢き出す、蹄の連なりは、意思を持つ山の如く、その旋律を奏で始めた。

その山は、二つ。

一つは、漆黒の国へ。

そして、もう一つは、花の国へ。


それは、須く凡ゆる彩りを呑み込まんと、やがて、それは、駆け始める。


その反響に、目を覚ます城の如き影。

「騒がしい。テラとメルの子…、フルールが、私の体の上で遊んでいるように感じたわ。」

マオの瞳が、空を掴む。

「そういえば、あの二人、挨拶と言いながら、フルールを連れてこなかったな。早く会いたいものだ…。」

その囁きと共に、ゆっくりと閉じられる瞳。

腕を伸ばす様に広げられた翼が、空を覆った。

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