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夜想曲『花の国』  作者: ことは
Primo movimento『花の祈り』
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第五楽章3節

第五楽章3節


白妙の都を発った旅団の第一波は、既に国境を跨いでいた。

かつてのシャルドン親衛隊、花の国の剣が、その鉄の連なりに添いながら、進軍する。


然るべき場所で、憚る為に。


渓谷の旅路。

そこが、花の国の剣が求めた場所。

千にも及ぶかわからぬ御旗が、数千の鉄を食い止めるには、重なる彩りを減らす他ない。

故に、狭き街道を、自らの墓標に選んだ。


まだ押し寄せる鉄の影さえ見えぬ地で、ジェルベラは、その剣を掲げた。

「我が友よ。

間も無く、その旅路が始まる。


その手に掲げた剣を見よ。

積み重ねた、これまでを滲ませよ。


我々は、何を目指してきた。

歩むべき先は、シャルドンの御許。


今、その扉が開かれるのだ。


その名に恥じぬ勇姿を見せよ。

その剣に恥じぬ勇姿を見せよ。

その心に恥じぬ勇姿を見せよ。


今宵、ここに我らの名が刻まれるのだ。

今宵、ここに我らの剣が詠われるのだ。

今宵、ここに我らの心が報われるのだ。


いざ、シャルドン様の御許へ。

花の国の剣を冠する、我が友よ。

永遠の夢を分かち合おう。」



その影は、整然たる蹄の奏でを掻き鳴らしながら、旅路を躙る。

岩壁に阻まれた隊列は、蛇の如く、先の見えぬ彩りを紡ぐ。

その顔を潰えさせるべく、花の国の剣は、咆哮を奏でた。


如何に優れた才覚も、押し寄せる荒波に抗うことなどできない。

だが、交えるのが剣であるならば、一つの剣が、それを制する。


剣聖シャルドンの弟子。

それが意味するのは、白妙に於ける、無二の剣という誇り。


最早、折った剣を数える者は居ない。

赤い花弁に溺れながら、それでも剣は舞う。

その咆哮は、朧月を隠し、やがて地に伏せても尚、反響し続けた。



その勇姿は、漆黒の塔にまで及ぶ。

「ロベリア様、人族同士がぶつかっています。」

花の国から帰還したロベリアに、軍師が跪く。

「あれは、花の国の騎士よ。同士ではない。」

ロベリアは、静かに音色を奏で、森の先を見据える。

「如何がなさいますか。」

「プラタヌ、貴方は、どうすべきだと思う。」

「花の国の騎士に、加勢すべきかと…。今、漆黒の布は、復旧に尽力していますが、壊滅に近いです。ここで、白妙の鉄に攻め込まれれば、魔族は殲滅されます。ならば、一縷の光に縋るべきかと…。」

「では、そうすれば良い。」

「ロベリア様の想いは…。」

「私は、王であって、軍師ではない。能無き者が口出ししても、戦地に立つ者が惑うだけだ。」

ロベリアは、小さな微笑みを、プラタヌへ贈る。

「王の意思が必要なら、貴方が王となるか。」

「いえ…、身に余ります。」

プラタヌの言葉に、ロベリアは目を伏せた。

「私の身にも余っているよ。だが、あの子は、メルちゃんは、背負い続けた。退いても尚、彼女を見る瞳が、魔王を見ている。」

「ロベリア様が、神王を名乗ったのは、メル様を…。」

「それ以上は、何も言うな。誰にも告げるな。今の彼女は、花の国の女王だ。」

ロベリアが、プラタヌの背を撫で、囁く。

「そもそも、王とは、家臣の働きを眺めながら寝ているもの。私の性に合わん。」

その微笑みが、鋭く彩られる。

「かつて魔王城の姫の目を騙し、魔王を外に連れ出して、山を駆け巡った私の性は、時を経ても、何も変わりはせん。」

「ロベリア様、前線に出るつもりですか…。」

「どうだろうな…。白妙の鉄が、森を冒そうとするならば、私は戯心を抑えきれぬやもしれんな。」

ロベリアの瞳が、その指を包む木の指輪を彩る。

「その時が来れば、貴方に託したい事がある…。」

ロベリアは、静かに音色を奏でた。



漆黒の御旗に縫われた、花の国の紋章、アルストロメリア。

風に靡く誇りは、二人の王の絡み合う想い。

軍師プラタヌは、その決断を、漆黒の布へと紡いだ。

「我が愛する神王ロベリア。

そして、その衣を脱いでも尚、魔族のために在らんとする花の国の女王メル。

我らは、二人に愛された至福の園の民。

その報いを返す時が来た。


杖を掲げよ。

漆黒の国の誇る賢者たちよ。

その詩を、空へ響かせよ。

その詩を、地へと貫かせよ。


歩むべき道は、もう示されている。

歩む足は、もう与えられている。


奏でよ、旋律を。

掲げよ、色彩を。


その艶めかしき幻惑で、無骨な鉄を溶かすのだ。


共に行かん。

我が愛する家族らよ。」


それは、兵としての産声をあげたばかりの者も犇めき合う、脆い連なり。

だが、魔法と共に生き、魔法と共に営み、魔法と共に紡いできた彼らは、一つの想いに収束し、固い彩りへと昇華する。


足跡に交う、土の旋律が、カノンを成して、渓谷へと進んだ。



やがて、織り成す二つの旋律の共鳴は、小さな連なりに大きな影を彩る。

それは、荒波を呑み込む入江となる。


この大地に刻まれゆく英雄の名は、白妙の旅団を蝕み、壊滅へと誘う。

そこに咲いた赤い花は、枯れることを忘れたかのように、幾つも咲き乱れる。


その咆哮は、空を貫き、慈雨を呼ぶ。

暁が、全てを包む頃、そこに犇く影は、僅かな花の国の剣と、それより多い、枯渇した魔力に膝を付く漆黒の布のみとなった。


白妙の旅団の壊滅。

それは、更なる鉄を呼ぶ角笛となり、静かに鳴り響いた。

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