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夜想曲『花の国』  作者: ことは
Primo movimento『花の祈り』
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第五楽章2節

小さな争いは、途絶える事なく、斑らに彩られている。

戦場に立つ白妙の御旗は、シャルドン親衛隊だけではない。

聖剣の墓標まで離れれば、戦火の彩りは薄れると思っていたが、それは甘い幻想だった。


巧みに隠された魔力は、戦場から離れているという色彩と、慈愛の音色によって、僅かに漏れた。

その瞬間、あの揺らぎに彩られた、確かな旋律。

それは、私たちの灯火を吹き消すという願い。


瞼に塗られた、シャルドンと対峙した彩り。

「何故、小さな命を嬲った。」

「敵と名乗る者を生かすような愚行を、戦場の場に於いて犯せというのか。」

彼の言葉が、私にのしかかる。


このまま退いてくれるなら、私は何もしない。

だから、そこから先には進まないでくれ。

私の背に、静かに翳された刃に、私は祈りを奏でた。


「あなたの名前を、教えてほしいな。」


メルが、少年の頭を撫でる。

彼の持つ刃に咲いた花が、私に触れた。

「…名前なんて無い。」

「んー、なら、エシナセなんて、どうかしら。」

名が無いと謳ったのは、名乗りたくないからだろう。

だが、メルの音色に、少年の表情が綻びを彩った。

それは、年相応の無垢なる色彩。

私は、柄を握る手を離した。


「どうして、ここに居るの。」

メルは、優しい音色を、エシナセへ届ける。

「鎧を着た人たちが、パンをくれるって…。」

「そのナイフは、どうしたの。」

「父さんが、残していったんだ。」

「お父さんとお母さんは、どこに居るの。」

「…戦争に行った。」

爪痕は、戦場にだけ残るものではない。

「父さんや母さんみたいにはならないって、決めたのに…、僕も同じことをしてる…。」

そこに立つ者を想う者に、いつまでも遺り続ける彩り。

「君と同じ様な子は、他にも居るのかな。」

私は、メルに抱かれるエシナセに微笑みかけた。

「十五人…。みんな、父さんも母さんも、居なくなった。」

エシナセの瞳に、炎が再燃する。

「だから、パンを貰わなくちゃいけない。」

「クッキーじゃだめかしら…。後は、人参やジャガイモがいっぱい入ったスープと、トマトとコーンの入ったサラダもあるわよ。それと、お肉も少しあるわ。」

メル、私達は,そんなに、持ち運んでいない…。

「野菜は、嫌いだ。」

「だめよ。野菜も食べてね。」

メルが、優しく微笑みかけた。

「私たちのお家へ、いらっしゃい。」

今、この状況で、無闇に花の国へ難民を入れるのは、大いなる危険を伴う。

だが、ここに置いておくわけにはいかない。


答えは、初めから決まっていた。


「みんなのところへ、連れていってほしい。」

私は、エシナセの手を引いた。


砦に入ると、ラシレが、子供達と追いかけっこをしている。

チユは、それを眺めていた。

「テラさん、早いですね。」

チユの言葉に、ラシレが振り返る。

「テラ、もう終わったのか。」

その黄色い音色に、思わず微笑みを彩った。

「これからだよ。この子たちと、遊んでいてほしいんだ。」

私は、ラシレにエシナセたちを預け、ヴィオラの元へ向かった。

メルは、子供達に、花を咲かせてみせて、戯れている。

いつ見ても、天使だ。


「ヴィオラ、あの子たちを見ていてほしい。」

静かな部屋に、揺らめくのは、私とヴィオラの影。

「あの子たちは…。」

窓の外に響く、子供達の音色。

「マオに、挨拶をしに行ったんだ。一つ、頼み事をしたくてね。」

この先、どうなるかは、わからない。

故に、あらゆる手を、打っておきたかった。

「その少し先で、彼らは、私達を襲おうとした。」

私は、子供達を見つめながら、静かに紡いだ。

「みな、孤児だ。飢えの末に、やってしまったことだ。だから、ここで、守りたい。」

「今は…、戦時中です…。あまり危険因子は…。」

「わかっているよ。だから、君に、あの子たちを見ていてほしいんだ。」

ヴィオラは、小さく頷き、瞳に子供たちを彩る。

「どうなろうと、守ります。私達は、花の国の盾ですから。」


白妙の都に悟られない場所まで、メルの魔法に頼る。

それが描いていた絵図。

その前に、マオにだけは会っておきたかった。

それが、思わぬ旋律を奏でることとなった。

「いいか、お前ら。今日から荒野の牙の一員にしてやる。私のことは、お頭と呼ぶんだ。」

中庭に響く、ラシレの音色。

呼応する子供達の可憐な咆哮が、私に笑顔を彩った。


だが、これ以上は、時間を費やすわけにはいかない。

私とメルは、手を取り合い、どこでも好きな場所へ行く魔法で、荒野の先、王都へと続く街道へと降り立った。

まだ人の息遣いさえ彩られぬ静かな道は、誰も見ぬ絢爛が、ただ静かに綻びを彩っている。

「ここから先は、何があっても魔力を出さないでね。」

メルの手を握りしめ、私は、メルを見つめる。

「任せて。何かあっても、私の宝ナイフのジプソフィルが、花を咲かせるわ。」

「目立つことは、やめてね…。」

少しだけ、不安になった。



テラを見送り、中庭へと足音を奏でる。

それは、重く、整然とした音色。

「守るものが増えるほどに、籠城戦は、脆くなる。」

ヴィオラの小さな囁きは、どこにも届くことなく、その胸に反響する。

「アリウム執政官、お待たせしました。」

「急に話し方を変えるのは、やめてください…、ヴィオラさん。」

執務室に座し、大量の書物に埋もれた小さな影が顔を出す。

「失礼…、執政官になったので、改めるべきかと思った。」

「名前だけです。今、必死に勉強していますが、何にもわかりません。」

「アリウム殿は、みなを導けばいい。それを期待されているんだろう。」

アリウムは、静かに目を伏せる。

「導くために、知らなければ…。」

ヴィオラが、アリウムの頭を撫で、優しく囁いた。

「知恵は、ライラックとセロぺギアが担ってくれる。施しは、コスモスフレとストレリチアが担ってくれる。盾は、私たち騎士団が担う。アリウム殿は、リナリアと支え合って、民の拠り所となればいい。」

ヴィオラの手が、アリウムの指を包む木の指輪に触れる。

「それに、貴方が導くというのは、これを託されたという意味ではないのか。」

花の砦に眠る灯火を詩う墓標。

その傍らに植えられた挿し木。

強固な石造りに囲まれた聖域は、その挿し木の音色に満ちている。

メルが贈った木の指輪は、静かに、それと呼応している。

何かあれば、民と手を取り合い、願いを込めて、その木に触れる。

それは、アリウムの魔力が導く扉となる。

メルの奏でた詩が、執務室を柔らかく照らした。

「そうですね…。私は、私にできることに、尽力します。」

「いつでも、私たちを頼ってくれ。それが、私たちの喜びだ。」

「では、今後の、ご飯についてなのですが…。」

ラシレを筆頭に、備蓄庫を脅かす彩りが、二人を震い上がらせた。

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