第五楽章1節
第五楽章1節
きっと、このまま、朽ちていくのだろう。
墓標に立てた聖剣は、砂塵に塗れ、その姿は殆ど彩られていない。
かつて、旅路を共にした仲間。
そこに紡がれた、数えきれない彩り。
全て、私の宝物だった。
だけど、加護と共に、私は手放した。
ここに眠る灯火が、勇者でなくなった私の手に縛られることのない様に。
それでも、私の心には、今も灯り続ける。
帰りたい。
だから、私は、家を求めたのだ。
絡み合う指が、私を包む。
確かに、今、私には、帰る場所があるのだ。
それを、守りたい。
本当は、ただ、それだけだった。
きっと、今も変わらない。
その守りたいものが、私の指の隙間から零れ落ちそうになる程、増えていき、大きくなり、私を包んでいる。
そして、それを共に抱いてくれる人たちが、私の旅路に足跡を彩ってくれている。
メル、君が与えてくれた旅路だ。
きっと、この先に待つのは、私の手に負えるものではない。
それでも、私は、歩む。
君の手の温もりが、私を支えてくれるから。
いつだって、想うよ。
「愛してる。」
いつだって、願うよ。
「絶対に離さない。」
いつだって、夢見るよ。
「君と静かな世界で生きていきたい。」
いつだって、変わらないよ。
「テラの登場の言葉は、何だか胸がときめいちゃうね。」
メルが、私の瞳を覗き込んでいる。
どうやら、私は、想いを音色に零してしまっていたようだ。
だが、仕方のないことだ。
それに、メルには、私の想いも、全て、届けたい。
届けられる、今の間に。
「それでね、私の登場の言葉なのだけれども…。」
メルの天使の様に彩られた笑顔が眩しい。
荒野を照り付ける、陽の閃光より、眩しい。
この唯一無二の彩りを、一つの言葉で表すのなら、私の数少ない色彩では、これしか彩る事ができない。
「素晴らしい…。」
本当は、これでは済まされない。
紡ぎ始めれば、きっと、白妙の王都に辿り着いても、それを終えることはないだろう。
神よ、この罪深き私を、罰してください。
だが、できれば、メルに罰せられたい。
この天使に施される、凡ゆる事象は、甘露へと還るのだ。
「嬉しい…。なら、登場の言葉は、これにするね。」
登場の言葉…、何の話をしているのだろうか。
メルの美しさに酔いしれていたら、メルの美しき音色を聴き逃してしまっていた様だ。
砂塵に浮かぶ、小さな影。
なぜ、こんな所に…。
静かに奏でられた不協和音に、私は、一つの答えを突きつけられた。
久しぶりの、メルとの二人旅に、私は、いつのまにか浮かれていた。
「お腹が空いているのかしら…。」
その影が持つ、小さな刃に、メルは穏やかな音色を奏でた。
「そうだね。そうなると、彼は、追い剥ぎかな。」
「それなら、丁度良かったわ。クッキーを、いっぱい焼いてきたの。」
メルの奏でる音色を残し、彼女は駆けていった。
私は、歩く速度を早め、その真後ろを付いていく。
やがて、その少年の元に辿り着くと、メルは、誇らしげに旋律を奏でた。
「聖ナイフのジプソフィルが、花を咲かせるよ。」
クッキーじゃないのか…。
「肉は無いのか。」
クッキーを頬張りながら、少年は私たちを見上げる。
「すまない、保存できないものは持っていない。」
「あるわよ。」
あるのか…。
「そうか。だが、私たちが持っていても、この旅路では、腐らせるだけだ。彼に持っていってもらおう。」
「計画通りね。」
「メル、恐らくラシレに、色々と教わったのだろうけど、変な言葉は使わない様にしてね…。」
「褒めてくれても、いいのよ…。」
「素晴らしい計画に、脱帽だよ。偉いね。」
「テラ、帽子はかぶっていないわよ。」
「そうだったね…。」
「お茶目さんね。」
メルは、微笑みながら、カバンから帽子を取り出した。
そのカバンは、私が、メルの誕生日当日に作り、贈ったものだ。
それを首から下げ、大切そうに撫でるメルを見て、私の胸は、高鳴りを抑えきれずにいた。
「こんなに食べ物をもらって、本当に有難いけど、何の話をしてるの…。」
「ごめんなさい…。黙ってるわね…。」
この辺りは、人族も魔族も、手の届かぬ国境付近。
どこかに集落があるのだろう。
この営みを拒む地で、その日々を彩っている。
だが、いつか、戦争が終わり、人族と魔族が手を取り合う日がくれば、その心配も無くなる。
そうすれば、この様な無垢な子供が、その灯火をかけて、この様なことをしなくても済むだろう。
私は、歩むべき旅路を、強く抱いた。
少年は、メルに抱きつき、甘えている。
その手が、メルの麗しく温かな肌を這う。
その目が、赤子の様に彩られた微笑みを紡ぐ。
だが、僅かな瞬きに紛れて、その顔に晒された不穏な彩りが、小さな不協和音を奏でた。
私は、それに触れた刹那、少年を引き剥がした。
「私に甘えるといい。」
朗らかに、柔らかく、そして、温もりで包む様に、私は笑顔を紡ぎ、少年を優しく撫でる。
少年から小さく響く、舌を弾く音は、聞かなかったことにした。
だが、私の瞳を彩る、彼が手から離さぬ小さな刃だけは、離さずにいた。




