第四楽章9節
白妙の都。
それを囲む壮麗な城壁。
それは、都に忍び込もうとするもの全てを拒む。
ただ一つ、繋がれる扉は、絢爛な門。
そこに揺らぐ影。
幾つもの鉄に支えられ、その男は帰ってきた。
もう彼に、栄光の称号は無い。
「シャルドン様、こちらへ。」
手厚く迎え入れたのは、宮廷騎士団。
純白に整えられた部屋で、落とされた腕の処置が行われた。
「義手を作れ。剣を携えた義手を。」
握れなくとも、繋げればいい。
構えが変わろうとも、何れ、それを、ものにしてみせる。
彼は、勲章を失おうとも、その想いだけは、朽ちることはなかった。
だが、それは、謁見の場で摘まれることとなる。
既に、戦争の最中。
持たぬ者に与える猶予など、ここには存在しない。
まして、拠点を築くという重大な命を、その手で打ち砕いたのだ。
「シャルドン、お前には、もっと特別なものをやろう。」
王の重い口が開かれる。
「永遠の夢という、甘美なる褒美だ。」
その日、一人の英雄は、墓標に名を刻んだ。
王の決断は、早い。
シャルドンの帰還と同時に、六つの旅団が、王都を発った。
三つは、魔族の棲まう森の視察、もう一つは、国境付近での拠点の建築、残り二つは、花の国の占拠を果たす為に。
シャルドンを討った裏切り者、元勇者が王を名乗り、親衛隊を崩した。
花の国は、人族にとって、壊滅に瀕している魔族より、少しずつ脅威となっていった。
故に、旅団を二つも投入することとなった。
本来ならば、二つの拠点に、それぞれ一つの旅団を置き、残る全てで、魔族の殲滅への布石を置く。
それを、生まれたばかりの小さな国が、覆した。
ただ、それも、後に控える二つの師団を以てすれば、殲滅など容易い。
如何なる剣士であろうとも、その丈を越える荒波が来れば、呑まれる他ない。
一つの秀でた剣より、数と率いる知恵が、そこを制する。
王の描く版図。
従う貴族の思惑と絵図。
それらが見るものは、収束を彩るかのように、旋律を奏で始める。
何れ来るであろう、魔族との決戦に向けて、その鐘は王都を響かせた。
分岐は、墓標となった聖剣より、ずっと手前。
勇者の加護が朽ちた地に潜む龍を避けるため、大きく迂回する。
その道のりは、かつてテラが辿った旅路より過酷だが、それを突破できぬ様な兵は、その先の戦場に於いて不要の存在。
彼らにとって、旅路こそが篩となり、精鋭へと成っていく。
そして、残る者は、王の想定を遥かに超えていた。
魔族の森、そして、花の国へと忍び寄る津波は、衰えを知ることなく、全てを呑み込もうとしている。
シャルドンの行末は、花の国の盾、シャルドン親衛隊、そのどちらの耳にも触れることとなる。
そして、巨大な鉄の塊が、刻一刻と押し寄せていることも。
「少し…、よろしいか。」
ヴィオラに声をかけたのは、新たにシャルドン親衛隊を率いることとなった、ジェルベラ。
彼は、剣の才覚以上に、思慮深く、アコニと双璧を成すとまで言われた。
彼にとって、アコニは、好敵手であり、憧れの人でもあった。
ただ、信じるものの為に振るう剣の元では、彼の想いは儚く散る。
それでも、歩むことを辞めない、その様は、正に騎士と呼ぶに相応しい。
故に、ヴィオラも、一目を置いている。
「お前のところにも、届いたか、ジェルベラ。」
ヴィオラの部屋には、アコニの遺したものが、幾つも彩られている。
ジェルベラは、それを見ようとはしない。
見ることが、アコニへの冒涜に感じてしまう。
故に、ヴィオラの瞳を見据え続けた。
「我々は、花の国を発つ。」
「それが、一番だろうな。留まれば、お前達も散る。だが、白妙の国に戻っても、それは変わらぬぞ。どこへ行くつもりだ。」
ヴィオラもまた、ジェルベラの瞳を見据え続ける。
「どこだろうな。ただ、剣に従うだけだ。」
彼らにとっての剣、それは、シャルドンへの誓い。
「そうか。お前は類い稀なる軍師だ。退くべきところを見誤る愚か者ではない。…生きろ。そして、お前の友を失うな。お前達が忠誠を誓ったのは、シャルドンだ。」
「ありがとう。それと、……すまなかった…。」
「これは、戦争だ。でなければ、私も、お前達に謝り続けなければなるまい。」
「…そうだな。」
「だが、テラ様とメル様には、言うなよ。」
「何をだ。」
「全てだ。」
テラは、シャルドンの行末を知れば、必ず、自らを責める。
立ち直れぬほどに、打ち拉がれるかも知れない。
シャルドンを、誰よりも評価し、誰よりも認めていたのは、他ならぬテラなのだから。
故に、テラにだけは、伝えてはならない。
そして、テラとメルの描く絵は、想定できる。
その彩りを果たすための枷は、全て取り除かなければならない。
それこそが、ヴィオラの忠誠。
彼女が背負う彩りは、重く、強く、終わりの知らぬ旋律へと奏でられ始めた。




