表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜想曲『花の国』  作者: ことは
Primo movimento『花の祈り』
48/124

第四楽章7節

芳しい香りに彩られた庭園に、磁器の重なる音色が響く。

「テラ様、シャルドンは…。」

私の隣に座したヴィオラが、小さく囁く。

「生きてるよ。でも、もう剣は持てない。」

「そうなんですね。一度、剣を交えてみたかったな…。」

「私は、もう二度と、交えたくないよ…。卑怯な手を使わないと、勝てなかった。」

私のため息が、重く沈む。

「卑怯な手…。」

「意外そうだね。私は、競うための剣を持っていない。」

それは、初めて王都を出た旅から、変わらない。

「私は、生き残る為に、振い続けた。だから、剣以外も使う。」

「これは、戦争ですからね…。」

「でも、彼は、最後まで、正々堂々と挑んできたよ。」

「シャルドンは、剣聖である事を、誇りにしていましたからね。」

「うん。だから、彼は、戦場に於いて、一貫している様で、ずっと揺れていた。」

私は、肢体を埋め尽くす、刻まれたばかりの傷に、想いを触れた。

「できれば、木剣で交わりたかったな。」

「お二人の試合だと、終えるまでに、何度も交換しなくてはいけないですね。」

ヴィオラの笑顔に、私は小さく微笑む。

「そうなる前に、私が負けるよ。」

木の実と蜜の甘美なる宝札が、私の口の中で想いを綴った。


「ここに、居させてください…。」

迫られた旋律、それは、一つの選択。

「私一人では、決めることはできない。」

「そうだぞ。王が良しとしても、民が許さないだろう。私も嫌だ。」

私の言葉を覆うように、ヴィオラが吠えた。

シャルドンの親衛隊の懇願は、それでも続く。

「このまま白妙の都に帰れば、我々を待つのは…。」

この戦局で、鉄を削るとは思えないが、あの王なら、やりかねない。

「家族と相談する。」

「メル様と二人で決めるのですね。」

「いや、全員だ。」

「ややこしいので、国となった以上、民と使い分けてください…。」

「彼らは、変わらず家族で、私も、その一員だ。それと、王の様に振る舞うのは、とても恥ずかしい。」

私は、土を彩る小花を見つめ、音色をそよがせた。

「私は、テラが何になっても、好きよ。」

私の瞳を覗き込むように、メルが微笑んだ。

「メル…、いつの間に…。」

私は、顔を上げ、メルの、その麗しき瞳を心に刻む。

「お昼の用意ができたので、呼びにきたの。今日は、ご馳走よ。」

メルが、誇らしげに奏でる。

「シロタエノミハタノキシさん達から、こっそり好きな食べ物を聞いて回ったのよ。みんな違うから、今日から立食パーティーになるわ。」

「嬉しそうだね、メル。」

「みんなでパーティーをするの、夢だったの。ずっとお誕生日会も、ロベリアちゃんとレーヌの三人だったから…。」

「そういえば、誕生日っていつなの。」

「今日よ。」

私は、手に持つ書類の束を落としてしまった。



私は、魔王城で過ごした、あの甘美なる日々から、この瞬間に至るまでの中で、最も焦っている。

何も、用意していないのだ。

私の愛する、漆黒に艶めく絹の様な髪を靡かせ、天使の様に純白で透き通る肌を輝かせ、その映る全てを宝玉に変える真紅の瞳を揺らめかせ、柔らかい温もりで触れるもの全てを癒しの園へ導く肢体に彩られた、壮麗と荘厳を兼ね備えた聖女、メルの誕生日に贈る物を。

「ヴィオラ、着いてきてくれ。」

私は、揺るがぬ眼差しで、ヴィオラに懇願した。


「メル様、ずっとカバンを欲しがっていましたよ。」

そういえば、木の実を集める時も、ずっと裾を籠にしていた。

「その手があったか…。どうやって作るのかな。」

「…わかりません。ですが、わかる人なら知っています。」

ヴィオラに案内された先に居たのは、筋骨隆々の体躯だった。

「確かに、裁縫も革細工も嗜んでいるが、ヴィオラ、何故、お前が知っている…。」

「戦争する相手の、全てを調べ尽くすのは、当たり前のことだろう…。」

「お前…、王都で裁縫教室を覗いてただろう…。それしか、考えられん…。」

「鋭いな…。初日で、諦めた。」


私は、一日という限られた時の中で、合間を縫い、皮を縫った。

「テラ殿、そんな事では、間に合いませんぞ。」

そして、この筋骨隆々の男、アブリコを、シャルドンより恐ろしいと感じた。

「はい、先生。ここは、どうすれば…。」

「そこは、この様に針を…。」

それは、夜まで続いた。


「メル、後で、着いて来てほしい。」

パーティーの片付けをしながら、私は、囁いた。

「もうすぐ洗い物が終わるから、待っててね。」

「うん。私も、これを仕舞ってくる。」

月が、空の頂を彩る頃、私たちは指を絡ませて、花の砦を出た。


花の丘。

黄色のアルストロメリアが咲き乱れる、世界の花園。

私が、メルに一輪の花を贈った場所。

愛を、誓った場所。

「誕生日、おめでとう。」

私は、袋を開け、それを取り出した。

「これは…。」

「贈り物だよ。」

拙いかばん。

そこに彩られた、歪つなアルストロメリア。

小さく刻印された、愛しているの文字。

この文字だけは、最後まで、みんなに止められたが、私は押し切った。

あの時、少しだけ、国王で良かったと思えた。

「私は、夢でも見ているのかしら…。」

カバンを両手に抱き、メルは微笑む。

「もし夢なら、共に寄り添いながら、奏で続けたい。」

メルの頬を伝う雫。

私は、この腕で全てを包み囁いた。

「メル、愛してる。」

「テラ、私も愛してる。」

木陰に隠れる幾つもの影と、異様なほどに存在感の滲む筋骨隆々の甘い吐息は、私たちの世界に入り込めずに風に舞う。

「メル、生まれてきてくれて、ありがとう。」

絡み合う指、重なるまつ毛、分かち合う温もり。

小さな触れ合いに、大きな想いが溶け合った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ