第四楽章6節
第四楽章6節
石造りの外に響く咆哮と轟音に、花の国の民は暗い影に蝕まれている。
その中心に、淡い光と共に、メルが現れた。
「あ…、間違えちゃった…。みんな、ごめんなさい。」
その直後、メルの囁きを残して、再び消えた。
中隔を守る石造りの外、花の咲き乱れる広場。
そこに、メルは、再び現れた。
「危なかったわ…。みんなに見せてはいけないのに、見せちゃうところだったわ…。」
二人の子と、花に包まれた、眠る子達と共に。
「ここなら、みんなも近くにいるから、寂しくないよ。」
メルは、静かに囁きを奏で、手で土を掘り始める。
「土を動かす魔法なら、使える。私たちは、荒野に生きてきたんだ。」
ラシレが、音階のない音色を奏でる。
「ありがとう。立派なベッドを作ってあげてほしいの。」
静かな祈りが、空へと舞い上がった。
「後は、綺麗なお花を咲かせようね。」
「あいつらは、花より食べ物が喜ぶ。」
ラシレの静かな音色に、メルは微笑む。
「なら、美味しい実の成るお花がいいわね。」
柔らかな黄色の煌めきが、色とりどりの花を産む。
そこに実る甘美な香りが、庭を覆う。
「食べてみる。魔法で作ったから、栄養はないけど、美味しいのよ。」
メルは、果実を二人に贈る。
「美味しいね、ラシレ。」
「うん。あいつらにも、食べさせてやりたかった…。」
止めていた雫が、世界を溺れさせた。
青天に雲が彩られ、やがて、恵みを齎す。
だが、戦場に於いて、それは、灯火の潰える糧となる。
「さあ、みんなのところへ行っておいで。」
二人を、その華奢な腕で包んでいたメルは、そっと背中を押した。
その微笑みは、小さな揺らぎの中で、淡く煌めいている。
外壁に響く、鉄の重なりは、無数の雫を弾く音に掻き消される。
シャルドン親衛隊の底は見えてきている。
だが、花の国騎士団の消耗も著しい。
白妙の御旗には、まだ宮廷騎士団が率いる大隊が控えている。
これ以上は、傷を負うわけにはいかない。
そもそもの始まりは、人族と魔族の争い。
花の国の与かり知らぬところ。
その迷いが、花の国騎士団に過ぎる。
その刹那の綻びが、壊滅寸前のシャルドン親衛隊の足掻きに遅れをとった。
「我々は、何族でもない。花の国の民だ。花の国の盾だ。花の国の騎士団だ。忠誠に従え。門を守れ。」
ヴィオラの怒号が反響する。
だが、勢いをつけた槌に抗うには、それに応じた勢いを彩らなければならない。
故に、遅れは、致命傷。
ついに、花の砦の門が、破られた。
ヴィオラは、風を切るが如く駆けたが、間に合うはずもない。
雪崩れ込むシャルドン親衛隊の濁流を、全て止め切ることは、凡ゆる旋律を以てしても、それを彩ることは叶わない。
この砦は、三層の石造りに守られている。
その中心には、花の国の民が、身を潜めている。
守りは硬いが、逃げ道はない。
「第二壁を要にしろ。」
ヴィオラの怒号が、砦内に反響する。
「みなさん、お疲れ様です。少し、お休みしましょう。」
その怒号を溶かすように、メルの柔らかい音色が、騎士たちの耳を撫でた。
砦を全て囲むように聳え立つ、巨大な花々。
それが放つ、安らぎの香り。
それは、そこに立つ全ての者に、安堵と幸福を彩る。
全ての音が、静寂までもが、子守唄となり、彼らの心に奏でる。
「ママ…。」
最初に、微睡みに身を委ねたのは、シャルドン親衛隊の壁と呼ばれた、筋骨隆々の体躯。
やがて、戦場に奏でるのは、咆哮でもなく、鉄の重なりでもなく、赤のせせらぎでもなく、安寧の吐息だけどなった。
そこに、種族も国境もない。
全ての人間が、等しく、夢に落ちた。
彼らが目覚める頃、彼らは鉄を剥がれ、花の庭園に座していた。
その輪の隙間に座すのは、メル。
「何だ…これは…。」
親衛隊の一人が、震える音色を漏らす。
「えっとね、カモミールと、ひまわりと、ヒヤシンスよ。白と黄色と紫で、可愛いでしょう。」
メルは、嬉しそうに微笑みを奏でた。
「そういう意味では…、いや…、何をする気だ。」
「お茶会よ。砦ができたらお花を咲かせて、みんなでお茶会するのが、夢だったの。」
メルの笑顔が、黄色く咲いた。
「お前は…、どういった思考回路をしているのだ…。我々は、白妙の御旗の騎士だ。」
「あら、自己紹介を忘れていたわね。シロタエノミハタノキシさん、初めまして。私は、メルっていうの。みなさんのお茶の好みを聞いていなかったので、私の好みで選んだの。木の実と蜜のクッキーも焼いたので、たくさん楽しんでね。それから…。」
「名前ではない…。我々は、敵だ。抗ったらどうするつもりだ。」
メルの弾む音色を遮るように、言葉を紡ぐ。
「それは、できないわよ。だって、みなさんの装備は、隣の部屋に、綺麗にして畳んであるもの。」
「なぜ、そこまでした…。」
「だって…、泥だらけだったから…。でも、魔法でやったので、すぐ終わったわよ。魔王城を出てから、色々覚えたのよ。洗濯の魔法、物を動かす魔法、お風呂の魔法…。」
「待って、物を動かす魔法が使えるなら、どうして、さっきは手で土を掘ろうとしたの。魔法を使えばすぐにできるのに。」
メルの言葉に、ラシレが驚きの音色を奏でた。
「それだけは、魔法に頼りたくなかったの。でも、ラシレとチユに、頼っちゃったわね。ありがとう。とても助かったわ。」
ぎこちないお茶会が彩られ始めた頃、砦の門が開かれた。
ゆっくりと忍び寄る、一つの影。
少しずつ漏れ出す微笑みの旋律に、その影を捉える者は、居ない。
ただ、一人を除いて。
「テラ、おかえりなさい。」
メルの満面の笑みが、私の心を掴み取る。
だが、聞きたいことがある。
「どうして、私は仲間外れなのかな…。」
私は、膝から崩れ落ちた。




