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夜想曲『花の国』  作者: ことは
Primo movimento『花の祈り』
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第四楽章4節

「ごめん。やっぱり、どうしても行けない。」

ロベリアの奏でる音色は、静かにメルの瞳を揺らす。

「ごめんね、無理ばかり言って。」

「私は、王を名乗った。だから、魔族を守らなくてはいけない。」

「ごめんね。」

メルの頬を、雫が伝う。

勇者と共に逃げた事実が、彼女を劈く。

それを優しく包んでくれるロベリアの温もりが、心を震わせる。

「メルちゃんには、権力は似合わない。私みたいな強欲が持つに相応しいよ。」

「ロベリアちゃんは、欲張りじゃないよ。」

「欲張りだよ。自由を手にしたメルちゃんを、私の元に引っ張ってきた。この鉄の雨の降る地に…。」

「私が、ロベリアちゃんに会いたかったから、来たの。」

「なら、このまま居てくれてもいいよ。」

それは、偽りのない音色。

「私には、帰る場所があるの。」

「知ってる。」

「だから、また、遊びに来るね。」

「お前の…あれも……、テラ…も、連れてきていい。」

「会ってくれるの。」

「殴らないように、頑張るよ。」

「約束よ。」


メルの肢体に、淡い煌めきが芽生え、その光を残して、メルは消えた。

その光は、名残惜しそうに揺らめき、少しずつ霧散していく。

「またね。」

ロベリアの柔らかな音色が、風に舞った。



花の村に戻ったメルの瞳を彩るのは、斑らに咲く赤。

その中に埋もれる微かな息遣い。

その音色がテラのものであることは、確かめるまでもない。

「テラ。」

駆け寄る足跡は、その彩りさえ歪み、砂塵に溶け込む。

華奢な腕に包まれる力無き肢体が、僅かに震えた。

鼓動は、まだ奏でている。

「メル…、そこ…触ると痛い…。」

私は、途切れそうな音色を、微かに奏でることしかできない。

胸に揺れる首飾りが、ほのかな白に煌めいた。


「傷は、大丈夫。レーヌのくれた首飾りが、癒してくれた。」

私は、ゆっくりと体を起こし、メルに寄り添う。

「すまない…。ただ、少し、疲れてしまったみたいだ…。体が、思うように動かない…。」

二つの額が重なり合う。

「テラ、ごめんね…。」

私は、その細い体を包むように、メルに触れた。

「私こそ、すまない。…神王ロベリアとは、どうなった。怪我は…。」

「ロベリアちゃんとは、仲直りしたよ。今から、魔族と人族の仲直りをしに行くの。」

「待って、ロベリアと友達だったのか。」

「うん。大切な幼馴染だよ。」

「そうか。良かった。」

転がる聖剣を拾い、納める。


シャルドンは、駆けない。

その必要がないのだ。

全ては、描かれた版図に沿って歩むだけ。


故に、駆ければ、間に合う。

彼は、想定していないはずだ。

私すら、知らなかった。

メルとロベリアが、友人であったことを。

メルが、これほどまでに早く、無傷で戻ってくることを。

「メル、力を貸してほしい。」

「頼ってくれて嬉しい。私の宝剣ジプソフィルが火を吹くかもしれないわ。」

「メル、それは、剣じゃなくて、ナイフに分類されるんだよ。それに、メルは、火の魔法は使えないでしょ。きっと、メルも疲れている。だから、少し休んでから行こうか。」

メルの柔らかな手のひらが、私の額に触れる。

「メル、何してるの…。」

「熱が出ちゃってるのかなって…。」

私は、震える手を握りしめた。


私を彩る旋律が、私に警告している。

メルの瞳が奏でる、らしくない私が、私を写してくれた。


避けられない波に、既に触れている事を、私は、まだ、抱き切れずにいたのだ。


「メル、殴ってくれ。」

「嫌よ。」

「……では、手を握ってくれ。」

絡み合う指が、私を奮い立たせる。

その温もりが、私のあるべき姿を思い出させてくれる。


一度は捨てた、勇者という枷。

今一度、それを纏い、シャルドンと交う。


「行こう、メル。あの男の夢を、叶えてあげたい。」

強く握りしめた温もりを噛み締め、私たちは駆けた。



シャルドンの向かう先は、花の砦。

そこへ最初に辿り着いたのは、ヴィオラ。

平穏の保たれた静寂の石造りに、安堵の音色を漏らす。

精鋭隊も、かなり削られた。

だが、アマリスを討つことはできた。


「首を持ち帰れなかったのは、残念だ。だが、あの汚らしいものに触れることだけは、したくなかったからな。」

それが、叶わなかったのは、その余力がなかったから。

それでも、そう言い聞かせているのは、これから来る荒波に、己を鼓舞するため。

砦に残っていた選ばれし精鋭を集め、花の国の民を守るべく、絵図を彩る。


アマリスの脅威は、もう無い。

親衛隊も、かなりの数を減らした。

だが、シャルドンが生きている。

そして、テラの安否も、メルの安否もわからない。


王なき国を、守り続ける。

紡ぐ音色に、震えが共鳴する。

だが、守るべきものは、依然、変わらず。


かつては、忌々しいとさえ思った枕詞。

「豪炎の姫として、花の国の盾を掲げてやろうではないか。」

初めから、絵図など決まっている。

アコニが全て組み立ててくれていた。

ヴィオラ率いる精鋭隊のすべき事は、それを果たすのみ。

彼女は、静かに旋律を奏でる。

「私の大切な友よ。私の愛する子らよ。刃を見せよ。盾を掲げよ。眠る獅子を起こせ。その溢れる魂を滾らせろ。花の国を脅かす獣に、猛炎を呑ませてやろう。」

咆哮が、砦を包むように反響する。

「我らは、花の国の盾。だが、そこに潜む刃にこそ、我々の真価がある。慈悲は要らぬ。波を炭と化せ。抗うのではなく、潰えさせるのだ。これは、戦争だ。」

呼応し合う咆哮が、目前に迫る波を燃やし始めた。



交差する鉄の雨。

砦の外壁を挟み、咆哮が混ざり合う。

三層の石造りは、刃で崩す事は叶わない。

その中心に、民は潜む。


故に、入られれば、逃げ場はない。


「子虫一匹とて、通すな。」

ヴィオラの怒号が反響する。

アマリスと交えた際より、騎士の数が増している。

やはり、シャルドンは、この事さえ、読んでいた。

二軍、三軍と、鉄の旋律はコンチェルトを描く。


だが、アコニも同じ色を見ている。

その絵図は、みな、心に彩られている。

深く、より深く、刻まれている。

故に、波が小さいなどと驕ったりはしない。

例え、最後の一波となろうとも、全て潰えさせる。

「畳みかけろ。」

外壁から溢れ出す刃が、波を燃やす。

重なり合う鉄の軋みが連なり、轟音となって、空に響く。

無数の赤い花弁が、その大地を染める。

それでも止まぬ鉄の雨が、風を劈く。


その灯火を追うように、足元に転がる柘榴。

それが、誰の彩りなのかさえ、もう探す余地などない。


だが、その先に、増援は彩られていない。

この波が、最後であることを願う。


「まだ、増援は来る。今一度、心を滾らせろ。」

故に、ヴィオラは怒号を響かせた。


一人でも多く、その灯火を彩り続けられるように、祈りを込めて。

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