第四楽章2節
漆黒の塔に、突如として彩られた花畑。
その中心に揺らめくのは、塔を建てた者と、花を咲かせた者。
「そろそろ帰らないと、テラが心配しちゃう…。」
テーブルに配されたティーウェア。
カップに残された水色は、白磁を透かす茶色を奏で、未だ濃厚な残香を彩る。
ソーサーには使われなかったスプーンが煌めき、小さな音色に揺らぐ。
プレートに飾られるのは、メルが焼いた、木の実と蜜の甘露。
「一日くらい、いいだろう。」
その甘露を、零しそうなほどに頬張り、ロベリアは咀嚼の中に紡ぐ。
「ロベリアちゃん…、王様なんだから…。」
メルは、紡ぎかけた言葉に、レーヌを抱き、目を伏せる。
「そうね。もう少しだけ、ここに居ようかな。」
ポットを手に取り、ストレーナーに積もる葉を見つめる。
そのメルの可憐さに、ロベリアは瞳を薄く煌めかせた。
メルは、無事なのだろうか。
彼女の魔力は、絶大だ。
敵う者など居ない筈だ。
だが、それは、メルが傷つかない理由にはならない。
止めどなく降り注ぐ閃光を、聖剣に砕きながら、愛する人を想う。
「どうした、心配事か。抱えるものが多いと、鈍るだろう。」
剣聖シャルドン、その名に相応しい豪剣を忍ばせ、彼は、手を抜いている。
故に、私も、弾くことができる。
「いや、滾らせてくれるよ。」
「ならば、その身の心配をしてみろ。」
シャルドンの一閃が、私の肩を掠める。
「そうだね。メルに心配をかけたくない。」
私は、退き、一間を彩る。
咲き乱れる吐息を収束させ、ゆっくりと構える。
聖剣を盾に、クレマティスを鉾に。
討たなければ、討たれる。
だが、私に討てるのか。
あの日から、剣の交わる音色を避けてきた私。
鍛錬を積み上げ、戦場に身を咲かせてきたシャルドン。
今、背を見つめているのは、私。
それでも、ここで散るわけにはいかない。
残響が、影を見失う。
舞ったのは、聖剣。
シャルドンの刃に、私の赤が染まった。
「やっと、動きを止めてくれたね。」
クレマティスの壮麗な刃が、シャルドンの右腕を啄む。
互いに奏でる柘榴の音色は、彩りの異なる笑みを奏でた。
「それは、お前も同じだろう。勇者。」
「もう、勇者ではないよ。」
互いの肢体に咲かせた刃を抜き、再び一間を彩る。
「勇者よ、労しい。そのナイフでは、もう捌けぬぞ。」
「クレマティスは、共に歩んだ友なんだ。他の道も教えてくれる。」
捌く必要はない。
逃げればいいだけのこと。
それこそが、私らしくて良いじゃないか。
執念に追うシャルドンと、諦観に惑う私。
それぞれが歩んだ旅路。
その終末地が、ここに彩られる。
ならば、今更、変える必要などない。
私は、ただ、守ることさえできれば、それでいいのだ。
空を斬るシャルドンの刃は、あの頃より洗練されている。
その美しさに、見惚れてしまいそうだ。
そこに孕む、弛まぬ努力の彩りが、その一閃に咲いている。
刃を返さぬ事を選んだが故に、見える彩り。
それは、刃を返す事が叶わないと、静かに奏でている。
「君の剣を見ていると、親衛隊が君に惚れた理由が、よくわかるよ。」
「勇者よ、お前も惚れて良いのだぞ。」
シャルドンに、傲慢な笑みが彩られる。
「いや、私には愛する人が居るんだ。」
「だが、お前が、これから抱くのは、その身に咲く赤だ。」
虚偽の一閃。
シャルドンが刹那に見せた不協和音。
私は、それに気づいていながら、躱す事ができなかった。
滴る赤を捨て、距離を描く。
「そろそろ返したらどうだ、勇者よ。籠城戦は、何れ綻ぶぞ。」
「買い被りすぎだよ、シャルドン。君は、本当に強い。」
傷は浅い、だが、溝は深い。
これが、私たちの紡いできた彩りの差。
「お前は、本当に捨てたのか…。」
シャルドンの色が変わった。
何かを、探っているのだろうか。
「もう良い。ここには、私の求めるものなど、何も無かった。草木など、腹の足しにもならん。」
シャルドンは、剣を納め、眠る親衛隊を起こした。
「そこで、夢を見続けるがいい。元勇者よ。」
去ってゆく背中に、私はクレマティスを納めた。
だが、それは、花の砦に戦力が集中する事を意味している。
故に、私は、そこへ急がなければならない。
土に広がる赤いせせらぎを見つめ、動かぬ足を引き摺る。
私を彩る花は、私が想うより深く根をはっている。
「少し、休むよ。ヴィオラ、それまでの間、頼んだよ…。」
私は、静かに、月光を遮った。




