第四楽章1節
漆黒の塔、最上階。
神王と元魔王が、壮絶な戦いを繰り広げている。
「本当、少しだけだから…。ね、お願い。」
「絶対に嫌だ。」
「どうして…。触れ合ったりも、しなくていいから…。」
「いや、それは、我慢できそうにない…。」
「じゃあ、いいのね。」
「我慢できそうにないから、嫌なんだ。」
「どうしても、見てくれないの。」
「どうしても、見ない。」
「ロベリアちゃんの、意地悪…。」
「嫌なものを見せつけようとするメルちゃんの方が、意地悪じゃないか…。」
「………………確かに…。ごめんね…。」
「そんなに、落ち込まないでよ。罪悪感に潰されそうになる。」
「ごめんね。どうしても、テラに会ってほしかっただけなの…。」
「いや…、本当に、会ったら、きっと殴ってしまう…。」
「ロベリアちゃんなら、本当にしそうだものね…。」
「殴るよ。」
「ご、ごめんなさい。」
その壮絶な戦いの全貌を、知る者は居ない。
その旋律は、想像さえも彩られる事はないだろう。
花の砦に彩られる、旋律。
それは、ヴィオラの心を蝕む。
「アコニが、討たれた…。」
その知らせが届いたのは、あの夜の月が、新しき月となって目覚める頃。
「誰にやられた…。シャルドンか。」
「いえ…、アマリスです。」
「そうか…。」
それは、此処に潜む家族たちに、影を彩る。
ヴィオラは、静かに場を去り、厩へ向かった。
ヴィオラは、騎士団長。
花の国、そしてテラとメルに忠誠を誓った、花の国の盾。
私情で動いてはならない。
「私の愛する人を、よくも奪ったな…。」
だが、それを抑え切れるほど、彼女は成熟していない。
故に、精鋭を率いてこれた。
「彼だけは、私が討つ。」
握り潰された櫛に、己が為の正義を彩る。
そして、その知らせは、テラにも届く。
「何れ、私も追いかける…。だが、もう少し待っていてくれ、アコニ…。」
その知らせに、言葉を彩る事はなく、去り行く背中を見届けた後、微かな音色を奏でた。
戦争とは、屍を糧に突き進む。
私ですら、ただ一人の人間ですら、魔王城に辿り着くまでに、幾つもの屍を奏でてきたのだ。
動じてはならない。
それは、成すべき事を濁らせる。
だが、今だけは、雫に溺れる事を許してくれ、我が友よ…。
朧月が、黒く彩られた花の村を揺らす。
メルの帰りを待つ私の瞳を彩ったのは、複数の無骨な影。
「思っていたより、少ないんだね。ここには、何もないよ。」
私は、その影を知っている。
そして、その影が、何をしようとしているかも。
故に、静かに聖剣を抜いた。
「そうだな。だが、お前が居る。元勇者よ。」
シャルドンの手には、赤い刃が彩られ、宵闇に揺れている。
「ここに居るのが、私だけだと、知っていたんだね。」
「攻め込む前に調べるのは、自明だろう。」
その刃は、月を貫くように、空を彩る。
「心配しなくとも、他の部下は、花の砦に遠足中だ。」
「君は、戦争屋になったんだね。」
それを掠めるように、複数の影が、私を包んだ。
「私は、今日、本当に、人族の裏切り者になるかもしれないよ。」
その覚悟は、できている。
彼らが、花の国を奪おうとしたときから。
「ここで見る夢は、幸福に満ち溢れている。君たちも、楽しむといい。」
だが、私たちは、奪わない。
この村に、赤い花は、似合わない。
「斬らないのか。それとも、斬れないのか。」
幾つもの、折れる刃と、眠る鉄。
それを奏で終えた私に、シャルドンは囁きを彩る。
「この聖剣は、盾だ。」
「鈍が…。そんなもので、この剣聖シャルドンを討てるとでも思っているのか。」
初めて彩る、シャルドンの歪み。
それは、演目ではなく、白妙に隠され続けた彩り。
「シャルドン、君も、そんな顔をするんだね。」
彼に勝てるとは、思っていない。
勝つ必要もない。
帰ってもらえれば、それでいい。
だが、それは、叶わぬ事であろう。
「お前を討って初めて、剣聖は最強の花を咲かせるのだ。」
それは、遠い旋律の残穢。
私たちが、唯一、剣を交えた記憶。
そこに導き出された、一つの彩り。
私の胸に貼り付けられた、白妙の勲章。
その薄汚れた飾りに、今は君も焦がれているんだね。
「そうか。降参だ。私には、勝てない。君が、最強だ。」
私は、剣を退いた。
「この子達を連れて、王都へ帰れ。」
だが、納めはしない。
これは、埋火でも、慈雨でもなく、警告だ。
「連れて帰るのは、お前の首だ。」
花の村の門前。
宵闇に揺らぐ二つの影が、閃光を放つ。
荒野に蠢く数え切れぬ影。
それを見つめるのは、花の国の盾持つ乙女、騎士団長ヴィオラ。
その麗しき髪に、今は月影さえも彩らない。
「何故、来た。」
背を彩る静寂の咆哮に目を向けることもなく、ヴィオラは吐息を彩る。
「花の国の盾は、貴女だけではありませんよ、騎士団長。」
「これは、私の私怨だ。帰れ。」
「いえ、花の国をかけた戦争です。」
「アコニの仇を討つだけだ。他は、踵を返せば、それでいい。」
「そんな戯言が叶うなら、私たちは、ここに立っていない。それ最も知っているのが、貴女でしょう。」
ヴィオラは、深い吐息を奏で、ようやく彼らを瞳に彩った。
「今、やつらの他の部隊が花の砦を攻めたら、どうするつもりだ。」
「ご安心ください。精鋭を残してきましたから。」
ヴィオラは、再び忍び寄る影を見据える。
「そうか、彼らの怒り狂う顔が、目に浮かぶよ。私と同じで、暴れるのが好きな子達だからな。」
「貴女と彼らでは、全く違います。貴女は、誰よりも強い。」
ヴィオラに、小さな微笑みが彩られた。
「それよりも強き者が、あの蠢く影を、率いている。」
ヴィオラは、静かに剣を抜き、高く掲げた。
それに呼応するように、幾つもの刃が、空に彩られる。
「私の大切な子らよ。共に、花の国の土を、再び踏もう。」
ただ一輪でさえ、咲かせはしない。
この誇るべき花の国の盾が抱く、赤き花を。
その誓いを刃に込め、ヴィオラは、蹄を駆らせた。
その連なりは、神聖たる旋律を響かせ、風を貫いた。




