第四楽章序節
第四楽章序節
残響。
それは、テラが、初めて王都を発つよりも、古い音色。
白妙の都、王宮前広場は、剣が重なり合う旋律が、行き交う人々を賑わせていた。
その中でも、一際、その輝きを彩っているのは、二つの剣。
一つは、剣聖シャルドン。
そして、もう一つは、勇者テラ。
だが、その二つが、交わることはなかった。
二つの連なりが山を成し、己が信仰する力こそ無二であると謳い始める。
その山を束ねる豪傑、シャルドンを信仰するアマリスと、テラを信仰するヴィオラ。
二つのぶつかりは、一つの名声を巡って、亀裂を彩る。
白妙にカノンする剣豪の誇り、紫雷の勲章。
その選定の決闘に於いて、それを奏でたのは、アマリスだった。
共鳴することのない旋律は、それぞれが楽章を成し、騎士団へと昇華していく。
剣聖シャルドンに従う親衛隊の筆頭に、アマリスは座したのだ。
それは、輪廻の如く、袂を分かった精鋭隊との衝突に収束する。
国境の最果てに咲く、赤い花を携えて…。
その残響は、砂塵に潜む影に、静かな彩りを奏で始めた。
魔族の敗退が、アコニの耳に届く。
そして、騎士団親衛隊もまた、壊滅に近いということも。
「シャルドンは、花の国へ向かう。」
本隊が白妙の王都を出たという知らせは、まだ届いていない。
故に、再び魔族と剣を交えるのは、まだ先になる。
その空白を英気へと彩り、その蓑に紛れて、刃を研ぎ澄ます。
この土地に於いて、それが叶うのは、花の国のみ。
そこは、人族にとっての、裏切りの国。
彼らには、大義名分までもが描かれているのだ。
ラシレには、花の国を守るように願った。
傭兵として、正式に依頼したのだ。
故に、彼女達が、ここに残ることはない。
「我が友よ。手に持つ刃が盾である事を、忘れるな。」
アコニは、ラシレを見送り、背中を預ける者たちに詩う。
「だが、親衛隊と、その大将を通す事だけは、断じてならぬ。」
やがて来るコーダを前に、誓いを立てる。
「何も奪わなくても良い。踵を返させさえすれば、それでいい。」
それは、咆哮に交う。
「我が友よ、共に生きて帰るのだ。」
空に舞う旋律が、風に流れた。
それは、静寂の行進を彩る。
整然たる鉄の連なりは、蹄の音色に重なり、惑う事なく突き進む。
それを憚るものなど、一つも寄せ付けぬように、白妙の御旗が華麗に靡く。
神獣との決戦に於いて、自らを糧に赤い花を咲かせたとは思えぬ彩りに、その揺らぎなき正義の確信を見る。
だが、それを受け入れられるほど、花の国は広くはない。
「花の国は、もう既に、人が営む大地なんだ。君たちのような大所帯が入り込む余地なんて、無いよ。」
それは、宙を舞う音色。
アコニの奏でた、震える吐息。
彼らに抗える手立ては、ただ一つ、奇襲のみ。
ここは、最も、それに適した地。
故に、ここでは、それを奏でることはできない。
彼らもまた、気づいているはずだ。
ただ座し、ただ待つ。
与えられる機会は、一度のみ。
焦燥に呑まれれば、全てが潰える。
彼らが通るであろう旅路は、既に描かれている。
故に、然るべき時は、定められている。
「来る。」
小さな音色は、アコニから、全ての者へ連なる。
それは、コーダの始まり。
その雨は、鏃に交う。
アコニの率いる隊は、精鋭隊の中でも篩に落とされた者たち。
故に、剣を交えれば、赤い花を抱くのは彼ら。
ならば、剣を交えなければいい。
鉄を捨て、地を駆りながら、雨を降らす。
「勝たなくていい。」
その音色は、一つを果たすために主旋律を紡ぐ。
「追い払えばいい。」
その讃歌が、アコニの隊を鼓舞する。
だが、アコニは知っている。
何れ、綻びが生じる事を。
彼らは、一度、退いたとて、再び蹄を鳴らす。
そして、矢には限りがある。
故に、シャルドンが動けず、アマリスが動じる今、討つべきなのだ。
奇襲は、煎じるほどに、衰える。
今こそが、然るべき時なのだ。
愛する者たちの営みを守りたい。
アコニの掲げる正義が、焦燥を咲かせた。
だが、アコニは、知らなかった。
シャルドンが持つものが、剣舞と冷徹に止まらぬ事を。
アマリスが、狡猾なる手練れである事を。
親衛隊が、執着に溺れる者たちである事を。
アコニは、自覚しているはずだった。
己の強みは、淡々と果たしていく事だと。
故に、情動に流されれば、無に帰すことを。
馬を狩る。
灯火を奪わず、疾駆を奪う。
その損失は、戦場に於いて計り知れない。
だが、馬に触らぬは、暗黙の了解。
故に、綻ぶのは、その一点。
アコニが知る事は、シャルドンも知る。
降り掛かるアコニの咆哮。
その切先が、蹄に届く刹那。
アマリスに委ねられた刃に咲く、赤い花。
掲げたのは、一つの柘榴。
アコニ率いる隊は、疾走を彩るために、鉄を捨てた。
故に、剣に委ねれば、儚く脆い。
大将を失った花の国の盾は、静かな大地に、赤く咲いた。




