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夜想曲『花の国』  作者: ことは
Primo movimento『花の祈り』
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第三楽章10節

第三楽章10節


焦げた香りが、森を包む。

そこに、息遣いはない。

赤い花が、足元に広がる。

静寂が、メルの足音を際立たせる。

その吐息に音色は無い。

潜ませた魔力は、彼女を石のように彩る。

転がる刃に、ここで奏でられた残響を見る。

いつか見た夢は、ここには無い。

その夢を咲かせた器さえ、炭となって霧散している。

土との境目を失った彩りに、花を咲かせる。

そこに永遠の祈りを捧げながら、静寂に歩む。

少しずつ囲みゆく魔力の揺らぎに、悪意は無い。

だが、微笑みも無い。


故に、メルは、前だけを見据える。


小さな広場。

それは、薙ぎ倒された木々により生まれた彩り。

爪が転がり、牙の破片が散っている。

陽光が照らすのは、神獣オルムブランシェ。

醒めぬ夢に咲いた彼女は、もう旋律を奏でることはない。

メルは、駆け寄り、その冷たい肢体を抱きしめた。

「ごめんね…。」

その雫は、空に舞い、風に溶けた。

静寂が、メルに語りかける。

それは、届かぬ想い。

ただ紡がれる詩だけが、その気高き魂の残響に共鳴した。


静寂が齎す慟哭。

その無垢なる旋律の中で、メルは音色を見失いながらも紡ぐ。

「ねぇ…。」

その吐息は、木々へと染まりゆく。

「…あなたたち、手伝ってくれないかしら。」

木陰に潜む僅かな魔力の揺れに、メルは静かに語りかけた。

「この子を、弔いたいの。」

「神獣に触れるなど、我々には…。」

メルの声に呼応し、漆黒の布が、次々と彩られる。

「この子は、オルムちゃんよ。あなたたちを守るために、全てをとしてくれた、お友達なの、お願い…。」

森に住む全ての魔族に与えられた、一つの命。

それは、メルに関わってばならないというもの。

故に、どの様なものであれ、手出しはできない。

「気高い魔族の優しさを、私は知っているわ。だって、あなたたちは、姿を見せてくれたもの。」

メルは、手で土を掘り始める。

「だから、祈る時は、一緒にしてね。それなら、私を手伝うことには、ならないでしょう。」

「あの…魔王様…。」

「もう、魔王ではないわ…。」

土を掘る手は、止まらない。

「魔法で、掘らないのですか。」

「私は、花を咲かせる魔法しか使えないの。」

漆黒の布へと振り返る瞳には、雫が止めどなく溢れている。

「頼りなくて、ごめんなさい…。」

土に淡い光が灯り、緩やかに浮かぶ。

それは、オルムを包むほどの穴を紡ぐ。

「我々が、弔いと思っただけです。手伝ったわけでは、ありません。」

「ありがとう…。」

神聖なる棺が、静かに彩られた。


神獣オルムブランシェを囲む音色は、柔らかな旋律を奏で、厳かなる詩が、祈りを紡ぐ。

それは、森に潜む凡ゆる魂に共鳴し、彼女へと捧げられた。

この森を守り続け、想い続け、その灯火を賭して歩んだ気高き魂に、永遠の安らぎを与えるために。


刹那に幾星霜を彩る静寂は、やがて、散らばる足音を奏で始める。

その全てを見届け、メルはオルムブランシェの墓標に、幾つもの花を咲き乱れさせた。

それは、神聖を描くように気高く、慈愛を描くように可憐に。


風に舞う花弁。

その一つが、メルの頬を撫で、肩に寄り添う。

差し込む陽光を纏い、黄色く輝かせながら…。



終わらせなければならない。

これ以上、何も失わせてはいけない。

魔王を退いても尚、魔族を想う心は、深い旋律に舞っている。

メルを再び立ち上がらせるのは、今も営む魔族が織り成す、数々の小さなかけら達。

魔族と人族の共存、それすら霞む静かな彩り、微笑みは、人族にも満たされたい。

もう、彼らが、どちらかだなんて、忘れてしまったのだから。

メルを再び歩ませるのは、依然、変わらぬ、一つの祈り。



辿り着くべき地は、漆黒の塔。

果たすべき責務を握るのは、神王ロベリア。

その邂逅へと、メルは、足跡を奏でる。

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