第三楽章8節
剣聖シャルドン。
彼は、武芸だけで昇り詰めた訳ではない。
その剣に於いて、右に出る者は居ないが、彼の本質は、その目にあった。
そして、それ以上に、無機質なる旋律が、彼を無二なる存在へと彩っている。
その瞳に彩るのは、赤く咲いた森。
帰らぬ鉄に、未練を奏でる。
それは、想定していた一つの演目。
彼を囲む研ぎ澄まされた刃は、自らを親衛隊と呼んだ。
裏切りの騎士団精鋭隊に並ぶ、剛腕の集。
彼らの誇りは、一つに収束する。
剣聖シャルドンの、直属の教え子。
剣聖の弟子という称号を胸に彩る、神聖たる宮廷騎士団。
この先に神獣の爪が舞っていようとも、踵を返す絵を描くことはない。
それは、背後に迫る炎に寄るものではない。
シャルドンは、震える拳を見つめ、傲慢な笑みを彩った。
「神を討つのも、悪くない。」
だが、それは、驕りではない。
確証に咲いた、正義の絵図。
人族を蝕む魔獣を討つ、真の勇者の英雄譚。
シャルドンが描き続けた彩りが、真実となって手のひらで踊る。
故に、彼は、傲慢な笑みを彩ったのだ。
「丁度良い。背後に迫る炎を、森に繋げろ。」
静かな旋律は、低く鈍く、そして鮮明に、紡がれる。
それは、未だ森の中で逃げ惑うであろう鉄を帯びた仲間さえも、焼き払うということ。
だが、それが必要ならば、シャルドンは、ただ駒を動かす。
そして、親衛隊もまた、静粛に命を果たす。
人族の起こす炎は、森を焼くに至らない。
それほどまでに、魔王城へと続く魂の営みは、強靭な魔力を纏っている。
だが、この炎は、高尚たる魔族が紡いだもの。
シャルドンは、それを知っていた。
だが、魔族は、人族の中に、これほどまでに魔族を理解する者が居る事など、砂塵にも触れていなかった。
自らの炎によって、自らの聖地を炭へと彩る。
殲滅の為に練られた呪詛は、魔力の氷でさえ、それを溶かすことはできない。
炙り出る命を狩り、その連なりを、親衛隊に繋ぐ。
鬩ぎ合う咆哮を背に、白妙を靡かせ、シャルドンは馬を歩ませる。
それは、優雅に、音階無き壮麗を奏で、燃え盛る森林に静寂の影を紡いだ。
幾許も無く、その道の先に憚るのは、神獣オルムブランシェ。
その怒りに満ちた旋律を、抜いた刃で返す。
「我が、勇者の名を冠する為の糧となれ、子うさぎ。」
その旋律を奏で終えるより先に、爪が舞う。
それを流した刃が、オルムの腕を貫いた。
だが、それは、かすり傷に過ぎない。
森が強いられた痛みに比べれば、擽りにすら至らないのだ。
その牙が、シャルドンを呑み込もうと、闇を広げた。
その頬を切り裂く、三本の剣。
「お前の相手は、我だけではないぞ。」
その笑みに咲くのは、抗いのままに朽ちていく、神獣の花。
シャルドンの鼓舞に、再び正義の鼓動を奏でる選ばれし鉄の行進が、旋律を彩る。
それは、オルムにとって、餌に過ぎなかった。
その瞳に対峙する剣が、シャルドンでなければ。
次々と集まる刃に、足らぬ爪を立て、牙を振るう。
赤い花弁を舞わせて奏でるオルムの閃光に、柘榴が咲き乱れる。
飛び散る剣を前に、慄く彩り達へ、帳の開口を振り翳す。
震え出した鉄の行進に、疲弊の安堵が溢れた。
それでも、その瞳は揺るがず、滲む刃を噛み砕く。
そこに魔族の姿はない。
近づくことが、灯火を糧に捧げるに値すると知っているのだ。
無垢なる鉄だけが、狡猾なる正義の楔に踊らされ、光と引き換えに、神獣を削りゆく。
鉄の限りが彩り始めた頃、新たな刃が楽章を塗り替える。
剣聖の弟子を名乗ることの許された者達、親衛隊の咆哮が、遺された灯火に、白銀を突き立てる。
それでも、オルムは舞う。
この森を守り続けた魂を、最後の糧に、霞ゆく彩りを奏でながら。
その華麗なる荘厳に、木々は呼応し、讃美歌を紡ぐ。
最早、その瞳が彩りに抱かれることがなくとも、その旋律に触れることはできる。
オルムの瞳に映るのは、母リリブランシェ。
彼女の温もりが、今もオルムを優しく包む。
メルの奏でた魔法が、オルムに真実を彩ってくれた。
テラの誠実なる魂が、オルムを目覚めさせてくれた。
「後悔は、無い。」
振り翳された、シャルドンの閃光。
削り取られゆく魂と共に、その旋律は、幕を閉じた。
安堵に溺れる親衛隊を目に、シャルドンは、刃を納める事はなく、その囁きに交う。
「立て。」
二つの音色が、森を微かに揺らす。
シャルドンは、知っている。
潜む影が、その牙を向けるべき刹那を。
故に、それを見逃すことはない。
安寧こそ、最大の敵なのだ。
黒煙が空を覆い、赤く揺らめく木々が、長く紡がれてきた営みを手放していく。
そこに反響する旋律は、数え切れぬ柘榴に散り、夢を語る。
陽光を失った空に、彩られ始めた無数の星。
朧げな月を背に、シャルドンは、今も尚、明るく揺らぐ森を見つめる。
「我々に捧げられし魂を胸に、刃を研ぎ直せ。」
遺された親衛隊から、音色が奏でられることはない。
それすら叶わぬほど、その鼓動は継ぎ接ぎに揺れている。
「王都から来る本隊の到着まで、英気を養おう。我が愛する弟子達よ。」
慈愛に満ちた英雄、真の勇者。
シャルドンは、その彩りを纏い、飾られた微笑みを、詩う。
「目指すは、花の国。裏切り者に、拠点として、全てを献上してもらう。」
蹄の連なりが、静かに音色を紡ぎ始めた。
さざなみを被り、穏やかなる彩りを添えて、その刃を研ぎ澄ませながら。




